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北朝鮮情勢をチェスになぞらえたトランプ大統領に打つ手はあるか:「戦略的忍耐は終わった」のか?

六辻彰二国際政治学者
北朝鮮の軍事パレードに登場した新型ICBM(2017.4.15)(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮をめぐる緊張の山場としてあった、4月が終わりました。4月は金正恩第一書記の就任記念日など、北朝鮮首脳部にとっての重要イベントが目白押しで、その際にミサイル実験などが行われれば、米軍が実際の軍事行動に踏み切るとみられていました。

しかし、その4月が終わっても、北朝鮮を取り巻く緊張は高まったままです。そのなかで、次に緊張のピークが来るとすれば、それは北朝鮮が核実験を行なった時とみられます

オバマ政権時代、米国は正面衝突を避けるため、北朝鮮の理不尽な行動に「戦略的忍耐」と呼ばれる選択をしました。これに対して、4月17日、ペンス副大統領は訪問先の韓国で「戦略的忍耐の時代は終わった」と述べ、北朝鮮に対してあらゆる手段をとると言明しました。

しかし、現状において、米朝や日本をはじめとする関係各国は、オバマ政権時代とは異なる意味での「戦略的忍耐」に陥っています。そこにおいて各国は、「降りたいけど降りられない」という我慢比べになっており、しかも「ゲームが流れる」のを期待せざるを得ない状況にあるといえるでしょう。

「ミサイル発射失敗」で北朝鮮が得たもの

4月6日のシリア攻撃によって、米国は北朝鮮に対して「大量破壊兵器を用いれば攻撃する」というメッセージを送りました。北朝鮮に「いざとなったら米国は(ハッタリではなく)本当に撃つ」と思わせることで、譲歩を迫ったといえます

これに対して、4月15日、北朝鮮は大規模な軍事パレードを行い、ここで新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)も披露されました。翌16日、北朝鮮はミサイルを発射しましたが、途中で爆発。さらに4月29日、再び弾道ミサイルが発射されましたが、やはり北朝鮮領内で爆発しました

ミサイル発射失敗については、「米軍によるサイバー攻撃の成果」という見方があります。もちろん、米軍がサイバー攻撃を試みても不思議ではありませんが、それがピンポイントで成果をあげられるかは疑問です。仮にサイバー攻撃が可能なのであれば、最初から大規模な軍事展開をする必要も、中国に働きかけを求める必要もありません。少なくとも現状においては、「サイバー攻撃説は魅力的だが北朝鮮を止められないことへの失望から出た空想」という見方の方が妥当だと思われます。

その一方で、ミサイル発射の失敗を含む一連の行動が、北朝鮮攻撃への決定的な理由にならなかったことは確かです

4月9日、ティラーソン国務長官は「他国の脅威になるなら対抗措置がとられる」と言明しています。これに照らせば、その後の一連の北朝鮮の行動は、確かに国連決議に違反し、各国の警戒感を呼ぶものですが、少なくとも周辺国(とりわけ米国)に実質的な損害を与えたわけでも、他国の権利を侵害したわけでもありません。実際、北朝鮮のミサイルは他国の領海や公海の手前で爆発しました。つまり、北朝鮮はいろいろとしていても、それは「米国から攻撃される行為」にまでは至っていないといえます

「頭の切れる人物」の真意とは

米国は「いざとなったら本当に撃つ」と銃口を向けており、北朝鮮が周辺国の領海にミサイルを着弾させるなど実際の脅威となった場合、本当に撃たなければ「ハッタリ」とみなされてしまいます。ただし、全面衝突のコストを考えれば、「撃たないで済む」なら、それに越したことはないため、実質的な損害や権利侵害をともなわない限り、北朝鮮のアクションに無反応で済ませた方が得策です。さらに、それはティラーソン国務長官の声明とも矛盾しません

一方、北朝鮮政府の立場からしても、いくら何でも米国との正面衝突を避けなければ、まさに身の破滅です。かといって、何もしなければ、「米国に屈した」という印象を国内に持たせるだけでなく、米国との関係においても「ここまで押せば平壌は折れる」というポイントを提示することになります。

こうしてみたとき、一連の北朝鮮の行動は、少なくとも結果的に、米国が報復措置をとらない「米国の引いたレッドラインの範囲内」と、北朝鮮政府が米国との対決姿勢を崩さないことで「最低限の体面を保ち得る範囲」に、かろうじて収まったといえます。それは米国と対峙する政府として「国内向けの正当性を確保すること」と、「米国から攻撃されないこと」の両立を可能にしたといえます。

もちろん、二度のミサイル発射失敗が北朝鮮側の意図的なものだったと断定する根拠はありません。しかし、少なくとも、北朝鮮がミサイルを撃ちながらも、それが失敗したことで、双方の神経戦が痛み分けに終わったことは確かです

4月30日、トランプ大統領はTVインタビューで、金正恩第一書記を指して「頭の切れる人物(smart cookies)」と評しました。この表現は、20歳代半ばという若さで権力を継承しながら、それを誰にも奪わせなかった、という文脈で出てきたものです。しかし、それを敢えてこのタイミングで発言したことを、これまでの観点から考えれば、米国に攻撃させない範囲で、国内における自らの体面を保ったことを指してのものとも理解できるでしょう。

もう一つの「戦略的忍耐」

いずれにせよ、一つの山場であった4月を超えたとしても、北朝鮮を取り巻く情勢がこれまでになく緊迫していること自体に、何も変化はありません。そして、それはいつ終わるとも知れないものです。いわばトランプ政権や周辺国には、この状況に対する辛抱が必要となってきます。

