2019年秋の4位を超える躍進を。本気で優勝を目指す京都大学を支えるアナリスト
チームから絶大な信頼を集める野球経験のない学生スタッフ
入学式を終えた後、大きな期待と少しばかりの緊張感に包まれた新入生が大量のチラシを受け取る。新型コロナウイルス感染拡大前ならどこの大学でも毎年4月に見られるおなじみの光景だった。「京大に入って何をしようかな」そんなことを考えていた野球経験のない新入生は「データ班募集」と書かれた野球部のチラシに心を動かされた。
「ちっちゃい頃から野球観戦が好きで、時代がどんどんデータの時代になっていくにつれて、メジャーの投球データが公開されるようになってそういうのに興味持つようになりました」そう話す三原大知(3年・灘)は京都大学野球部の学生スタッフを務めている。登録上は学生コーチだがノックを打つことはなく、試合中は記録員としてベンチ入り。その実態はアナリストで、専門分野は「投球解析」だ。
普段の練習では簡易型弾道測定器、ラプソードを使いブルペン投球を行った選手に的確なアドバイスを送る。ラプソードは三原の入学前から部にあったが有効活用されていなかった。「野球はいろんな関わり方がある」との思いから専任のアナリストを募集した青木孝守監督は三原の活躍ぶりに目を細める。「信頼してますね。近田君と相談したりとかブルペンでもずっと観察してるので。近田君も三原に聞きながらやってると思います。ブルペンで球速だけじゃなく球質みたいなことも見てくれてるのでピッチャーは自信になるんちゃいます?リーグのレベル高いので球速出ても不安になることもありますけど、回転がいいよとか落ちる系の球が欲しいねとか、そういうアドバイスをしながらやってくれてます」近田君とは報徳学園の左腕エースとして甲子園を沸かせ、プロにも進んだ近田怜王助監督のことだ。数年前から指導に携わる元プロも三原の仕事ぶりを絶賛する。「チームになくてはならない存在になってます。データを準備してくれて、普段もラプソード使って選手を見てくれてるので、その辺のすり合わせ、状況判断、整理するのに必要で本当に助かっているので。今後、データを元に話せるスタッフが野球界に必要になってくると思うと、三原君がいてくれるのは助かってます。彼はメジャーが好きなので選手が興味持つような話をしてくれるので、このピッチャーが似てるとかやる気を上げてくれたり、この変化球が投げやすいんじゃないかとか話をしてくれるので、僕よりピッチングコーチしてるんじゃないかな。全ピッチャーが頼りにしてると思います」三原のアドバイスを受けた投手陣は秋季リーグ戦の近畿大学との開幕戦でも好投、金星を呼び込んだ。
技巧派→長身右腕→左腕のリレーで2014年以来の開幕戦勝利を挙げる
先発した水江日々生(2年・洛星)は球威こそないが制球力が抜群で、小さく変化するクセ球を左打者のインコースにしつこく投げ込み5回まで無失点。三原が「プロでも上位に入るんじゃないかってぐらいコントロール良くて、色んな球種を投げ分けてくれるんで、技巧派の理想に達しているようなところは素晴らしいピッチャーだと思います」と評する右腕は相手打線に窮屈なスイングを強要し前半はホームを踏ませなかった。元々リリーフで先発は今季から。6回につかまり3点を失ったが同点で踏みとどまり試合を作った。7回からは身長194センチの長身右腕、水口創太(3年・膳所)がマウンドに上がった。「身体能力高いですし、上背があって角度のつくボールが投げられるので、後はコンディションをどう整えるかだけやってました。ストレートのスピードはうちで1番ですし、変化球も速い変化でまっすぐの軌道から落としたり曲げたり出来るところが優れたピッチャーです」元々落ちるボールは持っていたが、球速をもうちょっと上げた方がいい、もうちょっと変化量を上げた方がいいと微調整を重ねた。メディアには最速149km/hを記録したストレートばかりが取り上げられるがそれと同じぐらいこだわって磨いてきたのがスライダー、大事な開幕戦でも決め球として機能した。
3-3で迎えた8回裏、水口に代打を送った攻撃で2点の勝ち越しに成功。9回のマウンドを誰に託すか。この継投も近田助監督に三原が「過去に牧野が抑えたデータがあります」と進言した。最終回を託された左腕の牧野斗威(3年・北野)はテンポ良く2死を奪った後にピンチを招いたが最後の打者をレフトフライに打ち取り試合を締めくくる。京大の開幕戦勝利は2014年春以来、ただし当時は後にプロ入りする田中英祐の完投によるものだった。チーム力としてもぎ取ったこの秋の1勝は7年前とは違った意味合いを持つ。価値ある白星を挙げると翌日も9回裏に逆転サヨナラ負けを喫したものの8回までは5-2でリードしていた。今季の京大は一味違う。
長年リーグ戦順位では最下位が定位置だったが2019年秋に史上初の4位となり、今季は本気で優勝を目標に掲げている。甲子園常連校の主力選手がズラリと並ぶ他大学を相手に打撃戦となっては分が悪い。いかに3失点以内に抑えるかが勝利のカギだ。そのために三原の存在は欠かせない。
「どんどんデータを扱う時代になってくるので、興味があれば学生のうちからやれる場所は見つかるので、1歩踏み出してほしい」
三原自身も知り合いのいない体育会の世界に勇気を出して飛び込んだ。これからは三原のようなスペシャリストが必要とされる時代だ。この秋、奇跡を起こせれば監督、主将、主務と同じくその体は宙に浮くに違いない。