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英国のEU離脱交渉、暗礁に乗り上げる―EUの官僚主義に阻まれ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
EUの施政方針演説を行うユンケルEC委員長=欧州議会サイトより
EUの施政方針演説を行うユンケルEC委員長=欧州議会サイトより

英国のEU(欧州連合)離脱協議が難航している最大の問題は一切、妥協に応じようとしないEUの行き過ぎた官僚主義にある。そのEU官僚体制のトップに君臨して強権を揮っているのがジャン・クロード・ユンケルEC(欧州委員会)委員長(ルクセンブルク元首相)だ。英紙デイリー・テレグラフは9月7日付電子版で、「この日公表されたEC議事録(7月12日会合分)によると、ユンケル委員長は28人のEC委員全員が揃った会合で、英国との協議が失敗に終わるリスクに直面しているのは、英国のデービッド・デービスEU離脱担当相が無能だからだと個人攻撃した。ユンケル氏はデービス氏のことを持続性・安定性に欠け、説明責任を果たせず、権限を持った交渉人とは思えないと言った」と伝えた。これには英国の欧州議員も一斉に反発し、ユンケル氏に怒りの矛先を向けた。いかにEUが嵩にかかって英国を攻めているかが分かる。

その後、英政府は8月中旬、EU(欧州連合)離脱交渉に臨む「将来のEUとの貿易関係、特に関税同盟に関する交渉方針」を発表した。主な内容は、(1)10月からEUと自由貿易協定の交渉を開始する(2)19年3月のEU離脱後に3年間を上限とする移行期間を設ける(3)移行期間中に貿易・関税に関する新しい協定を結ぶ(4)新協定が締結されるまで英国は離脱後も一時的にEUの単一市場と関税同盟の中にとどまる―というものだ。

また、英政府は交渉方針の中で、EUとは今まで通りの関税同盟を継続するという提案とは別に代替案も示した。これは英国経由でEUを最終目的地とする、外国からの輸入品に対する通関手続きを簡素化し、英国からEUへの輸出が迅速に進むように英国がEUに代わって通関手続きを肩代わりする新しい関税同盟を締結するというもの。英国側はこれによって英国が最終地の輸入品には英国の関税率を適用でき、また、EUも最終地の輸入品にはEUの関税が適用できるメリットがある、と、かなり積極的な内容となっている。

しかし、ユンケル発言に見られるようにEUと英国の交渉に対する温度差は歴然としている。英国の積極的な交渉対応にもかかわらず、EU側の反応は依然として冷ややかだ。EUの報道官は匿名で8月15日の英テレビ局スカイニュースに対し、「英国の関税同盟に対する要望に留意するが、英国の秩序あるEU離脱に必要な条件(手切れ金の支払いやEU市民の在留権、アイルランド国境管理の3つの優先課題の解決)で十分な進展が見られなければ、英国と(自由貿易交渉など)将来関係について協議しない」と述べ、英政府の交渉提案には一瞥もくれなかった。

欧州議会のブレグジット交渉代表であるヒー・フェルホフスタット議員(元ベルギー首相)も8月15日の自身のツイッターで、「英国がEUの関税同盟から抜けて、また戻るとか、“目に見えない国境”(関税手続きの簡素化や最小限の貿易規制などの関税取り決め)という提案は幻想だ」と突っ放す。EUのミシェル・バルニエ首席交渉官も同日のツイッターで、「英国がEU加盟27カ国とEU市民の英国在留権と手切れ金支払い問題を早く解決すればするほど、関税同盟と将来関係について早く協議を開始することができる」と、従来通りの主張を繰り返した。EUは英国には譲歩しない構えを崩さず、英国が期待する10月からの貿易交渉は夢のまた夢に終わるのは必至の情勢だ。

8月31日の3回目の離脱交渉の終了後に開かれた共同記者会見で、バルニエ首席交渉官は、「英国はEU関税同盟からの離脱を名残惜しんでいるようだ」と、おどけて見せた。これにはデービスEU離脱担当相も驚きを隠せず、「離脱と言ったら離脱だ」と、語気を強めた。EUの対応はどこまでも辛らつだ。英紙デイリー・テレグラフは同日付電子版で、「結局、3回目の交渉でも1000億ユーロの“手切れ金”問題などで全く進展が見られなかった。英国の10月からの貿易協議開始の構想は絶望的だ」とさじを投げる。

