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「日本は侵略者から今やパートナーに」尹大統領が3.1独立運動記念日で'歴史からの教訓'を韓国民に要求

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
「3.1独立運動」記念式典で演説する尹大統領。韓国国営TVよりキャプチャ。

韓国では1日、104周年となる「3.1独立運動記念日」を迎えた。日本による植民地時代の1919年3月1日に起きた、植民地期間中で最大の独立運動を称えるものだ。

この日行われた韓国政府主催の記念式で尹錫悦大統領は「日本は過去の軍国主義侵略者ではなく協力すべきパートナー」と述べると共に、「国を失った過去を忘れると同じ事が繰り返される」と韓国国民に自省を訴えた。演説を分析した。

●演説は文在寅政権時代の半分以下の長さ

尹錫悦大統領の演説は約5分と、前政権の文在寅大統領時代よりも遙かに短いあっさりとしたものだった。

文前大統領は過去の演説で独立運動の人物やエピソードや『3.1独立宣言』の文言を具体的に列挙してきたが、尹大統領の演説は「3.1独立運動」そのものよりも、背景となった植民地時代へ視点を中心においた点に特徴があった。

この日の尹大統領の演説の要点は二つあった。一つ目は「失敗を繰り返すな」という歴史の教訓を訴えるもので、二つ目は「日本はパートナー」という現在の認識を強調するものだった。

【過去記事】文大統領が「3.1演説」で日本に明確な融和メッセージ、過去3年の演説と比較検証(2021年)

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210301-00225207

●ポイント1:失敗を繰り返すな

「あれ(筆者注:3.1独立運動)から104年が過ぎた今日、私たちは世界史の変化に十分な準備できず国権を喪失し苦痛を受けた、私たちの過去を振り返らなければなりません」

「私たちが変化する世界史の流れを読むことができず、未来をきちんと準備できなければ、過去の不幸が繰り返されることは自明です」

尹大統領の演説の背景には、大韓帝国が国を奪われた20世紀初頭と、2023年の今を重ね合わせる世界観があった。

現在の危機への対応を誤る場合に、ふたたび国を奪われるような悲劇が起きるという認識が、上記の引用部分から透けて見える。

これは「3.1独立運動」を「植民地支配を受けた」という失敗の象徴として位置づけるものとも受け止められる、非常にドライな視点だ。

なお、危機については演説の別の部分で「世界的な複合危機、北韓の核脅威をはじめとする厳酷な安保危機、そして韓国社会の分節と両極化の危機」とざっくりと表現されている。

ざっくりすぎるきらいはあるが、他で尹大統領のキャッチコピーである「自由」を連呼していることから、国際的には北朝鮮をはじめとする権威主義国家との対決、国内的には自由主義に基づく秩序の徹底を念頭に置いているものと思われる。

いずれにせよ「3.1独立運動」から現代の教訓を得るというスタンスがあった。

●ポイント2:日本への要求はしない

「3.1運動から一世紀が経った今、日本は過去の軍国主義侵略者から、私たちと普遍的価値を共有し、安全保障と経済、そしてグローバルアジェンダで協力する協力パートナーに変わりました。

特に、複合的な危機と深刻な北韓の核脅威など、安保の危機を克服するための韓米日間の協力がいつになく重要になりました。

私たちは普遍的価値を共有する国と連帯して協力し、世界市民の自由の拡大と世界共同の繁栄に寄与しなければなりません」

この日の演説の中で、過去の日本の「あやまち」を想起させる部分は「軍国主義侵略者」というひとつの単語のみであった。

他には一切、日本の植民地支配については言及せず、協力パートナーとしての立場を明確に貫いた。「3.1独立運動」が日本の植民地支配下で起きたということすら忘れてしまいそうになる仕掛けであった。

これは過去数年にわたり日韓間で懸案となっている「徴用工問題」において、先に大きく「譲歩」することで日本の譲歩も引き出そうとする、尹政権の対日スタンスともつながるものだ。

この点に対し「一貫性を見せた」と評価する向きも出てくるだろう。また、日本との対等な立場を強調する姿勢とも受け止められ、一定の支持が集まるものと見られる。

この日の記念式典は、ソウル市内の『柳寛順記念館』で行われた。柳寛順は「3.1独立運動」に参加しその後も独立運動を続けたが日本により逮捕され投獄、1920年に17歳で獄死した。韓国国営TVをキャプチャ。
この日の記念式典は、ソウル市内の『柳寛順記念館』で行われた。柳寛順は「3.1独立運動」に参加しその後も独立運動を続けたが日本により逮捕され投獄、1920年に17歳で獄死した。韓国国営TVをキャプチャ。

