クライフへの鎮魂曲。トッテナムとアヤックスの躍進に見る、結果主義の敗北。
英雄へのレクイエム(鎮魂曲)が、聴こえてくるようだ。
今季のチャンピオンズリーグで、快進撃を続けているのがアヤックスだ。平均年齢24.1歳という若いチームは、未成熟な部分を微塵も感じさせずに華麗なフットボールで観衆を魅了しながら結果を残している。
■異なる解釈
2016年3月24日。ヨハン・クライフが、この世を去った。「空飛ぶオランダ人」と称され、ポゼッションとトータルフットボールで一世を風靡した人物である。
その翌年(2016-17シーズン)に、アヤックスが決勝でマンチェスター・ユナイテッドに敗れ、ヨーロッパリーグのタイトルを逃している。
また、彼の母国オランダは2018年のロシア・ワールドカップ出場権を逃した。そのワールドカップで、優勝したのはフランスだった。
その戦い方は「弱者の兵法」であった。ウーゴ・ロリスという優れたGKを抱え、堅い守備を誇る。キリアン・ムバッペのスピードを生かしたカウンターは各国の脅威となり、ムバッペが封じられた際にはアントワーヌ・グリーズマンの正確なキックによるセットプレーで得点を奪った。
パスサッカーに傾倒してきたスペインやドイツは早期敗退に追い込まれた。3バックで攻撃的なフットボールを展開したベルギーも、準決勝で、優勝国フランスに敗れた。「チキ・タカ」は死んだーー。時間と空間の支配。ポゼッションによる試合のコントロール。クライフのフットボールに対する解釈が、粉々に打ち砕かれたのだ。
勝利したのは、ある種の結果主義である。
■影響
2018-19シーズン開幕前、ロシア・ワールドカップの影響は不可避だとみられていた。だが今季のチャンピオンズリーグで、それは覆されようとしている。アヤックス、トッテナム、バルセロナ、リヴァプール。勝ち上がっているのは、ポゼッションを軸に試合支配を目論むチームだ。
ただ、そこにクライフの信奉者であるジョゼップ・グアルディオラ監督の姿はない。マンチェスター・シティはトッテナムとの壮絶な打ち合いの末に敗れている。ペップ・シティを下したトッテナムは1961-62シーズン以来、57年ぶりに欧州の4強に名を連ねた。当時は、「黒豹」と恐れられたエウセビオを中心に据えたベンフィカに敗れている。エース依存のチームに敗れているという事実が、また興味深い。
バルセロナはリオネル・メッシに依存している。それでも、ネイマールの退団で一時はシステムと戦術の変更を強いられたチームは、過去のスタイルを取り戻しつつある。唯一ポゼッション型ではないのがリヴァプールだが、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネ、モハメド・サラーの攻撃力を生かすための戦術が採られており、守ってカウンター、というチームではない。
ポゼッション。正確性。ボールを絡めながらの連携。トライアングルの形成。三人目の動き。素早いパス回し。アヤックスの根幹にある要素だ。そして、それはクライフの提唱したスタイルである。
■無味無臭
ベルギー、オランダ、スコットランドのクラブは現在のチャンピオンズリーグの方式で「損切り」されているといわれてきた。現に、アヤックスの予算額(1億5000万ユーロ)はレアル・マドリー(予算7億5000万ユーロ)、ユヴェントス(予算4億ユーロ)に遠く及ばない。
しかし、ここでもクライフの教えが生きている。
マタイス・デ・リフト、フレンキー・デ・ヨング、ファン・デ・ベーク、ヨエル・フェルトマン、ダレイ・ブリント、ユルゲン・エッケレンカンプ、ヌサイル・マズラウィ、アヤックスの主力7選手がカンテラーノだ。
資金面で不足があれば、哲学と創意工夫でカバーする。育成機関カンテラの強化は、中長期目線で必ず恩恵をもたらす。
大型補強を敢行するクラブに失敗の烙印を押すわけではない。
そして、ポゼッションを教義化するわけでもない。複数のスタイルがぶつかり合う。その多様性を、歓迎すべきなのだ。すべてのチームが、同じスタイルを目指せば、フットボールは無味無臭のものとなる。
この状況に、クライフは天国で微笑んでいるだろう。いや、皮肉屋のクライフのことだから、「私の理想とは異なる」と、ひとりごちているかもしれない。