校内盗撮 なぜ立件見送り?
4月に秋田市立中学校の教室で20代の男性臨時講師が女性教員のスカート内を盗撮したとされる事件。被害届を受けて捜査していた秋田県警は、立件見送りの方針を固めたという。なぜか――。
【軽犯罪法違反も建造物侵入罪も無理】
報道によれば、次のような事案だ。
被害者が成人である盗撮事件の場合、適用される罰則としては、(1)軽犯罪法違反、(2)刑法の建造物侵入罪、(3)都道府県の迷惑防止条例違反が挙げられる。
しかし、(1)は、更衣室やトイレ、風呂場など、人が通常衣服を着けないでいるような場所をひそかにのぞき見た場合に処罰される。盗撮も含まれるが、教室は対象外だ。
(2)も、盗撮を目的とした侵入行為を取り締まることで、前提となる盗撮をも実質的に取り締まろうという狙いからよく使われる。しかし、教員や生徒らが出入りできる教室で、通常の業務中にたまたま犯行が行われたということだと、建造物侵入罪に問うことは難しい。
【秋田県では条例違反にもならない】
最後に(3)の迷惑防止条例違反だが、秋田県の場合、処罰される盗撮を次のような空間におけるものに限定している。
(a) 「公共の場所」(道路、公園、広場、駅、水泳場、興行場、飲食店その他公衆が出入りすることのできる場所)
(b) 「公共の乗り物」(汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機その他公衆が利用することができる乗物)
(c) 「住居、浴場、更衣場、便所その他通常人が衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場合がある場所」
まず、(b)と(c)に当たらないのは明らかだ。
(a)についても、学校の教室は(a)で例示されている道路や公園、広場、駅などのように社会一般の人がだれでも自由に使える場所ではなく、同じ顔ぶれの教師や生徒らしか出入りしないところなので、「公共」「公衆」といった要件を充たさないのではないか、ということになる。
繁華街などをうろついて暴行やゆすり、たかりをする不良集団など、もともとパブリックな空間で社会一般の人に迷惑をかける行為を防止するために制定された条例であり、自らその適用範囲に制限をかけているからだ。
【同じ行為で処罰される自治体も】
ただ、被害者からすると、学校の教室や会社の事務所など盗撮の場所がどこであろうが同じであり、広く処罰すべきという声も根強い。
そこで、自治体の中には、条例を改正し、従来の「公共の場所」や「公共の乗り物」に加え、「公衆の目に触れるような場所」とか「不特定又は多数の者が利用するような場所」など規制する空間を拡大するところも出てきている。
多数であっても特定の者しか出入りしないところや、逆に少数であっても不特定の者が出入りしているところでの盗撮をも処罰しようというわけだ。
例えば、東京都の条例では、「学校、事務所、タクシーその他不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所又は乗物」における盗撮が禁じられている。
学校の教室、廊下、体育館、会社の事務所、マンションのエントランス、通路、階段、インターネットカフェ、カラオケボックス、貸し切りバスなど、かなりの空間がこれに含まれる。
もし今回の事件が東京都の中学校で行われたのであれば、この迷惑防止条例違反で立件することができる。
こうした自治体は増えつつあるが、秋田県ではまだ十分な改正が行われていないから、今回の事案には使えない。
条例は法律と違ってその自治体内でしか効力がなく、同じ内容の盗撮をやっても、ある自治体だと処罰され、別の自治体だと処罰されない、といったバラつきが生じるわけだ。
【無罪放免にはならず、しかし…】
ここまでは教室における盗撮が犯罪に当たるか否かという形式的な話だったが、立件見送りの実質的な理由として、別の盗撮事件で逮捕できたことが挙げられる。
すなわち、秋田県警は、今回の被害届を受けて講師の自宅を捜索したところ、県の公共施設などにおける複数の盗撮画像を発見した。
そこで捜査を進め、10代女性に対する1月の犯行を特定したうえで、4月12日にこの余罪で逮捕し、送検した。
これがあるわけだから、条例の規定に当たるか否か微妙な今回の事件を無罪覚悟で無理に立件する必要はない、という判断もあった。
ただ、勾留後、秋田地検は4月26日に講師を処分保留のまま釈放し、任意で捜査を続けている状況であり、起訴猶予の可能性も残されているし、もしこの余罪がなければ、初めから無罪放免になっていた。
結局、こうした問題が繰り返し起こるのは、わが国に「盗撮罪」などという形で盗撮そのものを正面から禁じた法律がないという法の不備に起因している。
チケットの不正転売を行うダフ屋行為も、長く都道府県の迷惑防止条例によって規制されてきたが、ネット上の売買を取り締まれないことなどから、東京五輪を前に国会でチケット転売規制法が制定され、6月から施行されることになった。
盗撮についても、都道府県レベルで対応するような単なる迷惑行為ではなく、「非接触型の性犯罪」と評価したうえで、立法による全国一律の規制や厳罰化が求められるところだ。(了)
(参考)
拙稿「教師が学校の教室や更衣室で教え子までも 横行するハレンチな盗撮の『罪と罰』」