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名古屋人はなぜこんなに喫茶店が好きなのか?

大竹敏之名古屋ネタライター
コーヒーに無料でパンや卵がつく名古屋流喫茶店サービスは今や全国区に

名古屋人はコーヒー好きではなく

あくまで「喫茶店が好き」

コーヒー代だけでトーストなどが無料でつくモーニングサービス。あんこがつく店も!
コーヒー代だけでトーストなどが無料でつくモーニングサービス。あんこがつく店も!

“喫茶店王国”といわれる名古屋。コーヒー代だけでトーストやゆで卵がついてくるモーニングサービスピーナッツなどのおつまみ、ビジネスマンの商談から年配者や主婦の息抜き、家族の団らんまでお客の幅広い利用法、広大な駐車場がいっぱいになり渋滞まで起こる圧倒的な集客力など、他地方の人が「えっ?」と驚く要素には事欠きません。名古屋の喫茶店はなぜこんなにサービス満点なのでしょう?そして、名古屋人はなぜこんなに喫茶店が好きなのでしょうか?

名古屋市内には約4000軒の喫茶店があると言われ、全飲食店の中での比率は41・5%と全国平均の24%を大きく上回ります。平成11年といささか古いデータなので実際はもう少し比率は減っているはずですが、現在も他の地域より喫茶店が多いことは間違いありません。

面白いのは年間の喫茶店代で、岐阜市と名古屋市の東海文化圏2大都市が堂々のワンツー。岐阜市1万4110円、名古屋市1万4016円と、3位の東京都23区部8039円を大きく引き離し、全国平均5181円の3倍近くにも上ります(平成20~22年平均のデータ。総務省調べ)。

さぞやコーヒーが好きなのだろうと思いきや、コーヒーの年間消費量を見ると愛知県は47都道府県中36位(平成21年・総務庁調べ)。名古屋人はコーヒー好きと言うよりあくまで喫茶店が好きなのです。

お値打ち好きであか抜けないのが落ち着く

名古屋人気質にマッチしたコメダ珈琲店

老若男女が集う“ザ・名古屋喫茶”コメダ珈琲店
老若男女が集う“ザ・名古屋喫茶”コメダ珈琲店

店数が多いのは、都市部の中では比較的土地代が安く、喫茶店の開業ラッシュだった昭和30~50年代半ば当時、個人でも街中に出店しやすかったことが一番の理由だといわれます。この過当競争の中で顧客をつかむために、モーニングやおつまみなどのおまけサービスが生まれ、新聞や雑誌を数多くそろえ、座り心地のよいソファで長居を促すいたれりつくせりの空間が生まれました。こうした充実したサービスが、お値打ち好きな名古屋人をいっそう喫茶店へと向わせたのです。

また、郊外の喫茶店はモーニングサービスの内容をより豪華にし、休日は家族揃って喫茶店でモーニング、というこの地域独特の喫茶店利用のスタイルも生み出しました。さらに、洗練されすぎず昔ながらの大衆的なムードを守った雰囲気も、保守的な名古屋人には安心感をもたらします

現在、全国で人気を博しているコメダ珈琲店は、このような名古屋人が好きな喫茶店のスタイルをあますところなく網羅した、名古屋喫茶スタンダードの見事なパッケージングと言うことができるでしょう。

ケチでダサいから喫茶店が好き?

実は深遠なる歴史的バックボーンが・・・?

茶の湯文化の発展にともない和菓子店も多い。愛知県内の店舗数は全国2位
茶の湯文化の発展にともない和菓子店も多い。愛知県内の店舗数は全国2位

さて、こうして理由を列挙すると結局のところ名古屋人はケチでダサいから喫茶店が好き、という身もふたもない話になってしまうのですが、いやいや実は典雅な精神性が根底にあるのだ、というのが筆者の“推し説”です。

それはひと言で言うなら「茶の湯文化起源説」です。

名古屋は尾張徳川藩政期から茶の湯文化が庶民の間にも浸透していたと言われます。尾張徳川家の藩主や家臣は代々芸事に熱心で、お茶や能、舞踊など一芸を身につけていました。海・山・平野に囲まれた豊かな環境は生産性が高く、庶民の生活にもゆとりがありました。さらに7代藩主・宗春の時代には遊興が大いに奨励されて茶の湯も大ブームとなりました。

市民が気軽に参加できる茶会も多い。写真は徳川園の市民茶会の様子
市民が気軽に参加できる茶会も多い。写真は徳川園の市民茶会の様子

こうした江戸時代からの流れによって、戦前くらいまでは農家には一家に一式、野点(のだて)の道具があり、農作業の合間に一服を楽しむ習慣が根付いていたと伝えられます。そして、抹茶とお茶菓子で一服、を現代的に発展させたのが、喫茶店でのコーヒーとモーニングあるいはおつまみと考えられます。つまり、名古屋人の喫茶店好きは江戸時代から連綿と続く、茶の湯の文化に親しむ精神性が土壌にあるわけです。

何だか無理矢理アカデミックに解釈しようとしていると思われるかもしれませんが、地域の文化にはやはり地域独自の歴史や伝統が背景としてあるはずですから、そんな風に考えてみるのもまた一興です。江戸時代から連綿と受け継がれる名古屋人気質が反映された場所、そう思ってお茶してみると喫茶店で過ごすひとときがまた味わい深いものになるはずです。

名古屋の喫茶店の魅力を

網羅したこんな1冊も

筆者の最新刊『続・名古屋の喫茶店』(リベラル社 1400円+税)
筆者の最新刊『続・名古屋の喫茶店』(リベラル社 1400円+税)

最後にひとつ宣伝を。筆者の最新刊『続・名古屋の喫茶店』が先ごろ発刊の運びとなりました。新旧のおすすめ喫茶店を紹介するガイドブックでありつつ、外食業界で一大トレンドになった名古屋流喫茶の動向、和菓子文化との関係、名古屋版サードウェーブなど、経済や歴史的視点からも考察し、読み物としても楽しめる1冊となっています。名古屋の喫茶店をよりディープに知りたいという方は是非、ご一読を。(掲載の写真はすべて拙著『名古屋の喫茶店』『続・名古屋の喫茶店』より)

リベラル社HP(『続・名古屋の喫茶店紹介ページ』)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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