大人の日帰り旅 アラフィフ夫婦が峠を越えて12kmを歩くコースに挑戦 互いを思いやり最後まで歩いた話
自分たち夫婦は、息も絶え絶えに小仏峠に登ってきた。
峠から眺める東京は遠く感じるけれど、近くも感じる。高層ビルが立ち並び、スカイツリーも見えている。大都市東京を外から眺めている。いつも、あの中で仕事しているのだよな。
何だか良く分らない言葉に表せない感情だ。今まで仕事をしてきたこと、大変だったあの時、嬉しかったあのこと、いろいろな場面が写真のスライドショーのように頭の中に映し出されていた。あの中で仕事をしてきたけれど、もうすぐ卒業か。
東京も良い都市じゃないか。そう、つぶやいていた。
今日は妻の由美子と一緒に街道ウォーキングに出かけてきている。
東京都八王子市にある高尾駅を9時30分ごろに出発し、ようやく、東京都と神奈川県の境である小仏峠まで歩いてきた。ここまでは7km以上は歩いた。江戸時代、甲州街道の難所と言われた小仏峠を何とか登りきった。まるで中年殺し?のような坂だった。
そうですか!東海道を歩き終わって甲州街道ですか。すごいですね。
由美ちゃんとご夫婦が峠にあるベンチで座って話をしている。はぁはぁ言いながら峠を登りきる直前で、自分たちをさらりと追い越したご夫婦だ。自分も座ろう。おっと、その前にリュックからタオルを取り出して大量に噴き出している汗を拭く。加齢臭が気になるお年頃である。
ご夫婦の話を聞くと、年齢は自分たち夫婦より少し上であり、ご主人は60歳で定年退職されて貯金も使いながらの年金生活だそう。大阪に住んでおり、夫婦二人で五街道歩きをしているらしく、東海道を完歩したので甲州街道歩きに挑戦しているという。
明日まで歩いたら大阪に戻る予定です。奥さんは言った。
二組の夫婦はそれぞれリュックから飲み物を取り出してごくごくと水分補給をする。すると、由美ちゃんがコンビニで買ったドーナツを取り出して皆に配ってくれる。さすが由美ちゃん!歩く旅は思った以上におなかが空く。峠を登る前におにぎりを2個食べたが、胃袋は早くドーナツを食べろと言っている。遠慮されているご夫婦の様子に、どうぞ食べてくださいと口では言いながら、自分が一番に袋を開けてドーナツをほおばる。ドーナツの甘さが心に染み渡った。
この先にある本陣建物は見所ですよ。
ご夫婦は、ドーナツのお礼の言葉に添えるようにアメちゃんを2個ずつ渡してくれると先に進んでいった。アメちゃんの袋には阪神タイガースの絵が書かれていた。
お昼にしようか。
時計を見ると12時を過ぎていた。最後の1つとなったおにぎりと、大きなソーセージが入ったパンを取り出す。青空の下、2人でこうやって食事をしたことはあったかな。子どもと一緒はあったけれど、と思いながら食べるソーセージパンは実に美味しい。こんなに美味しかったかな。
昔の人はここを歩いていたのよね。こんなところに道があるなんてことも知らなかったし、歩けるとも思っていなかったし。でも、歩けているね。
便利な世の中になったよな。江戸時代が終わってから150年程しかたっていないのに。由美ちゃんの言葉に自分の言葉を添えた。人々は何を思い、峠をこえたのだろう
2人は休憩した後、先に向かって進み始めた。小仏峠から先の相模湖方面に向かう旧甲州街道も山道が続いている。
そうそう、このコースを紹介してくれた葉子さんね、ここの下りで足を捻挫したって言っていたわ。登山をするくらいだから緩い下り坂に感じてしまったらしく、半分小走りで駆け抜けたら捻っちゃったって。その日はゴールまで予定通り歩けたけれど、2週間程も足首の痛みが引かなかったそうよ。
山道は登りより下りの方が事故やけがが多いという。慎重に歩く方が良さそうだ。運動に慣れていれば大きなけがにならない事でも、そうでなければ大ごとになる。運が悪ければ捻挫で済まず、骨折もあり得るだろう。
登りはとにかく大変で、一歩一歩しか進めなかったのに対し、下りはなんとなくでも先に進んでいける。山を抜けていく中央道の橋脚を見ながら、何時もはあの橋の上を車で走り抜けているのだよな。そう思うけれど、下から眺めるのもなかなか良いじゃないか。
