「売るためじゃない」地方のカーディーラーが書店を開いて気づいた本の威力
山口県の老舗カーディーラーが書店「とく選文庫」を運営している。ドイツの高級車ポルシェを展示する同じ建物に約1,500冊が並び、「店主お勧め」のコーナーには、山極寿一『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』など、車とは無関係な書籍が置かれている。個性派書店が注目されているが、カーディーラーと書店という組み合わせは珍しい。店主のモビリティライフグループ末冨喜昭会長に取り組みへの想いを聞くと、「本の威力を感じます」という言葉が返ってきた。
「会長の頭の中」を残すため
モビリティライフグループは、山口県山口市に本社を置く。1929(昭和4)年にフォード車を扱う販売店としてスタートし、現在では、日産とスズキの国産車、ポルシェ、アウディ、ルノーという輸入車を扱うカーディーラーを中心に事業を展開している。
書店に取り組むきっかけは、出版取次大手の日本出版販売の社員から「本が売れなくて困っている」と打ち明けられたことだ。ピーク時に3万近くあった全国の書店は、アマゾンなどの台頭で減少、街の書店は次々と消えている。「困難が起きるとワクワクする」という末冨さんは、図書館に通い業界を調査し、全国のこだわり書店を訪問した。2018年にオープンしたブックホテル「箱根本箱」、青山ブックセンター跡地に入場料を払う本屋「文喫」なども訪れてアイデアを練った。
「売るためじゃない、伝えたいメッセージがある」。たどり着いたのは、会長の関心や考え方を伝える場としての書店だ。末冨さんは39歳で社長になり、バブル崩壊やリーマンショックといった危機を乗り切ってきた。その助けになったのが、興味を持ったテーマに関する情報を大量に収集し、自分なりの見取り図を作るという手法だ。「ウクライナ侵攻でガソリン価格が高騰するなど、ディーラーの仕事も世の中の動きと関係がある」。
そこで自分なりに考えた情報収集や情報編集、アウトプットに関連する書籍を選んで並べ(一部非売品あり)、社会のトレンドや時代性に関するメモなども掲示し、2019年1月にオープンした。以前は別の場所で行っていた社員研修は書店のスペースで行うようになり「死んでも研修できる。置いた本を社員が選んでくれたらいい」と笑う末冨さんだが、とどまることなく自分の考えをアップデートして書籍を入れ替え続けている。
良い顧客に来店してもらうために
「とく選文庫」は単なる社員研修の場ではなく顧客や地域に開かれており、子供向けの書籍は階段下の秘密基地のようなスペースに置くなど工夫も凝らした。すると、列車とバスを乗り継いで学生が本を買いに来たり、大学の教員が来て研修を頼まれたり、と新たな出会いが生まれるようになった。
実は来店してもらうことには末冨さんの強い想いがある。
老舗ディーラーの三代目として会社を継いだ時代には訪問販売が主流だった。人口減少社会に向かう中でビジネスモデルを変える必要があると来店型に大きくかじを切り、「顧客にはディーラーは楽しい、社員には仕事は楽しいと思ってもらわなければ」と顧客満足度を高める取り組みを始めた。全世界の日産販売会社の中で顧客満足度の高い会社を表彰する「NSSW AWARD」を受賞したこともある。店舗の再編も進め、輸入車も扱い始めた。
人口減少という社会のトレンドに加え、山口という地理的な要因もビジネスに与える影響が大きい。ポルシェやアウディといった高級車を扱うためにはまとまった人口だけでなく、収入や価値観を持つ顧客層が必要となるが、末冨さんが「分散マーケット」と分析するようにグループ本社がある山口市は輸入車ビジネスを展開するには条件が悪い。
山口県で最も人口が多いのは九州に向き合う下関市で25万人、宇部市が16万、周南市が13万、広島県境の岩国市が12万人、規模の似た都市が点在する。山口市は、県庁所在地で中央に位置しているが人口は20万人に満たず、高速道路でつながる福岡や広島にある高級車ディーラーに消費者が流れるという遠心力が働く。
そこで来店を促すために、様々な取り組みを進めてきた。「とく選文庫」がある「オートモール」は約5,500坪という広大な敷地に、ポルシェ、アウディ、ルノー、日産、スズキのショールームが並び、テーマパークの様相を呈する。コンサートやマルシェも開催してきた。
「山口県内の感性豊かな人を集めて、いいお客様を増やしていきたいと取り組んできたが、本はここまでとは思わなかった。本の威力を感じます」と末冨さん。顧客同士が交流する機会では「こんないい雰囲気の方がいるんですね」と話題になることもあるという。取材の日も福岡など県外ナンバーの車が次々と訪れていた。
ディーラーのビジネスは地域にあり
「とく選文庫」は、社会や市場の変化を捉えて生き残ってきた地方カーディーラービジネスの試行錯誤から生まれたといえる。
「ここから出たかった」と思いながら地元の大学に進むことになった末冨さんは、東京や海外に憧れがありトレンドを求めて世界を旅した。だが、ディーラーのビジネスは地域や地域の人々との関係にあると気付いた。
そこで、山口出身のアーティストの作品を店内に展示したり、コンサートに出演してもらったりしてきた。戦前に日産コンツェルンを創始した鮎川義介に関する展示コーナーも日産車ディーラーの建物内に設けている。
「とく選文庫」ロゴデザインも宇部市出身で、フィンランドのブランドマリメッコのデザイナー大田舞さんが手掛けており、地域関連の雑誌や書籍も並ぶ。
「三方を海に囲まれて魅力ある海岸線があり、大陸文化を取り入れた大内氏の歴史があり、子育て環境も良い。自信を持って山口をお薦めできる」末冨さん。
ホワイトボードの案内図に「次世代を応援」と書かれているように、いま末冨さんが見据えるのは地域の未来だ。「本があることで問題意識を持つ若い人とも会話が自然にできるし、こちらの勉強にもなる。派手に宣伝をするのではなく、じわじわと自然体でつながっていきたい」。