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なるつもりがなかった大統領の誕生という悲喜劇

田中良紹ジャーナリスト

アメリカ大統領選挙の開票直後に私は「トランプ氏は自分が大統領になるとは思っておらず、なってしまったことに実は困っているのではないか」とブログ(「安倍総理周辺が『トランプ氏はまともだ』と言う愚かさ」)に書いた。

日本時間で11月9日の夕方、テレビの生中継でトランプ氏の勝利演説を見たが、会場を埋め尽くす支持者の盛り上がりとは対照的にトランプ氏の背後にいる家族たちから満面の喜びを感じることができず、またその後のトランプ氏の行動にも勝利を計算していたとの姿勢を読み取ることができなかったからである。

しかし私の想像はそれが本当であったとしても本人が認めることは決してあり得ず、本人は大統領になるために全力を挙げ、その準備を怠りなくやってきたと国民に見せつけなければならない立場にいる。

そして世界は最高権力を手にしたトランプ次期大統領をそれぞれが自分にとって都合良く解釈し、勝手な思惑を浮かべてその実現を祈り、そのためにトランプ氏の一挙一動を見守る状況が続いている。

トランプ次期大統領はビジネスマンで政治の経験も軍を指揮した経験もない。しかしビジネスマンの目線で米国政治に大いなる不満があった。その不満をこれまでも度々表明して政治家志向を強めてきた。

彼から見れば民主党も共和党も全く国民の心をつかめていない。国民の思いとは異なるところで党派対立の政治を行っている。米国の二大政党制が機能不全に陥っていることを痛感していた。

同じように二大政党制に対する国民の不満を背景に大統領選挙に出馬した大富豪がかつて存在した。1992年の大統領選挙に出馬したロス・ペロー氏である。IT企業の経営で財を成し、イラン革命で人質となった社員を傭兵を雇って救出したことで知られていた。それが共和党のブッシュ(父)大統領と民主党のビル・クリントン候補が戦った大統領選挙に出馬して、一時は支持率で最高になるなど注目された。

しかし結果はペロー氏がブッシュ大統領の票を食ってクリントン新大統領を誕生させた。そのペロー氏が結成した「アメリカ改革党」に入党したのがトランプ氏である。そこからトランプ氏は2000年の大統領選挙に出馬しようとしたが断念する。今回はそうした経験を踏まえ第三党からの出馬ではなく共和党の候補になる道を選んだ。

そのためには共和党内の候補者と戦わねばならない。本命中の本命であった名門ブッシュ家のジェブ・ブッシュ候補を徹底攻撃、次いでマルコ・ルビオ、テッド・クルーズなど「ネオコン」や「ティー・パーティ」に支持された候補者を各個撃破して大統領候補の座を勝ち得た。武器はエリートに対する大衆の反感を煽るポピュリズムの手法である。

それが見事に的中するほど大衆は既成政治に不満があった。それはエリート中のエリートであるヒラリー・クリントン候補に対しても有効に作用した。とはいえ投票総数をみれば6400万票対6200万票でヒラリー票が200万票もトランプ票を上回っている。アメリカ大統領選挙が直接選挙でないためにトランプは勝ったが票数を見ればとても圧勝とは言えない。

さらに同時に行われた上下両院の選挙でも共和党は過半数を制したが、しかし前回選挙より上院で2議席、下院では6議席減らした。問題は共和党が上院で52議席しかないことである。60議席を超えなければ民主党に議事妨害の権利が認められ、民主党の意向を尊重しない限り議会運営は難しくなる。

また日本と違い米国議会に党議拘束はない。それぞれの議員は政党ではなく有権者の意向を考え投票する。共和党の大統領だから共和党議員が賛成するとは限らない。そのため大統領は反対党の議員を説得して賛成してもらう必要が出てくる。それをトランプがやり切れるか、今のところはわからない。

そしてアメリカでは政権交代に伴い4000人を超える官僚が交代する。その人事は政治家が行い、うち1000人は議会上院で承認を得る必要がある。民主党が難色を示せば人事は決まらない。とても大統領が一人でやれる仕事ではなく共和党の協力がなければならない。だから次期大統領の最大の問題は共和党との関係である。

トランプが政権移行チームの代表にマイク・ペンス次期副大統領を充てたのは共和党主流派との融和を印象づけたが、しかし移行チームには息子や娘など家族もメンバーに入っており「信用できるのは家族しかいない」とトランプが考えている節もある。

次々に発表される人事を見ると予備選で敵対した候補の支持者を取り込む姿勢が見え、トランプが共和党との融和に腐心する様子もうかがえるが、しかしどこまで融和が図られるかは分からない。1月20日にトランプが大統領に就任しても政権人事が固まるまでには時間がかかり、体制が整うのは春ごろになると考えられる。

そのトランプ次期大統領が11月30日にツイッターで「ビジネスから完全撤退して大統領職に専念する」と発表した。私が「トランプは大統領になるつもりがなかったのではないか」と考えた根拠はここにある。

トランプにとって最も良かったのは、国民の不満に鈍感な共和・民主の二大政党を震撼とさせ、大いに国民を熱狂させて僅差で大統領になれなければ、その後のビジネスに大いに役立ち、なおかつ政治の世界にも影響力を行使できた。

ところが大統領になってしまえばビジネスをどうするという大問題に直面する。強大な権力を持つ者は公私のけじめに厳しくなければならない。誰もが思う話である。世界を股にかけたビジネスを展開してきたトランプに対しては当然この問題が注目される。

トランプは子供にビジネスを継承させるつもりのようだが、それでも身内のビジネスに利益誘導することが疑われれば、大問題に発展することは間違いない。それでなくともメディア界と激しく対立してきたトランプをメディアが見逃すはずはない。下手をすれば弾劾裁判にかけられる可能性もある。ニクソン大統領はその手前で退任したが、その再来が現実になるかもしれないのである。

トランプが当選を確信していればこの問題について入念に準備してきたはずである。当選直後に何らかの言及があってもおかしくなかった。それがここまでずれ込んだということは当選を確信していなかったと私は考えるのである。そしてこの問題は共和党主流派にとってはトランプ大統領を退任させ、マイク・ペンス副大統領を大統領に就任させることを可能にする。

それにしても女子大時代から半世紀に渡り初の女性大統領になることを夢見てきたヒラリー・クリントンが落選し、なるつもりがないため「暴言」の限りを尽くして大衆を煽ったドナルド・トランプが大統領に当選したのであれば、歴史は何と悲劇的でありかつ喜劇的であるのかと考えてしまう。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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