お盆の水難事故 新潟・上越市の海岸で発生した3件の水難事故からわかること
「お盆の期間には水辺に近づいてはいけない」という話をどこかで聞いたことがあるかもしれません。確かにお盆の期間に、いつもは訪れないような水辺に出かけることが多く、さらに有名な海水浴場などには人が集まるので、水難事故の発生件数は相対的に高くなる傾向にあります。でも、それだけのことでしょうか?
新潟・上越市で立て続けに発生した海岸での水難事故
今年のお盆は、全国的に水難事故が続いています。新潟県では上越市のなおえつ海水浴場とその付近の砂浜海岸で、この夏大きな事故が立て続けに発生しています。
直江津の海で小中学生のきょうだいと19歳男性溺れる 命に別条なし
上越海上保安署によると2024年8月4日午後4時頃、新潟県上越市のなおえつ海水浴場付近で遊泳していた長野市の男子中学生(13)と女子小学生(9)のきょうだいが高波にさらわれ流された。(以下省略)
上越タウンジャーナル 8/4(日) 22:06配信
波が高く“遊泳注意”の海水浴場で管理員の77歳男性が死亡 波に流されたように見えた70歳男性の救助に向かい…
(前省略)12日午前9時半ごろ、上越市のなおえつ海水浴場で、海に入り、泳いでいた家族4人のうち70歳男性が波に流されているように見えたことから、管理員2人が海に入り、救助に向かいました。(以下省略)
NST新潟総合テレビ 8/12(月) 15:39配信
【速報】搬送時は心肺停止 7歳の男児が海で溺れ意識不明の状態 家族や親戚と海水浴場近くのオートキャンプ場に来ていた小学2年生 《新潟》
(前省略)上越海上保安部によりますと13日午後0時すぎ、なおえつ海水浴場付近の海域で近くの海上にいたサーファーが海上に子どもが浮いているのを発見しました。(以下省略)
TeNYテレビ新潟 8/13(火) 19:46配信
この3件の事故は、人が集まる海岸に「たまたま」発生した事故ではありません。起こるべくして起こったと推測することができます。速報にはなりますが、これ以上の水難事故を阻止するために、次のように情報提供します。
立て続けに発生する事故の解析を行う時に水難学会では当時の波の様子から解析を始めます。よく利用するのが全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)です。ナウファスデータとして、直近の直江津港の有義波高・有義波周期・波向を読み取ることができました。図1をご覧ください。
赤矢印で示した時刻の事故3件に共通していることは、波が北から押し寄せていること(図上の矢印)、有義波高が比較的高いこと(図のヒストグラム)、有義波周期が6秒近く、あるいは6秒を超えていること(図の折れ線グラフ)です。これらのデータから3件とも事故発生時に「海が荒れていた」と言えます。
なおえつ海岸はほぼ北を向いた海岸であるため、北から来る波の影響を大きく受けます。同じ波高だとしたら、波が来る方向に向いた海岸の危険性は高くなります。波高は0.5 mから1 mで極めて高いわけではありませんが、波の周期が長いことがよくありません。周期が長い波は奥行きが深い波で、強いエネルギーを持ちます。こういう波をうねりと言います。つまり、北から強いエネルギーをもったうねりが海岸に入り込んだ時刻に事故が発生したということになります。日頃は穏やかな海水浴場ですから、波向には注意したいところです。
また、3件の事故の現場には共通する「あるもの」の存在が確認できています。それは、離岸堤です。離岸堤とは、波消しブロックを一列に積み上げることによって沖から来る波の威力を抑えるとともに、砂浜にある砂が沖に持っていかれないようにする海上構造物です。離岸堤の写真を砂浜から撮影した様子を図2に示します。撮影時には波が離岸堤に向かって垂直に入ってきていました。
離岸堤と離岸堤との隙間をご覧ください。隙間から波が勢いよく岸に向かっている様子がわかります。この時、波は扇型になるように広がっています。波の周期が長くなると、次の波が来るまでの間に離岸堤と岸との間に入り込んだ海水が隙間をめがけて勢いよく戻ることになります。これが強烈な戻り流れです。
すなわち、波の来る方向に向いた海岸では離岸堤の周辺で海水の動きがダイナミックになります。そこにきて離岸堤付近には急な深さの変化があるので、これが溺れる原因となります。
◆離岸堤付近の急な深さの変化
離岸堤のすぐ内側、すなわち砂浜側には砂がたまって水深が浅くなっていることが多いのです。図3はその様子を示しています。浅いため、離岸堤の内側では比較的安全に遊ぶことができます。
