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ネイマール以前・ネイマール以後。契約解除金の夏を超えて。

森田泰史スポーツライター
競り合うミルナーとネイマール(写真:ロイター/アフロ)

ネイマール以前・ネイマール以後ーー。そう呼べるほどに、彼の移籍はフットボールの世界を変えてしまった。

ネイマールのパリ・サンジェルマン移籍が成立したのは、2017年夏だ。当時、バルセロナとの契約で、ネイマールの契約解除金は2億2200万ユーロ(約268億円)に設定されていた。

その大金をはたくクラブは実質上存在しない。バルセロナ側には、そう高を括っていたところがあった。だが、結末はご存知の通りだ。バルセロナで受け取っていた年俸(2200万ユーロ/約26億円)以上の年俸(3600万ユーロ/約43億円)を用意して、パリ・サンジェルマンはネイマールを迎え入れた。

■契約解除金の存在

そもそも、なぜネイマールの移籍は成り立ったのか。

スペインでは、選手と所属クラブの間に「契約解除金」が設定されるのが通例だ。1985年に法の改正が行われ、法規1006が制定された。選手を守るために、スペイン政府はプロスポーツの安定化を図った。

契約解除金の存在により、選手と所属クラブが諍いを起こさずに移籍成立が可能になる。スペインでは、選手(その選手の代理人でも可能)がプロリーグ機構(LFP)に契約解除金を収める方式が採られている。選手が契約解除金をLFPに収め、それを確認したLFPが所属クラブ(正確に言えば前所属クラブ)にその額を受け渡す。2016年以降は、この支払方法であれば税金を支払う必要がなくなった。

契約解除金の支払いにおいては、IRPF(個人所得税)の支払いが最大で48%まで軽減されるといわれている。対して、2クラブ間の交渉で移籍金が発生した場合、IVA(付加価値税)を支払わなければいけない。

だが、近年のマーケット状況と移籍金の高騰によって、資金潤沢なクラブが得をする構図が出来上がってしまった。この制度が導入された際、こういったシチュエーションは想像されていなかっただろう。オイルマネーを存分に使えるアラブ人オーナーの就任や、「国家クラブ」の誕生を予期していた者はいなかった。

■戦略と背景

ただ、契約解除金に基本的に上限はない。その仕組みを、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長は巧みに利用している。

これは賢くて強(したた)かな戦略である。事実、マドリーの選手で、契約解除金の支払いによって移籍が成立した選手はいない。マドリーは近年、契約更新の際に主力選手の契約解除金を引き上げてきた。イスコ(契約解除金7億ユーロ/約854億円)、ルカ・モドリッチ(7億5000万ユーロ/約915億円)、トニ・クロース(5億ユーロ/約610億円)が良い例だ。

一方で、労働者の権利を守るため、法外な契約解除金を設定されて不当だと感じれば、選手はそれを訴えることができる。その辺りを上手にコントロールする必要はあるだろう。実際のところ、クリスティアーノ・ロナウド(現ユヴェントス/当時契約解除金10億ユーロ)の移籍に際しては、マドリー、ユヴェントス、選手の三者が合意して移籍金1億1200万ユーロ(約136億円)で移籍が決定した。

対してルカ・モドリッチのインテル移籍が噂された時には、ペレス会長が頑なに契約解除金7億5000万ユーロ(約915億円)の支払いを要求して、結局彼は残留した。このように、現実的には幅を持ちながら柔軟に対処する必要がある制度なのである。

最近では「契約解除金」と「移籍金」を混同している日本メディアが少なくない。直近の例で言えば、久保建英がレアル・マドリー移籍を決めたが、これからスペインでプレーする彼を、こういった理解なしに追い続けることはできるだろうか。それは非常に難しいはずだ。

バルセロナのカンテラーノがレアル・マドリーに加入した、という感情論では完結しない背景を、決して見逃すべきではない。若き才能を見守るにあたり、「周り」もまた準備を怠ってはならないのである。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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