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さよならおばぁ~平良とみさんの死と敗血症

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
沖縄、小浜島のシュガーロード。ちゅらさんにも登場した。(写真:アフロ)

おばぁ逝く

NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」でおばぁ役を演じ、その味わいのあるキャラクターで人気が高かった、女優の平良とみさんが亡くなった。87歳だった。死因は敗血症による呼吸不全だったという。心よりご冥福をお祈りする。

今年初めに体調を崩し、入院していた。最後の舞台は昨秋、那覇市内の祭りで夫と共演した「五人の母」だった。

出典:朝日新聞デジタル

11か月の入院の最後に敗血症が起き、それが呼吸不全を引き起こしたのが直接の死因ということだ。

感染で起こる敗血症

敗血症はすでに川島なお美さんの記事北の湖理事長の記事などで何度か触れてきたが、ここであらためて説明したい。

平良さんの命を奪った敗血症は、「感染によって惹起された全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)」と定義される(日本救急医学会)。

敗血症と診断するには、以下の項目を二つ以上満たすことが必要だ。

  1. 体温>38℃または<36℃
  2. 心拍数>90/分
  3. 呼吸数>20/分またはPaCO2<32 torr
  4. 白血球数>1,2000,<4000/m3または未熟型白血球>10%)

ほとんどの場合、敗血症は特定の細菌の感染によって起こります(多くは院内感染)。まれに、カンジダなどの真菌が敗血症を引き起こすこともあります。敗血症につながる感染は主に、肺、腹部、もしくは尿路で起こります。ほとんどの場合、これらの感染が敗血症につながることはありません。しかし細菌が血流に入ると(この状態を菌血症と呼びます)、敗血症になる可能性があります。感染初期に膿のかたまり(膿瘍)がみられる場合は、菌血症と敗血症のリスクが高まります。血流に入った細菌(菌血症)ではなく、細菌によって産生される毒素が敗血症の引き金となることもあります。

出典:メルクマニュアル

なぜ菌が血液のなかに入ると敗血症になるのか。キーワードは「サイトカイン」だ。

菌に感染すると、菌を退治しようと、マクロファージと呼ばれる細胞が「サイトカイン」を出す。これにより免疫の細胞が活性化する。熱が出るのもこれによる。

しかし、この反応が過剰に起こると、逆に体にダメージを与える。血管が広がり、血液が流れにくくなる。また、小さな血管のなかに血の塊(血栓)ができる。こうして、敗血症は命にかかわる危険な症状を引き起こす(なお、今では菌が血液の中に入らなくても、サイトカインが血液のなかにたくさん入れば、敗血症が発生するので、 血液のなかの菌の有無は問われない)。

敗血症が悪化すると、内臓の機能不全が起こり、血圧が低下する場合があります。内臓の機能不全が起こった場合には、その敗血症は重度であるとされます。集中的な治療にかかわらず血圧が低いままであれば、敗血症性ショックと診断されます。米国では、毎年約90,000人(多くは入院患者)が敗血症性ショックによって死亡しています。

出典:メルクマニュアル

敗血症が悪化すると、臓器に供給される血液の量が減り、心臓が弱り、さらに血液の量が減るという悪循環が生じる。

血液の供給が減った細胞からは、老廃物である乳酸が血液の中に多数出てきて、血液が酸性になる。また、腎臓がやられ、老廃物が血液のなかにたまる。血管から体液が染み出し(浮腫)、肺が水浸しになり、呼吸困難になる。血の塊が全身で作られ続け、逆に血を固まらせる因子がなくなり、出血が起きる(DIC)。こうしたことにより、死に至る。

敗血症から呼吸不全になったという、平良さんの経過が、これで説明できる。

治療は抗菌薬を投与すると同時に、点滴や酸素投与、人工透析など、症状に応じ、様々な治療法を試みることが必要だ。ICUに入院することも必要になる。

敗血症になりやすいのは?

問題は、どうやって菌が体の中に入るのかということだ。先に述べたように、肺炎、腸炎、あるいは膀胱炎が敗血症を引き起こすのだが、若い健康な人は簡単には敗血症にならない。

敗血症になりやすい人は、新生児、35歳以上、妊婦、糖尿病や硬変症などの特定の慢性疾患を有する人、免疫を抑制する薬剤を使用していたり、癌、エイズや免疫系の病気によって免疫力が低下している人だ(メルクマニュアル)。

抵抗力が弱い人が、気管チューブ(空気を送り込むくだ)や点滴のくだ、尿を取るくだなどがつながれていると、そこから菌が入り込む可能性がさらに高まり、敗血症を引き起こす。とくに、こうしたくだが長い間つながれていると、その可能性は高まる。

平良さんの場合、11ヶ月という長期の入院中の敗血症であり、何らかの病気があったのかもしれない。もちろん、これは推定でしかなく、報道から類推するだけでは分からない。本当に死因を特定しようと思うなら、解剖することが必要になる場合もある。

私たち病理医は、敗血症で亡くなられた方の解剖を多数経験する。解剖されるような方の場合、がんやその他の病気の経過の最期に敗血症が生じていることが多いのだ。

敗血症と診断するには、二か所以上の臓器に、菌による感染を示す組織があること、そして脾臓に急性の炎症があることを証明することが必要だ。血液のなかに菌が入ると、脾臓でトラップされて、そこに好中球(膿の成分)が集まり炎症が起こる。感染脾と呼ばれる状態だ。

こうした解剖を経験してきて、敗血症は誤嚥性肺炎と並んで、人が死に至る過程で起きる、最後のひと押しの一つなのだということを痛感する。長い経過がある方は、たとえ敗血症を治療したとしても、誤嚥性肺炎などで、遠からず亡くなる可能性が高いのだと思う。平良さんの場合がどうだったかは分からないが、87歳というご高齢と11ヶ月の入院ということも考えると、こうした経過だったのかもしれない。

新生児や妊婦を中心に、救える命は救わなければならない。平良さんも、敗血症が治れば、ご活躍できる期間がもう少し長かったかもしれない。

敗血症は抗菌薬の進歩で死亡率が低下している。しかし、薬が効かない耐性菌が増えている現在、再び敗血症による死亡率が高くなる可能性もある。救える命を敗血症から救うためにも、耐性菌の問題は取り組むべき大きな課題なのだ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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