日本から真下に穴を掘って飛び込んだら、地球の裏側のブラジルに行き着けるのか?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
日本から見た地球の裏側はブラジルだから、真下に穴を掘っていけば、やがてはブラジルに出られる——。
よく耳にする話だけど、これは正しいのだろうか?
この問題で記憶に残っているのは、リオデジャネイロ五輪の閉会式で流された映像と演出だ。
国会を出た車のなかで、時計を気にする安倍首相(当時)。
「このままでは間に合わない」と、車中でマリオに変身し、渋谷のスクランブル交差点へ行くと、ドラえもんがセットした土管に飛び込む。
安倍さんマリオは地球の中心を突き抜けて、やがて閉会式が行なわれているマラナカン競技場の土管から出現した――。
日本が誇る2大キャラの登場もあって、あれには素直に感動した。
当時は、東京五輪をめぐる騒動も、安倍さんのことも、まったく想像できなかった。
ものすごく昔のような気がするけど、たった6年前のできごとだ。
ついしんみりしてしまうが、さて穴掘り問題である。
日本の裏側は本当にブラジルで、真下に向かって穴を掘り進んでいけば、いつかブラジルに出られるのか?
たとえば、渋谷のスクランブル交差点の位置は、北緯35度41分、東経139度45分。
その裏側の地点は、南緯35度41分、西経40度15分だ。
その場所を地球儀で探すと、おお、そこはウルグアイから東に1000km離れた大西洋。
つまり、東京の裏側はブラジルではなかった!
これは東京に限った話でなく、日本列島の裏側は、ほぼ南アメリカ沖の大西洋である。
地中深く穴を掘ってブラジルに到達できるのは、日本では奄美大島や沖縄などに限られる。
たとえば、沖縄県の那覇市の裏側は、ブラジル南西部のパト・ブランコという町だ。
しかし、そこにこだわっても面白くないので、ここでは渋谷の交差点で真下にまっすぐ穴を掘るとそこにブラジルがあると仮定して、実際にやったらどうなるかを考えてみよう。
◆地球の裏側まで42分!
地球の直径は1万2800km。
地球の裏側に達する穴を開けるには、この距離のトンネルを掘らなければならない。きわめて大変な作業になる。
地下鉄工事などでトンネルを掘るのに使われるシールドマシンは、硬い岩盤でも力強く掘り進んでいくが、そのスピードは最高で時速3m前後。
ここ「3km」ではなく「3m」ですからね。穴を掘るのは大変なのだ。
このペースで1万2800kmを掘るには、不眠不休でも485年かかる。
2022年から工事を始めたとして、トンネル開通は西暦2507年。
ドラえもんは22世紀からやってきたロボットだけど、その時代でもまだまだ掘削中なのです。
では、ここ数年でモノスゴイ技術革新が起こって、全長1万2800kmの地球貫通トンネルが開通したとしたら? そこへ人間か飛び込んだらどうなるだろう?
地球の重力は、地球の中心に向かって働く。
そのため、飛び込んだ人は、重力に引かれてスピードが上がっていく。
1分後 マッハ1.7
2分後 マッハ3.4
3分後 マッハ5.1
……とどんどんスピードを上げていき、
10分後 マッハ15.7
15分後 マッハ20.9
そして21分7秒後、マッハ23で、地球の中心を通過する!
中心を過ぎると重力に引き戻されて、ブレーキがかかり始める。
その運動は、渋谷から地球の中心までの正反対となる。
すなわち、
27分14秒後 マッハ20.9
32分14秒後 マッハ15.7
目的地に近づくと、さらにスピードは落ちていき、
39分14秒後 マッハ5.1
40分14秒後 マッハ3.4
41分14秒後 マッハ1.7
そして、地球の裏側に達する瞬間、速度はゼロになる!
その機を逃さず、穴の周囲のどこかをつかむなどして、無事に止まることができれば、見事にゴールだ。
所要時間は42分!
