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パート従業員の上限年収150万円でスタッフ不足は問題解決!?~経営者もパート従業員も、ご注意を

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
パートの確保に困っている中小企業は多い(写真:アフロ)

・これでパート従業員不足が解決?

 近畿地方のある中小企業経営者は、税務署に相談に行った際に、「今年からパート従業員の上限年収が150万円に変更したんですよね」と質問してみた。税務署職員は、「良かったですね、これからは150万円が上限ですよ」と言う。これまでパート従業員にもっと働いて欲しくても、配偶者控除の上限年103万円が壁になり、なかなか働いてもらえなかった。それが2018年から150万円になったのだから、今いるパート従業員にもっと働いてもらえると喜んで帰ってきたのだ。

 

 早速、パート従業員にその話をすると、みんな、上限緩和のことを知っていて、それではと早速、翌月から勤務日を増やそうということになった。パート従業員募集の広告を出してもなかなか応募はない。仕事のできるパート従業員には、もっと働いてほしいのだが、この上限が壁になっていた。これでめでたしめでたしとなるはずだった。

労働者不足は中小企業にとっては深刻な問題だ(画像・著者撮影)
労働者不足は中小企業にとっては深刻な問題だ(画像・著者撮影)

・聳え立っている「130万円の壁」

 翌日、話を聞いた総務担当の社員が、困った顔をして経営者の元にやってきた。

 総務担当者は、もう一度、パート従業員に相談した方が良いと進言してきたのだ。

 「150万円まで働いてもらうと、御主人の社会保険から外れてしまいますがいいんでしょうか。」

 実は、150万円に上限が変更されたのは、「配偶者控除」に関する上限なのだ。つまり、今年から最大38万円の「配偶者控除」を受けるためには年収を150万円以下にすれば良くなったのだ。その分、多く働けるはずだと、経営者もパート従業員も考えたのだ。

 税務署職員が経営者に「大丈夫ですよ」と言ったのはこの「配偶者控除」についてだったのだ。

・夫の社会保険から外される

 今までの「配偶者控除」の「103万円の壁」が「150万円」に引き上げられたのは良かったのだが、実はまだ別の壁が残っているのだ。それは「130万円の壁」だ。年収130万円を超すと、夫の年金や健康保険といった社会保険から外され、自らが加入する必要が出てくる。

 「優秀なパート従業員には、この際、社会保険も負担するからと声をかけてみたのですが、返事は芳しくないのです。」と経営者は肩を落とす。確かに、仮に130万円を超すと社会保険料などの負担が増え、「かなり頑張らないと逆にマイナスになる仕組みだ。主婦業もあるので、そこまではとなるのも当然だ。」と言う。この会社では、もう一度、上限130万円に触れないように計算しなおした。

・なぜ交通費まで合算?

 さらに、この経営者が納得いかないことが一つあると言う。それは、この社会保険の上限である年収130万円だが、「通勤手当等の諸手当を含めた総収入額」なのだ。「交通費は実費請求だし、うちのように店舗を複数持っていると、ベテランが足りずに少し離れたところに行ってもらっている場合もある。そうすると交通費がそれなりの金額になるパート従業員もいる。その分、働いてもらう時間を減らさなくてはいけなくなる。」

・大企業には「106万円の壁」も

 従業員数が501人を越す大企業では、「106万円の壁」も2016年10月施行の法改正から存在するようになった。

 (1)従業員501人以上の会社で、(2)週20時間以上労働し、(3)勤務期間が1年間以上の場合は、(4)年収106万円を超すと、やはり夫の年金や健康保険といった社会保険から外され、自らが加入する必要が出てくるようになったのだ。

 全国展開するある大手流通企業の店長は、「年収150万円までに改正されて、これでやっと今いるパート従業員にもっと働いてもらえると期待したのだが、結局、103万が106万に替わっただけで、ほとんど何も変わらない。本社は、協力はするがパート従業員の募集はそれぞれの店舗で努力しろと言ってくる。もう少し考えてもらえないだろうか。」と話す。

もう少し働いても良いが、それで実質収入が下がるのでは・・・(画像・筆者撮影)
もう少し働いても良いが、それで実質収入が下がるのでは・・・(画像・筆者撮影)

・主婦業もやりながら、空いた時間を最大限に使って稼ぎたい

 夫の給与も、増税や社会保険料の負担増、配偶者控除の見直しなどで手取り額は減少している。話を聞いた経営者も店長は、同じことを言う。「夫の社会保険から出ることは、相当働かないと実質収入がマイナスになることも判っている。プラスになるほど働く時間的余裕はない。」

 パート従業員、特に主婦たちは主婦業もやりながら、空いた時間を最大限に使って稼ぎたい。そうなると夫の社会保険に入りつつ、収入を最大限にしたいと考えるのは、家計をやりくりしている主婦たちにとっては当然のことだろう。

・本来は弱者救済の意図もあるのだが

  「106万円の壁」と「130万円の壁」を設けることによって、パート従業員や契約社員など不安定な雇用環境に置かれている人たちにもより多く社会保険に加入できるようなった。しかし、それが一方ではパート従業員確保の障壁になっている。

 「中小企業経営者やパート従業員などにとって、もっと役に立つような制度改正をしてもらえないものだろうか。上限150万円になってほっとしたのは、一晩だけだった。」話を聞いた経営者は苦笑いする。

 経営者側は、今いる従業員にもう少し働いてもらいたいのに、制度の壁が邪魔をして働いてもらえない。従業員側も、もう少し働いてもいいが、働けば実質収入が減る。

 「知らない奴が悪い、ネットとかを調べれば書いてあると言う人も多いが、150万円に上限引き上げばかりが流されている感じはする。改正するというなら、もっとわかりやすく一律の金額するようにしてくれないだろうか。」と店長は言う。

 上限150万円だと思い込んで、年度末になって社会保険を外されるということになった時点で驚く人が出るのではないか。経営者もパート従業員も、もう一度、確認することが必要だ。

 

 

 

 

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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