オバマ政権時代、米国は北朝鮮に対して「戦略的忍耐」で臨みました。つまり、大量破壊兵器の放棄を辛抱強く働きかけながらも、北朝鮮の言動には逐一反応しないという方針です。これは「あえて理不尽な行動をとる北朝鮮の行動を、正面衝突を避けるためにこらえる」という意味で忍耐力が必要なものでした

これに対して、先述のようにトランプ政権は前政権の「戦略的忍耐」からの転換を強調していますが、その方針はオバマ政権のものとは異なる意味で忍耐力を必要とします。現在の状況は、米朝が銃口を向けあうなか、お互いにできれば緊張のエスカレートを和らげたくとも、それぞれ相手が先に折れることを待ち続けるというものです。そこでは、「ゲームから降りたいけど降りられない」という我慢が求められます。

一度この状況になれば、今更なかったことにはできません。また、何も変化がない限り、都合よくどちらかが銃口を下げることも考えにくいといえるでしょう。それは、東アジアが出口の見えない、恒常的な緊張に向かわせかねないといえます。

銃口の間に割って入る者とは

お互いに相手が折れるのを待つ「もう一つの戦略的忍耐」を打開できるとすれば、誰かが割って入る以外の選択肢はないように思われます

これに関して、トランプ大統領は中国の関与を求めているようです。先述のTVインタビューで、「貿易は大事だが、何百万人も犠牲になることは避けなければならない」と発言したことは、貿易問題で対立する中国に対して、「北朝鮮問題に関与してくれるなら貿易問題で相談に応じる」というメッセージとみてよいでしょう。中国自身も朝鮮半島情勢の「平和的解決」を求めており、さらに貿易問題で米国の譲歩を引き出せるとなれば、中国にとって悪い話ではありません。

次に、5月9日に迫った大統領選挙の結果次第ですが、韓国政府も仲介役となれる可能性があります。中道野党「国民の党」の安哲秀元共同代表は米国との同盟関係を優先させる立場ですが、革新系の最大野党「共に民主党」の文在寅前代表は、北朝鮮情勢が悪化した場合に受ける悪影響の大きさから、韓国の同意抜きの北朝鮮攻撃に反対しています。各種世論調査で文候補は安候補をリード。仮に文候補が当選すれば、北朝鮮と米国の橋渡しを買って出る可能性は小さくありません。

最後に、4月29日、カトリック教会のフランシスコ法王は、北朝鮮情勢に対する国際的な調停の重要性を強調し、その候補としてノルウェーに言及しました。ノルウェーは西側の一員ですが、EU未加盟であることに象徴されるように独立した外交方針が信条で、パレスチナ問題に関する1993年のオスロ合意や、コロンビア内戦の終結に向けての2016年合意などの仲介の実績もあります。ただし、名指しで推薦を受けたノルウェー政府は、明確な返答を避けています

こうしてみたとき、外務大臣が国会答弁で「外交による解決」の重要性と米国との違いに言及しながらも、対外的には「日米一体」を誇示する以外の行動をみせない日本政府はともかくとしても、仲介役に候補がないわけではありません。

北朝鮮がそれでも核実験に向かう論理

ただし、それがどの国であれ、北朝鮮が仲介を受け付けるかは不明です。それは、中国に関しても同様です。

朝鮮戦争以来、中朝の「血の同盟」は有名ですが、貿易や援助を通じて影響力を増す中国に、北朝鮮が警戒感を持っていることも確かです。「行き詰まった状態」で中国に助けられたとなれば、平壌に対する北京の影響力が増すのは必至であるため、北朝鮮がおいそれとその仲介を歓迎するとは限りません。

だとすれば、中国に限らず、仮にどの国が仲介に入ったとしても(あるいは仲介者がいなくても)、これまでのパターンからして、米国との交渉を有利に運ぶために、北朝鮮は何らかの「トラブル」を引き起こしておいて、「それを“やめてやる”。そして“交渉してやる”」という立ち位置での交渉を望むとみられます。そうしなければ、北朝鮮にとっての外交カードはゼロに近いからです。そのため、交渉に臨むことの交換条件である「トラブル」が国際的に受け入れ難いものであるほど、北朝鮮にとって好都合です。こうして考えれば、最もその可能性が高いのは、核実験とみて間違いないでしょう。

ただし、核実験が行われ、それが成功すれば、米国にとってこれほど難しい選択はありません。

その場合、米国は「大量破壊兵器の開発や使用は認めない」という「脅し」を「脅し」で終わらせないために、実際に何らかのアクションを起こす必要に迫られます。しかし、その場合、北朝鮮の側も「攻撃されたら本気でやり返す」という「脅し」を「脅し」で終わらせないために、実際に反撃せざるを得なくなります。先述のTVインタビューの中で、核実験が行われれば「心地よくない」といいながらも、その際の対応を問われて、「あの」トランプ大統領が「しばらく様子をみる」と明言を避けたことは、無理からぬことです。核実験が起こらないことを誰より望んでいるのは、トランプ大統領かもしれません。

この観点からすれば、5月1日、トランプ大統領が金正恩第一書記と会えれば「光栄だ」と述べ、交渉の可能性を示唆したことは、不思議ではありません。

同じTVインタビューの中で、トランプ大統領は北朝鮮情勢をチェスになぞらえ、次の一手を明かすのを控えました

しかし、実際の状況は、相手の手が全てみえ、さらに不確定要素が入り込みにくいチェスではなく、コミュニケーションがないなかで相手の手の内を推し量るしかなく、さらにプレイヤーが一対一と限らないポーカーのようなものです。つまり、流れを読み切ることは、限りなく困難といえます。

シリア攻撃から北朝鮮包囲までの一連の活動で、トランプ大統領はゲームの局面を大きく転換させました。しかし、流動的なゲーム展開をコントロールできているとはいえません。そのなかで、日本にとっても当面「もう一つの戦略的忍耐」を求められる状況が続くとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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