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すでに米国で議論されていた「アメフット」問題とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 日本大学アメリカンフットボール部の危険な反則問題は、すでに当事者の手を離れて司直が裁定する段階に移ったようだ。日本では期せずして注目を集めてしまったアメリカンフットボール(以下、アメフット)だが、実は米国でも別の問題で議論になっていた。

息子にアメフットさせたがらない米国の親

 筆者は先日、米国から来日したある政治学の女性研究者と会話する機会があったが、今回の日本の騒動に話題が移ったことで米国でもアメフットが問題になっていることを知った。彼女は日本でアメフットのニュースが大きく取り上げられていることに驚いていたが、米国でもアメフットを息子にやらせたくないと考える母親が増えているといった。

 2017年9月の『シカゴ・トリビューン』紙の記事(※1)によれば、ここ数年、アメフットをプレーする少年が少なくともシカゴ周辺で減ってきているようだ。その理由はスマホゲームなどスポーツの他に趣味がたくさんできたり、サッカーやラクロスなどのスポーツ人気が盛んになってきていることなど様々だが、やはり危険なスポーツの一つだということが周知されてきたことが大きい。

 スポーツに危険はつきものだ。特にアメフットやラグビーなどのように身体が接触するフルコンタクトのスポーツはそうで、そうした危険を回避するためにルールがあり、ルールを遵守しなければ怪我をする可能性が高くなる。また、プロアマ問わず、試合中の事故に備えた救急医療体制の整備なども求められているが、こうしたサポートはなかなか充実しない。

 脳しんとうとその後遺症について、スポーツの世界では近年、特に強く警告されてきた。これはサッカーの例になるが、先日もUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の決勝でゴールキーパーがミスを重ね、その原因が直前に起きたコンタクトプレーによる脳しんとうだったのではないかと取りざたされている。

 米国では年間約30万件のスポーツ関連の脳しんとう事故が起きており、これは交通事故による脳しんとうに次いで第2位となっている。

 全米の100高校と180大学のスポーツ選手を調べた研究(※2)によれば、高校8.9%、大学5.8%がそれぞれスポーツ競技中の事故における脳しんとうの割合だった。また、高校大学ともに脳しんとうを起こしたスポーツでは、アメフットとサッカーが多かったという。

脳しんとうとCTE

 1999〜2001年の3年間、米国の25大学のアメフット部に所属するアメフット選手2905人を追跡調査した研究(※3)によれば、一度、脳しんとうを起こした選手は同じシーズンに繰り返し脳しんとう事故を起こす割合が高かった。繰り返し脳しんとうを起こすとボクシングのパンチドランカー(Dementia Pugilistica、DP)と同じ慢性外傷性脳症(Chronic Traumatic Encephalopathy、以下、CTE)になりやすい。CTEは死後、脳を解剖してみなければわかりにくい症状とされる。

 脳しんとうに次いで多いのが頸部(首)の捻挫で、アメフットに限らずレスリング、ホッケー、ボクシング、バスケットボールなどでも起きる。頸部を損傷することで一時的に痺れや痛み、筋力の低下などが起きる症状をバーナー症候群(Burner Syndrome)とかスティンガー症候群(Stinger Syndrome)といい、コンタクト時にヘルメットを相手の肩などにぶつけ合うアメフット選手に多いようだ(※4)。

 米国には、全米の大学スポーツを統括するNCAA(National Collegiate Athletic Association、全米大学体育協会)がある。2004年からNCAAは、死亡事故をなくすキャンペーンを行ってきたが、2004〜2009年の間に行われた2500万回の試合と練習で4万1000件以上の負傷事故が起き、そのうちの7.4%が脳しんとう、4.3%が頭部・頸部・顔面への負傷事故だった。こうした頭部や頸部へのダメージにより、脳へ影響する損傷が甚大という報告もある。

 NCAAの対策は奏功せず、アメフットの試合や練習中の負傷事故が絶えないまま、2011年9月には東イリノイ大学のアメフット部の一人の選手が中心になり、NCAAを相手取って集団訴訟を起こす。彼らは、NCAAが30年以上も選手を犠牲にしながら利益最優先で大学スポーツを食い物にしてきたと批難した。

 集団訴訟の中心となったこの選手は、脳しんとうを5回起こし、その結果、記憶喪失や偏頭痛、うつ病、痙攣などに苦しんだと訴えた。こうした訴訟が続出したこともあり、NCAAは大学のアメフット選手を守るために本腰で対策を講じざるを得なくなる。

 約2万人程度と日本では競技人口の少ないアメフットだが、米国でアメフットをしたことのある人は1年間に約1700万人もいる。アマプロを含め、本格的にプレーする選手人口も多いので一概にいえないが、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手の場合、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患による死亡率が高いことがわかっている。

