ついにチケット不正転売禁止法が成立へ 気になる今後の運用と残された課題
チケットの転売を規制する法律が2018年12月に成立し、公布から半年を経て2019年6月14日に施行される。今後の運用や残された課題など、消費者が気になるであろう点をまとめてみた。
(以下はやや詳細なものであり、ひとまずポイントだけでも押さえておきたい方は、拙稿「チケット不正転売禁止法Q&A」をご一読を。)
【なぜ新たな法律の制定に至ったのか】
ダフ屋の「ダフ」はチケットや乗車券などを意味する「札(ふだ)」を逆さにした隠語だが、これまではもっぱら各都道府県の迷惑防止条例で取締りが行われてきた。
しかし、条例という性質上、そうした規制のない県があるし、昨今問題となっているインターネットを舞台としたダフ屋行為も規制の対象外だ。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックが迫る中、国際オリンピック委員会からもダフ屋の規制を求められてきた。
そこで、ネット空間を含め、ダフ屋行為を正面から全国一律で規制する新規立法が必要だったというわけだ。
【どのようなチケットが規制されるのか】
ただし、規制の対象となるチケットは「興行」、すなわち不特定・多数の者が見たり聴いたりする映画、演劇、演芸、音楽、舞踏などの芸術・芸能や、スポーツに限定されている。
そうしたものであれば、従来型の紙製チケットだけでなく、QRコードのようなデジタルチケットも含まれる。
しかし、興行チケットに当たらないもの、すなわち人気列車の乗車券や指定券、人気アトラクションやパビリオンの整理券、限定販売のゲーム機やフィギュア、グッズ、本、DVDなどは規制の対象外だ。
売れ残ったチケットが街なかの金券ショップで安売りされているように、物の価格は需要と供給の関係で決まるものであり、本来は誰とどのような売買契約を締結しても自由であるはずだからだ。
しかも、次の条件を全てみたすチケットに限られる。
(1) 興行主やその委託を受けた販売業者が、販売時に(i)同意のない有償譲渡を禁止し、(ii)入場資格者又は購入者の氏名・連絡先を確認した上で、(i)(ii)が券面などに表示されているもの
(2) 興行の日時・場所のほか、入場資格者又は座席が指定されているもの
1人4枚まで購入できるといった場合、代表者が友人の分をまとめて購入するケースもあるだろうが、それでも座席指定がされ、代表者の本人確認を経ていれば、転売規制の対象となるチケットということになる。
他方で、招待券など無料配布のチケットや転売が禁止されていないチケットはもちろん、販売時に本人確認が行われていないチケットや開催期間中ならいつでも誰でも入場可能なチケットも対象外だ。
【どのような行為が規制の対象となるのか】
規制の対象となる行為は、次の2つだ。
(a) 業として、興行主やその委託を受けた販売業者の事前の同意を得ないで、販売価格を超える金額で有償譲渡すること(不正転売)
(b) (a)の目的で、譲り受けること(不正仕入)
これらの行為に及んだ場合、1年以下の懲役か100万円以下の罰金となる。両者を併せて科されることもある。国内だけでなく、日本国民が国外でこれらの行為に及んでも処罰される。
事務手数料や譲渡代など上乗せ分の名目が何であれ、興行主側が設定した販売価格を1円でも超過していればアウトだ。
「有償」とは対価性を伴うということなので、現金に限らず、転売金額に相当するプリペイドカードやギフト券、物品などとの交換も許されない。
【「業として」とは】
ただし、(a)の「業として」という部分が最も重要な犯罪成否のポイントとなる。これは「反復継続の意思をもって」ということを意味し、ケースバイケースで判断される。
一般の消費者からすると、「本当は自分で行こうと思っていたものの、急な予定が入って行けなくなったから転売した」とか、「チケット争奪戦に勝ち抜くために家族名義を使って申し込みをしたところ、複数枚当選したので余った分を転売した」といった事案が気になるところだろう。
それが真実であり、たまたま今回だけであるなど、過去に同様の行為を繰り返しておらず、転売価格もせいぜい送料など実費分を追加している程度であれば、「業として」には当たらないから、安心して転売して構わない。