●歴史を直視すべきは「韓国の国民」という転換

過去、文前大統領の演説にも「歴史の直視」というフレーズは登場したが、あくまで日本に向けられたものであった。それをこの日の演説で尹大統領は国内に向けたものへと変えた。

そして2019年や2020年の「3.1節」での演説にあったような北朝鮮へのウェットな呼びかけなども一切を排除し、「主敵は北朝鮮、日本は味方」を地で行く厳しい現状認識を徹底した。

そんな意味では尹大統領の世界観と尹政権のスタンスへの理解が深まる演説であったとも言えるだろう。

さらに、演説の短さについても指摘せざるを得ない。上述したような「3.1節」への観点や日本への認識転換について尹大統領はより丁寧に説明すべきだったろう。

5分という短い時間で語るには複雑な内容であり、理解を求めるという姿勢よりも断言する「通告」のような印象を受けた。政治指導者の文法として適切だったか疑問が残る。

最後に、筆者はこの場を借りてどうしても書いておきたいことがある。なぜ保守政権下では演説がこうも「訓戒調」「命令調」「脅迫調」になってしまうのか、という疑問だ。

具体的には「国民が〜〜しないと、国が〜〜なってしまう」という国民の献身を求めるレトリックとなって表れる。前々政権の朴槿惠(パク・クネ)時代の演説もこの傾向が顕著であった。

国家の未来を人質に国民に忠誠を誓わせるようなこんな表現を聞くと、とても不愉快になる。これも一種の権威主義、もしくはその名残ではないのかと筆者は思うのであるが、どうだろうか。(了)

以下は演説全文。翻訳は筆者。

●第104周年3.1節 記念辞

尊敬する国民の皆さん、

750万人の在外同胞と独立有功者の皆さん

今日、104回目の3.1節を迎えました。

まず、祖国の自由と独立のために犠牲となり献身した殉国烈士と愛国志士たちに敬意を表します。

独立有功者と遺族の皆さんへ心より感謝申し上げます。

104年前の3.1万歳運動は、己未独立宣言書と臨時政府憲章にあるように、国民が主人である国、自由な民主国家を築くための独立運動でした。

新しい変化を渇望した私たちが、どんな世の中を念願したのかを示す歴史的な日でした。

あれから104年が過ぎた今日、私たちは世界史の変化に十分な準備できず国権を喪失し苦痛を受けた、私たちの過去を振り返らなければなりません。

今の世界的な複合危機、北韓の核脅威をはじめとする厳酷な安保危機、そして韓国社会の分節と両極化の危機をどう打開していくのか、考えてみなければなりません。

ここで私たちが変化する世界史の流れを読むことができず、未来をきちんと準備できなければ、過去の不幸が繰り返されることは自明です。

さらに私たちは、誰も自分の当代に独立を想像することができなかった漆黒のように暗い時代に、祖国の自由と独立のために自身のすべてを賭けた先烈たちを必ず記憶しなければなりません。

祖国のために献身した先烈たちをきちんと記憶できなければ、私たちの未来はありません。

尊敬する国民の皆さん

3.1運動から一世紀が経った今、日本は過去の軍国主義侵略者から、私たちと普遍的価値を共有し、安全保障と経済、そしてグローバルアジェンダで協力する協力パートナーに変わりました。

特に、複合的な危機と深刻な北韓の核脅威など、安保の危機を克服するための韓米日間の協力がいつになく重要になりました。

私たちは普遍的価値を共有する国と連帯して協力し、世界市民の自由の拡大と世界共同の繁栄に寄与しなければなりません。

これは104年前、祖国の自由と独立を叫んだその精神と変わりません。

国民の皆さん、

私たちが成し遂げた今の繁栄は、自由を守り拡大するための絶え間ない努力と普遍的価値に対する信頼の結果でした。

その努力を一時も止めてはいけません。

それが祖国の自由と独立のため犠牲となり献身した先烈たちにしっかりと恩返しする道です。

栄光の歴史であれ、恥ずかしく悲しい歴史であれ、歴史を忘れてはなりません。必ず記憶しなければなりません。

私たちが未来を守り備えるためにです。

今日は祖国のために献身した先烈たちを記憶し、私たちの歴史の不幸な過去を振り返る一方で、未来の繁栄のために成すことを考えるべき日です。

尊敬する国民の皆さん、

私たちは皆、己未独立宣言の精神を継承し、自由、平和、繁栄の未来を作っていきましょう。

ありがとうございます。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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