くねくねした道をしばらく歩くと、アスファルトで舗装された林道に出た。山道ではなくなったことに少しホッとするが、歩くにはアスファルトの方が地面を固く感じる。国道20号に合流した先に、自分たちをさらりと追い越していったご夫婦が見所と教えてくれた小原宿本陣があった。
門構えからして風格が違う。
本陣と言えば、江戸時代に殿さまや大名が宿泊した建物だ。今でいう帝国ホテルのようなものか。せっかくだから見学していこうじゃないか。
歩き疲れている足を休ませるにもちょうど良いと思いながら入っていった。建物は神奈川県内に26軒あった本陣で唯一現存している江戸末期の建物とある。
建物内を見学していると、とても立派な庭園があり、その庭園は、お殿様が滞在する上段の間から良く見えるように造られていた。上段の間で上座になる床の間の前に座って殿様気分。あたりの静けさと目の前に広がる庭園、隣を仕切るふすまにも絵が書かれている。日本家屋には人の心を落ち着かせる何かがあるのかもしれない。横になって昼寝でもしたくなってくると思うと、自分は庶民だと感じた瞬間だった。
建物をぐるりと回ると、反対の奥にキッチンがあった。キッチンとは言わないか。お勝手と言うほうが良いようだ。そこで由美ちゃんが見入っているのはかまどだった。
本物のかまどをじっくり見るのは初めてかもしれない。これでご飯をたいたり野菜をゆでたりして、食事の支度するのは大変だわ。おひつもある。かまどで炊くご飯は美味しかっただろうね。
当時の当たり前である日常の風景が広がっている。かまどでご飯を炊き、おひつに移し替えていろりを囲んで食事をする。自分たちの世代でも体験したことがある人はいるのだろうか。
いろりの脇に座っていると、由美ちゃんがやってきて上座であろう主の席にためらいなく座った。そこ?別にいいけどね。世の中は男女平等。いけどね。なんとも思っていないよ。心の中もね。たぶん…。自分も座ってみたいかな。
国道20号に戻ると宿場の趣がある街並みがあった。土で造られている蔵もある。こういう風景も残っているものだな。感心していると、視界には、脳裏に何度も浮かんでは消えた「バス停」があるじゃないか!歩道を歩こうと言わんばかりに国道20号を渡りながら、今の時間を確認した。14時20分。
由美ちゃんになんと言おうか。素直に言うのが一番だよな。バスに乗ろうよと。
しかし、バス停はあってもちょうど良いバスは走っているのだろうか?そう考えながらバス停に向かって一直線に向かって歩いている自分に、由美ちゃんは気付いていたようだ。
次のバスまで約30分待ちだよ。
バレバレじゃないか…。
今日のゴールである相模湖駅までは旧街道を歩いて30分程だと言う。つまり、歩いた方が早く駅に到着することになる。複雑な気分だ。バス停には木で造られているベンチもある。バスを待とうよ。今日は、心の中で何度もつぶやく日だ。
よし君、バスに乗りたそうだね。でも、せっかくここまで来たから、ゴールの相模湖駅まで歩こうよ。
由美ちゃんは、最後まで歩いた方が達成感を得られるから頑張ろうという。達成感か。確かにそうかもしれない。
しかし、今日はここまでよく頑張ったよ。自分にしてみれば上出来だ。そして、何回も浮かんできた心の声も口に出していない…と思う。心の中ぐらいは自由であっても良い…と思う。まさか、心の声は聞こえていないよな。
気が付くと、由美ちゃんは駅に向かって歩き出していた。そして、由美ちゃんは振り返って言った。最後まで頑張ろうよ。
後を追うように急いで歩いた。
由美ちゃんは家に帰ってからこう言った。
自分がバス停を見つけると、きっと、そこからバスに乗ると言うと思い、バスの時刻も相模湖駅からの電車の時刻も、本陣建物を見学していた時に調べていたという。
体調が悪いなら仕方がないけれど、そうでなければ最後まで頑張りたかった。
もし、よし君がバスに乗ると言うなら、私は1人でも最後まで歩こうか。でも、よし君は最後まで一緒に歩くと言ってくれる。そう、思っていたと。
初めての街道歩きの旅。しかも、自分にとっては登山でしかなかった峠越えもあり、よく頑張ったと自分を褒めてやりたい。とりあえず、還暦を目前としている自分の体には、けががなくて良かった。お約束の筋肉痛は4、5日間は続いた。
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