日本の外交「先進国落ち」な理由とは?茂木外相は毅然とした対応を-対ブラジル/ミャンマー
日本の外交では、環境や人権の優先度が低い―そう思わざるを得ないのは今に始まったことではないにせよ、茂木敏充外務大臣の最近の振る舞いには、やはり失望させられる。先月のブラジル訪問では、同国のボルソナロ政権によるアマゾン熱帯雨林破壊など気にしていないかのような振る舞いであった。また、ミャンマーでのクーデターに対しても、同国への経済協力の停止については、非常に歯切れが悪い。だが、こうした茂木外交の姿勢は、国際社会から「環境や人権の問題に後ろ向き」だと見られるリスクがある。
○熱帯雨林破壊、先住民族への「ジェノサイド」
「ブラジルのトランプ」とも呼ばれるジャイル・ボルソナロ大統領は「嫌われ者」だ。とりわけ、環境や人権を重視する人々からは。全世界の生物種の約1割が生息すると言われ、正に生物多様性の宝庫とも言うべき南米アマゾン熱帯雨林は、ボルソナロ政権が推し進める開発により、近年では最悪のペースで破壊され続けている。大規模森林火災が国際問題となった2019年よりも、昨年での森林破壊の規模が酷かったというから驚きだ。
南米の環境問題に詳しいエコロジストの印鑰智哉さんは「アマゾン熱帯雨林などのブラジルでの原生林の破壊はボルソナロ政権になって80%増加しました」と憤る。「気候変動(=地球温暖化)や生物の大量絶滅が進む中、むしろ回復に必死にならなければならない森林を逆に猛スピードで破壊しているのです。ボルソナロ政権は森林破壊を取り締まる機関IBAMAの予算をカットし、不法伐採者達が罰金を取られることも大幅に減りました。アマゾン熱帯雨林は、先住民族保護区でもあり、先住民族以外の許可無き侵入は犯罪ですが、そこでも放火や先住民族への暴力事件は頻発化し、もはやジェノサイドだと、多くの環境団体や人権団体が批判しています」(印鑰さん)。
こうした中、冒頭に触れたように、茂木外相は先月ブラジルを訪問し、「ニオブ及びグラフェンの生産及び利用に関する協力覚書」に署名した。ニオブとは原発などに不可欠なレアアース(希土)、グラフェンは黒鉛から作られ軽く強靱な素材であるが「これらの採掘のための鉱山開発は深刻な森林破壊につながっている」と印鑰さんは指摘する。
「開発するとしても、十分な環境保護計画が不可欠なのですが、ボルソナロ政権にそれをやる姿勢は皆無です」(同)。印鑰さんは「ボルソナロ大統領と手を握り、もっと開発進めましょうと覚え書き。これが日本の現実です」と憤懣やるかたない様子だ。こうした日本の姿勢と、欧州の姿勢では大きく異なる。「アマゾン破壊に抗議して、EUは南米共通市場メルコスールとの自由貿易協定を停止していますし、ノルウェーやドイツはブラジルへの政府援助を止めました」(同)。
温暖化防止を重視するバイデン政権の米国も、ボルソナロ政権に厳しい対応を取るのでは、と見られている。バイデン大統領は、その大統領選での公約集の中で「温暖化対策を怠る『ならず者』国家をリスト化する」としており、米国の各メディアでは、ブラジルが真っ先にリスト入りするのではないかと評する。バイデン大統領自身も昨年のトランプ前大統領との討論会で「私なら、ボルソナロ政権に対し、『アマゾン熱帯雨林の保護のための国際支援を受け取るか、さもなくば経済的に重大な影響を被るだろう』と言う」と発言しているのだ。
○ミャンマーでのクーデターにも「口先」だけ
茂木外交と欧州・米国との温度差では、ミャンマー(ビルマ)でのクーデターの対応も大きく異なると言えるだろう。今月1日にアウンサンスーチー国家顧問ら政府与党「国民民主連盟」(NLD)関係者達を拘束し、実権を力づくで奪ったミャンマー国軍に対して、国際社会からの反発は強まっている。米国のバイデン政権は今月11日に軍上層部や関連企業を制裁対象にすると宣言。さらに22日にも新たに軍幹部に資産凍結などの制裁を科した。イギリスも軍幹部の在英資産の凍結と英国への入国禁止を科しており、EU議会でも対ミャンマー制裁が検討されている。これに対し、日本は態度を曖昧にしたままだ。茂木外相は、クーデターを批難し、アウンサンスーチー氏らの解放を求めたものの、制裁については会見で幾度も質問されているものの、「関係各国と緊密に連携している」等とお茶を濁すばかりだ。
日本は、安倍政権時に2016年11月に5年間で8000億円規模の対ミャンマー支援を行うと決定、JICA(国際協力機構)も昨年1月に都市開発事業や地方インフラ整備などに最大で約1209億円の円借款(低利での開発資金の貸出し)を決めている。その後も、同年3月に鉄道事業や火力発電所の改修などに約479億円の円借款、同11月に道路整備事業や中小企業支援などで約428億円の円借款を行う等、次々に対ミャンマー支援を発表している。対ミャンマー円借款は2012年度から再開されたが、筆者がJICAに確認したところ、「円借款の再開は軍政から民政への移管がきっかけ」だったのだという。つまり、日本の対ミャンマー支援は、民主化が前提であり、今回のクーデターでその前提が崩されたということだ。それにもかかわらず「口先」だけでミャンマー国軍を批判するだけでは説得力を欠く。
ミャンマー現地では、クーデターを批難し、アウンサンスーチー氏らの解放を求めるデモを、ミャンマー軍が弾圧。一部では実弾発砲も行われ、死者や負傷者も出始めている。
今月3日には、在日ミャンマー人の人々が外務省の前でアピールを行い、日本政府としてミャンマー軍に厳しい対応をすることを求めた。
筆者は、茂木外相の定例記者会見に参加。ブラジルやミャンマーの状況に対し、何らかペナルティー的な措置を取るのか、質問した。だが、その答えは「外交というのは、様々な要因の中で今後というのを見据えていかなければなりません。一つの時点において、様々な外交手段等々について、あるのかないのかと、一律的にこの時点に限ってお答えすることはできません」というものだった。
環境や人権、民主主義において、深刻な事態が起きている中で、外交についての一般論的なコメントしかなく、具体的な提案や行動を伴わないというのでは、何のための外務省なのか。仮に水面下で動いているとしても、「外交は一般人には知らせないでおく」というのは時代錯誤の秘密主義であり、今日の民主主義社会において説明責任は重要だ。石炭関連企業や非人道兵器の製造企業からの資金引き上げ等、今、世界では官民ともに、環境や人権という視点から好ましくない事業と決別するという動きがメインストリーム化しつつある。日本の外交はこうした点において、時代遅れになってきているのではないか。中国やインド、ブラジル等、新興国が経済力で国際社会にも影響力を持つ中で、環境や人権分野が先進国の先進国たる部分としてこれまで以上に重視される状況にある。日本としても先進国にふさわしい振る舞いとして、アマゾン熱帯雨林の破壊やミャンマーのクーデターに対し毅然とした対応をすべきであろう。
(了)