その一方で、離岸堤と離岸堤との間にはお椀状に急に深くなっている部分ができます。このようなところに海水浴客がはまれば溺れる危険性が高くなるし、溺れる人を見て走って近寄った人が背が立たずに溺れることにもつながります。急な深みが発生するのが離岸堤周辺の特徴です。
急な深みに落ち込む時は、泳いでいる時より歩いている時のほうが多いのです。比較的浅いところを歩いていて急な深みにはまり、Uターンして歩いて戻ろうとした時に、波向が悪くてたまたま海が荒れていて、岸から沖に向かう戻り流れのような強い流れがあると戻れず、そのまま沖に追いやられてしまいます。背が立たなくなれば、当然溺れます。
歩いていて背が立たなくなった状態から泳ぎだす技能は学校で誰も習っていませんので、よほど深いところでの泳ぎに慣れていないと、身体が垂直の姿勢のまま沈むことになります。
◆防波堤付近の急な波向の変化
沖の波は高いのに、海岸の波は比較的穏やかという時がしばしばあります。このような時に、遊んでいる途中に急に高波にさらわれる事故が発生することがあります。海水浴中の事故で「なんで波の高い時にわざわざ遊ぶのだろう?」と疑問に思いたくなるような事故があるものですが、気象・海象をよくよく調べていくと遊び始めた時には波が穏やかだったのに、急に海象が変わったという例に当たります。
「強い引き波『戻り流れ』が原因か」 柏崎2人死亡水難事故 水難学会が調査
今年8月、8歳の男の子と祖父が死亡した柏崎市の海水浴場で水難学会の事故調査委員会が調査を行いました。強い引き波が原因で起きる『戻り流れ』に巻き込まれた可能性が高いとしています。(以下省略)
TBS NEWS DIG powered by JNN 2022/11/18(金) 19:10配信
お盆の頃の気象の特徴ともいえるでしょうか。台風が接近してきたり、低気圧が接近してきたり、天気が不安定になってきます。海の波向は、こういった気圧配置の変化にとても敏感で、午前中には海岸に到達しなかった高波が、午後から波向が変わって突然海岸に到達することがあります。
柏崎の2人死亡水難事故を例にとって説明してみます。図4をご覧ください。事故は柏崎中央海岸で発生しました。砂浜です。この海岸の西にはたいへん長く延びる柏崎港西防波堤があります。西から北にかけて来襲する強烈な波を抑えるための防波堤です。
事故のあった日の午前には青矢印で示すように防波堤が西からの波を抑えていたのですが、お昼過ぎから赤矢印のように波が北に寄り始めました。そのため高い波の一部が砂浜に入り込み始めたのです。
図4中の拡大図に示すように、2人は砂浜が切れる東端で遊んでいました。波向が北寄りに変わることによって、海岸沿いの波消しブロックにあたっていた波が次第に砂浜を襲うようになります。2人が遊んでいた場所は、この海岸では波向の変化によって初めに高い波が襲ってくる場所でした。
この海岸において、同じ強さの波が来襲した日を狙って、実験を行いました。それを動画にまとめています。長さ20 mのロープの先に浮環を付けて、その浮環が強烈な流れによって海に引きずり込まれる様子を映し出しています。ロープを持つ男性もあわや引きずり込まれそうになっています。これが戻り流れです。台風から発生するうねりが砂浜海岸に到達すると、ほとんどの海岸で見られる現象です。
まず1発目の戻り流れによって浮環が流されて、次の2発目の流れによって強く海に吸い込まれていく様子がわかります。海岸から簡単に数十m流されてしまいますし、このように人が流されてしまったら、その人を助けに行った人も同様に流されて溺れてしまいます。
動画 柏崎の事故現場で確認された戻り流れ。動画開始10秒後に強烈な一発を食らう(筆者撮影、37秒)
まとめ
以上のように「急ななんとか」が海岸では溺れる原因になることがあります。例年お盆の頃は本格的な秋に向けて、気象・海象が目まぐるしく変わり始める時期です。
離岸堤や防波堤の内側で遊んでいると、海が荒れている実感がないかもしれません。でも、それに安心することなく、突然高い波や激しい流れに遭うかもしれないと心がけて、万が一流されたら、浮き輪でもなんでも浮くものにつかまって、浮いて救助を待つように心がけてください。
謝辞
本稿で扱った一部のデータは、日本財団助成事業「わが国唯一の水難事故調査 子供の単独行動水面転落事故を中心に」と日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(c)課題番号22K11632の助成により行われた調査研究の成果物を利用しています。