 1959〜1988年にNFLでプレーした3439選手を2007年まで追跡調査した研究(※5)によれば、全体の死亡リスクは全米平均の半分(0.53、標準化死亡比、Standardized Mortality Ratio、SMR)だったが、神経変性疾患による死亡率は2.83倍であり、神経変性疾患とほかの病気との組み合わせで3.26倍、アルツハイマー病3.86倍、ALS(筋萎縮性側索硬化症)4.31倍という。また、ランニングバック(RB)やワイドレシーバー(WR)などのオフェンス側で速く動く選手のほうが、ラインバッカー(LB)のようなディフェンス側で動かないポジションの選手より死亡率が高かった(3.29倍)。

 アメフットの脳しんとう事故は、もちろん日本でも起きている。2014年3〜11月に行われた日本の社会人アメフットリーグのXリーグ1部の10試合と64回の練習における脳しんとうの発生率を調査した研究(※6)によれば、シーズン中に7件(6名)の脳しんとうの発生があった。日本での同様の研究によれば、概して脳しんとうの発生率は10〜30%程度と考えられる。

防具の改良とルールの厳守

 米国では絶大な人気の影に隠れ、アメフットの危険性はこれまでそれほど注目されてこなかった。だが、2017年に発表された論文(※7)で、亡くなったアメフット選手の献体202体(中央値66歳)の脳を調べたところ、NFLの選手では111人中110人に慢性外傷性脳症(CTE)がみられた。また、高校や大学時代からの選手177人(87%、中央値67歳、NFL選手含む)にもCTEがみられることがわかり、関係者に大きな衝撃を与えた。

 そもそもアメフットと脳しんとう、その結果としてのCTEの因果関係について、米国のアメフット界はNFLも含め、ずっと否定してきた。ウィル・スミス主演の映画『コンカッション(Concussion)』(2015年)は、あるNFL選手の死因がCTEであることを明らかにしたナイジェリア人医師に対するアメフット界の妨害を描いたが、この映画は2005年に起きた実話をベースにしている。

 脳しんとうを起こした選手は、繰り返し同じような事故を起こしやすい。脳しんとうによる脳の損傷が慢性化するとCTEになることもある。少なくとも脳しんとうを起こした選手は、その試合には出さず、翌日以降、段階的に試合へ戻すことが推奨され、画像診断などで異常が確認された場合、選手には酷だが現役復帰をさせることは難しいとされる(※8)。

 米国NFLでは、選手を守るためにヘルメットなどの技術的改良のために多額の研究費を投じている(※9)。こうした防具の進化もあり、医療チームも充実させ、万全を期した結果、選手の事故は少しずつ減っているが、フルコンタクトが魅力のアメフットでどこまで選手を負傷から守れるかわからない。

 故意による危険な反則は論外だ。ルールを逸脱すれば選手が怪我をしたり死亡したりすることもある。ルールの厳守は当然だが、米国ではすでにアメフットの危険性に対し、少しずつ議論が白熱し始めているのも事実だ。

※1-1:John Keilman, "Youth football participation declines as worries mout about concussions, CTE." Chicago Tribune, September, 5, 2017(2018/05/31アクセス)

※1-2:シカゴ・トリビューン紙は、アメフットに批判的なマスメディア

※2:Luke M. Gessel, et al., "Concussions Among United States High School and Collegiate Athletes." Journal of Athletic Training, Vol.42(4), 495-503, 2007

※3:Kevin M. Guskiewicz, et al., "Cumulative Effects Associated With Recurrent Concussion in Collegiate Football Players: The NCAA Concussion Study." JAMA, Vol.290(19), 2549-2555, 2003

※4-1:Scott A. Meyer, et al., "Cervical Spinal Stenosis and Stingers in Collegiate Football Players." The American Journal of Sports Medicine, Vol.22, Issue2, 1994

※4-2:西村忍、「大学アメリカンフットボール選手におけるバーナー症候群に関する研究─身体的特性と等尺性頚部筋力との関連性について─」、東洋大学経営論集、第77号、115-125、2011

※5:Everett J. Lehman, et al., "Neurodegenerative causes of death among retired National Football League players." Neurology, Vol.79(19), 2012

※6-1:吉田早織ら、「社会人アメリカンフットボールチームにおける脳振盪の発生と対応について」、東海スポーツ障害研究会会誌、第33巻、2015

※6-2:真木伸一ら、「大学アメリカンフットボール選手の脳振盪発生率と危険因子」、日本臨床スポーツ医学会誌、第22巻、第3号、519-524、2014

※7:Jesse Mez, et al., "Clinicopathological Evaluation of Chronic Traumatic Encephalopathy in Players of American Football." JAMA, Vol.318(4), 360-370, 2017

※8-1:永廣信治ら、日本脳神経外傷学会スポーツ頭部外傷検討委員会、「スポーツ頭部外傷における脳神経外科医の対応─ガイドライン作成に向けた中間提言─」、神経外傷、第36巻、119-128、2004

※8-2:日本臨床スポーツ医学会「第2版 頭部外傷10か条の提言」(2018/06/06アクセス)

※9:「アメフット選手を守れ『ヘルメット革命』NFLの取り組み」Yahoo!ニュース:2018/05/18

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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