EU離脱交渉、前進には独仏首脳による直接介入不可欠

英国のデービッド・デービスEU離脱担当相は8月末に3回目のEU離脱協議が終了したあと、9月3日に放送された英BBCテレビのトーク番組に出演した。その中で、同相は、「離脱交渉では、EUは英国が手切れ金を支払うと言うまでテコでも動かないという姿勢を貫き通した。それで(交渉を長引かせ、挙句には交渉終了後、EUのミシェル・バルニエ首席交渉官が)“何の進展もなかった”と記者会見で発言するのは実にふざけている」と怒りを露わにした。

英国は9月25日からEU(欧州連合)と離脱協議を再開する。6月19日に1回目の協議が開かれた。それ以来、これで4回目の会合となる。しかし、これまで3回の協議が行われたにもかかわらず、英国はEUの高飛車で非妥協的な態度に阻まれ、次のステップとなる、英国との将来の関係、つまり、自由貿易協定の協議に移行できないでいる。EUが次の段階に移るための絶対条件としているEUへの手切れ金の支払いやEU市民の在留権、アイルランド国境管理の3つの優先課題で何一つ合意に達していないからだ。EUはまるで英政府にハードブレグジット(EU市場への自由なアクセスの大半を失う強硬離脱)の選択を迫っているようにさえ見える。

こうしたEUの非妥協性については、英保守党のウィリアム・ヘイグ元党首も怒り心頭に発した。8月28日付のテレグラフ紙への寄稿文で、「離脱交渉の成功を妨げているのは、政策を変更しようとしないEUの伝統的な柔軟性の欠如だ。柔軟性はEUのモットーではない。英国のEU離脱の大きな理由の一つがEUの柔軟性の欠如だった」と厳しく批判した。さらに、「(10年前の)ギリシャ債務危機当時、東奔西走したギリシャのヤニス・バルファキス財務相はユーロ圏各国の財務相からECB(欧州中央銀行)総裁、そしてドイツのアンゲラ・メルケル首相へと次々とたらい回しにされ、結局、“EUの誰と交渉すれば良いのか分からなくなったと嘆き、EUでは誰も責任を持って政策を変更しようとしない非妥協性の壁に直面した”と、後日談で語っている」と、事例を挙げてEUを非難した。

その上で、ヘイグ氏は、「EUとの将来の関係がどんな風になるのかも分からないのに、手切れ金や移民、北アイルランド国境の問題を解決するなんて不可能だ。EUのバルニエ交渉官はいろんな選択肢を目の前に示されてもEU加盟27カ国によって自分の任務が決められており、政策の変更はできない、と言っている。EU協議を前進させ加盟国の国益を実現させるためには、今こそ、ドイツやフランスなどの政治のリーダーが(EU官僚に代わって)離脱協議に介入すべきときだ」と言い切る。

EU離脱協議をめぐって閉塞感が漂う中、英政界に嵐が襲った。EU離脱強硬派のボリス・ジョンソン外相(前ロンドン市長)が先週末(9月15日)、テリーザ・メイ首相に反旗を翻したのだ。ジョンソン外相は英紙デイリー・テレグラフに同日付で、EU離脱交渉に関する論文を寄稿した。メイ首相が19年3月の英国のEU離脱後に設けられる最大3年間の移行期間に、EUに手切れ金として毎年100億ポンド、3年間で計300億ポンドを支払うという譲歩案をEU側に提案する準備を進めていたからだ。ジョンソン氏はEUに1ペニーも支払う必要がない、と強硬に主張した。

その後、メイ首相がジョンソン外相の論文内容を批判したことから、ジョンソン氏は更迭されるか、または、自ら外相を辞任するとの観測が政界に広がった。結局、首相官邸が9月19日にジョンソン氏は閣内にとどまるとの談話を発表し観測を打ち消した。両者の間で何があったのかについて、同日付のテレグラフ紙は、両者が移行期間の最初の1年間、20年までEU予算の英国拠出分として200億ユーロを支払う折衷案で折り合いがついたと伝えた。英国はEU離脱協議が進まない一方で、国内政治の混乱という内憂外患にさらされている。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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