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佐世保同級生殺害事件:父親金属バット殴打事件は伏せられた:「誰かがもう一歩…」

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
やさしさと厳しさを持って、しっかり手を引こう。

■佐世保女子高生殺害事件と父親金属バット殴打事件

女子高生が同級生を殺害し遺体を解体した事件。これまでの情報から、「佐世保高1女子同級生殺害事件の犯罪心理学:人を殺してみたかった・遺体をバラバラにして解剖したかった」などで考察を行い、問題提起してきました(「佐世保高1女子同級生殺害事件の犯罪心理学:カウンセラーも精神科医も児相もなぜ止められなかったのか」)。

これまでの報道では、殺人事件前の父親殴打に関する動機が報道されていませんでしたが、新たな情報が出てきました。

長崎県佐世保市で7月下旬に起きた高1女子生徒殺害事件で、逮捕された同級生の少女(16)(鑑定留置中)が3月に父親を金属バットで殴ったことについて、殴打の6日後、面談した教職員に「人を殺してみたかったので、父親でなくてもよかった。あなたでもいい」などと打ち明けていたことがわかった。

教職員が校長に報告したのは4月下旬で、校長も深刻な状況と受け止めず、県教委に報告していなかった。

出典:佐世保事件、少女の殺人願望を県教委に伝えず 読売新聞 9月25日

学校関係者は少女の中学時代から少女や父親と連絡を取っていた。3月2日に少女が父親を殴打した翌日、父親の連絡で知ったが、「事件にしたくない。誰にも言わないで」と父親に頼まれ、学校には報告しなかった。学校関係者は少女の高校進学後の4月、少女が受診していた精神科医と面談。面談の報告と合わせ、殴打問題も校長らに伝えた。校長は深刻な状況ととらえず、親子の軋轢(あつれき)から起きたのだろうと考えた、という。

出典:バットで殴られた父、関係者に口止め 佐世保同級生殺害 朝日新聞デジタル 9月25日

■父親金属バット殴打の動機

これまでも、容疑者少女は「父親のことは尊敬している」「再婚も賛成だった」と語っていることから、父親への殴打事件も、無差別殺人欲求の一つかと推論していましたが、今回の報道で少女の言葉が紹介されています。

少女は教師に語っています。

「人を殺してみたかったので、父親でなくてもよかった。あなたでもいい」。

ただし、父親は

「事件にしたくない。誰にも言わないで」

と依頼しています。

校長も深刻な状況ととらえず、「親子の軋轢から起きたのだろう」と判断しました。

その結果、警察にも教育委員会にも報告されず、その後の同級生殺害事件へとつながってしまいました。

■なぜ報告されなかったか

「県教委は報告書で「校長は学校関係者から報告を受けた時点で、関係機関に情報提供する必要があったのでは」などと指摘した。」(朝日新聞デジタル9月25日)。

もちろん、今となれば、報告すべきだったと誰でも思うでしょう。

しかし、親から口止めされているようなことを迅速に校長に報告し、さらに関係機関に報告することは、簡単なことではないでしょう。

思春期には、さまざまな不安定なことが起こります。思春期青年期特有の親子の軋轢、親子の葛藤と判断するのも、無理はないかもしれません。

しかし、結果論ではなく、誰かがもう一歩踏み込んでいたらと残念でなりません。被害者のご両親がおっしゃっている通りです。

被害生徒の両親が18日、代理人弁護士を通してコメントを発表した。3月に父親をバットで殴るなどした少女の問題行動を学校が把握していたことについて、「警察や児童相談所に通報していただきたかった」としている。

出典:「誰かがもう一歩…」佐世保事件、被害者両親がコメント 朝日新聞デジタル 9月18日

事を荒立てることは、誰もが避けたいでしょう。我が子のしたことをあえて警察沙汰にしたいと思う親はいないでしょう。そのような心理の中で、心理学で言えば「正常性バイアス」が働きます。

不安はあり、サインは多く出ているのですが、きっと大丈夫だ、何でもないと思い込んでしまう現象です。私たちの誰もが、正常性バイアスのワナにかかってしまいます。

長崎県佐世保市では、2004年に小6女児同級生殺害事件が起きています。長崎市では2003年に中学1年生の出し生徒が起こした「長崎男児誘拐殺人事件」が発生しています。

その後、長崎県や佐世保市では、「命を大切にする教育」が行われてきました。その教育は良い教育と評価されているのですが、残念ながら今回の殺人事件に関しては、教訓は生かされませんでした(「長崎・佐世保高1女子同級生殺害事件の犯罪心理学:教訓はなぜ生かされなかったか」)。

子ども若者による殺人事件は、多くはありません。ましてや、「人を殺してみたかった」「誰でもいいから殺したかった」といった事件は、きわめてまれなケースです。

しかし、今回は精神科医も殺人事件を起こしかねない危機感を持っていました。児童相談所にも連絡を入れていました。殺人事件の前日の夕方、両親も児童相談所に電話しています。

誰かがほんの少し無差別殺人願望の可能性を感じて、もうほんの少し早く行動していたら、関係機関の連携が行われ、殺人事件は防げていたかもしれません。

就寝中の父親を金属バットで殴打することは、もう一歩で殺人事件にもなる大事件だったはずなのですから。

■防犯のために、問題解決のために

最愛の我が子、大切な生徒であっても、問題解決のために時には心を鬼にする必要があります。

「子どもってすばらしい! 子どもは、みんな豊かな心を持っています。でも、ときどきそのすばらしさが隠れてしまうことがあるのです。」「成績優秀でスポーツも得意、言うことも良く聞く子と思われてきた子が、実は発達障害的な問題を持ち、素直な心を表現できない子だったケースもあります。」「子どもにはやさしさと厳しさの両方が必要です」(「子どもの心を豊かにするには」:Yahoo個人有料)。

子どもの様々な問題で、親は努力します。しかし大切な場面で問題をあやふやにしてしまった結果、問題が大きくなるケースは、珍しいことではありません。

警察、児童相談所、精神科、学校も、子ども若者に単純に罰を与える場所ではありません。その信頼感と連携のもと、必要に応じて「事を荒立てる」ことも、必要なことではないでしょうか。

未成年ではありませんが、元オセロの中島知子さんマインドコントロール問題の時には、家賃未納に関して両親が大家である樹木希林一家に頼んであえて裁判沙汰にすることで、問題解決へと向いました(「オセロの中島知子さんのケースから考えるマインドコントロールの解き方」)

子ども若者の問題に関して、時にはあえて「事を荒立て」、本人に反省させることも必要でしょう。警察の力を借りることで、初めて更正できる子もいます。いきなり精神科受診を進めても積極的になれない本人や親も、大きなトラブル発生時には、すなおに受診することもあります。

大きな問題行動などない方が良いに決まっていますが、でも、子ども若者が起こすトラブルは、問題解決の絶好のチャンスになることもあるのです。

それは、不登校、ひきこもり、非行などから、殺人事件防止まで、様々な事柄で考えられることでしょう。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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