かつての成田-リオデジャネイロ直行便は、所要時間28時間だったというから、それに比べると驚異的に早い!
ただし、着地に失敗すると、再び穴向かって落ちていく。
そして渋谷に戻ってくるまで、また42分かかり、ヘタすると延々これを繰り返すことになる。
何がなんでも着地しよう。
◆地球内部は灼熱地獄!
着地しよう、などと気軽に書いてしまったが、この地球貫通の旅は「熱」との過酷な戦いになるはずだ。
地球の内部は、地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核に分かれていて、中心部に行くほど熱くなる。
穴に飛び込んだ後、周囲の温度はどう変わっていくだろうか?
まず、穴を落ち始めて1分後、地下18kmに達したとき、トンネル内の気温は早くも530度になる!
5分後、地下440kmで1千度を超え、10分後に地下1700kmで2千度を突破。
15分後は地下3600kmで5千度、そして地球の中心を通過する21分後には、なんと6千度……!
こんな灼熱地獄のトンネルに体一つで飛び込んだら、1分ともちません。
生きて南半球の地を踏みたければ、耐熱服を着込んで身を守るしかない。
しかし6千度といえば、太陽の表面温度と同じだ。これに耐えられる物質が地球上に存在するのだろうか?
『理科年表』で調べてみると、最も融点の高い物質は炭化タンタル。
溶け出す温度は3880度。
う~む、6千度には全然足りないか……。
しかし、ここで小惑星探査機「はやぶさ」の例を思い出そう。
その本体は大気圏に突入するときに燃えて消滅したが、帰還カプセルは3千度の高熱に耐えて、小惑星イトカワの岩石サンプルを持ち帰った。
その際、カプセルを熱から守ったのが、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製のヒートシールド。
このヒートシールドは、自ら燃えることでカプセルの表面から熱を奪い、結果的にカプセルが高温になることを防いだのだ。
この考え方に立てば、炭化タンタルは溶けてもいい。それでも内部が守れるだけの厚みがあればいいわけだ。
外側から徐々に溶けていって、炭化タンタルの層がすべて溶けてしまう前に、3880度以上の高温地帯を通過できればいいだろう。
そのためには、耐熱服というより、人が入れるように中を空洞にした球体がいいかもしれない。
内部の空洞が直径2m、炭化タンタルの厚みを30cmとすると、球体の直径は2m60cm。
これが通り抜けるためには、穴の直径は5m以上ほしいところだ。
◆すごい恐怖が待っている!
こうして、炭化タンタルの球さえあれば、何とかなりそうな雲行きに……、あっ。
筆者はいま、大切なことに気がつきました。
地球は自転しているのだ。
地上の人間も、地球といっしょに西から東へ運動している。
北緯35度40分の渋谷の場合、時速1360kmというモーレツな速度だ。
そんな状況下、人の乗った炭化タンタルのボールが落ちていくとどうなるか?
はじめのうちは、まっすぐ落ちていく。
ところが、穴も回っているため、やがて穴の壁が西から迫ってきて、炭化タンタルのボールにぶつかる。
その後、ボールは穴の壁から離れることなく、その表面をごろごろ転がっていく……。
わ~ん目が回る~、などというノンキな状況ではない。
落下のエネルギーが回転のエネルギーに食われてしまうのだ。
すると、落下速度は前述のマッハ23に達しない。それは、地球の裏側まで達するための勢いが足りないということだ。
そのうえ、壁との接触や空気との衝突で、さらにエネルギーは失われる。
――すると、最終的にはどうなる!?
地球の裏側までたどり着けない!
そのはるか手前で引き返し、今度は地球の中心を過ぎて渋谷に向かうが、またも手前で引き返す。
こうしてだんだん距離を短くしながら往復を繰り返して、いつか地球の中心で静かに停止する。
あとは炭化タンタルが溶け切るのを待つばかり……。
うっひょ~、想像するだけでムチャクチャ怖い!
地球を貫く穴があっても、安易に飛び込むのは危険です。
お互いに気をつけましょう。