逆に、名義は別々でも実質的に同一人物が同時に何十枚も購入して仕入れ、当選後、すぐに転売しているとか、様々なアーチストのチケットの転売を手がけているとか、実費分どころか利益分をも上乗せして転売を繰り返しているといった事情があれば、「たまたま今回だけだ」といった弁解は通らない。
【非公式の転売サイトも検挙可能に】
他方で、ネット上には現に興行主側が関与していないチケット転売サイトが存在し、転売の仲介により手数料収入を得ている。
警察は、チケットキャンプの運営会社元社長をダフ屋の共犯として詐欺罪で立件した後、「チケット流通センター」や「チケットストリート」といった転売サイトに対し、不正入手の疑いがあるチケット出品の削除を要請した。
しかし、表向きはダフ屋対策を徹底していると言いつつ、今でも明らかにダフ屋によるものと思われる高額のチケット出品が見られる。
今後は先ほどの条件をみたすチケットの不正転売が法律で禁止されるわけで、そうしたチケットが高額で出品されていることを知りながら放置し、転売の仲介で手数料を得ていれば、ダフ屋の片棒を担いでいると評価でき、幇助犯(ほうじょはん)として検挙できる。
大手動画配信サイトである「FC2動画」や「FC2ライブ」でわいせつ動画の配信が行われていた事件でも、FC2の運営会社社長らが共犯として起訴され、有罪判決が下っている。
チケキャン事件も、最終的には元社長らが起訴猶予にこそなったものの、マスコミで広く実名報道され、社会からバッシングを受け、サービス終了に至った。
東京オリンピック・パラリンピックに向け、広く国民に対してダフ屋からのチケット購入が悪だと認識させ、新法の存在を知らしめる必要もある。
そこで、一罰百戒の観点から、警察が捜査に非協力的でダフ屋対策に本腰でない転売サイトを狙い撃ちし、チケット転売規制法の共犯で立件するといった展開も考えられる。
【不正仕入の規制がポイント】
この点、金券ショップの経営はどうなってしまうのか、と心配する方も多いだろう。
たとえ規制の対象となるチケットであっても、定価未満で仕入れ、定価以下で販売すれば不正転売には当たらず、利ざやも稼げるわけだから、いまだ商機は残されている。
むしろ、(b)の仕入段階における規制が重要だ。仕入後の販売形態やその場所などを問わず、不正転売の目的で仕入をしさえすれば、それだけでアウトだからだ。
不正転売に向けた販売サイトへのアクセスの9割超が「ボット」、すなわち大量のアカウントを使って手続を繰り返すプログラムによるものだと言われている。
今後は、こうした購入ツールを使って購入したというだけで、不正転売を前提とした不正仕入と判断され、立件の対象となることだろう。
興行主やその委託を受けた販売業者は、ファン離れにつながるなどの理由から、ダフ屋の介入阻止を目指している。
興行主側が疑わしい購入者の情報を積極的に警察に提供し、データの蓄積が行われることで、転売段階ではなく、より早い仕入段階での検挙を推し進めることができる。
【それでも不正転売対策としては不十分】
とは言え、どれだけダフ屋を取り締まっても、ダフ屋に活動空間を提供する者やダフ屋から購入する客がいなくならない限り、不正転売の根絶などあり得ない。
法案では、興行主側にチケットの適正流通や不正転売の防止を図る努力義務が課されているし、国や自治体にもこれをサポートする義務が課されている。
不正転売そのものを不可能とするために、次のようなシステムが積極的に導入されるべきだし、現に一部で導入済みであり、その普及が期待される。
(イ) デジタルチケット化と本人確認の徹底
(ロ) 興行主側によるリセールサイトの設営
(ハ) 不正転売チケットの無効化と購入者のブラックリスト入り
(ニ) チケット販売価格の多様化や柔軟化
まず(イ)だが、転売禁止のデジタルチケットに統一し、チケットが表示されるIDやパスワードをスマートフォンと紐付けした上で、購入時に登録したクレジットカードや顔写真付きの身分証明証、スマートフォンの提示を入場時に購入者や同行者に求めたり、顔認証システムを導入するといったものだ。
ファンクラブ先行販売枠を得るためにファンクラブに加入し、複数枚購入した上で高額で転売し、同行者と同時入場することで転売規制の網をくぐり抜けようとする例も見られるが、購入可能枚数を1人1枚に限ったり、販売時にあらかじめ同行者の氏名や連絡先を登録させるようにすれば、回避できる。
ドーム球場やスタジアムクラスでの大規模なコンサートでも、何人に1人といった割合でアトランダムに本人確認を行うことで、入場時の時間や手間を最小限にとどめることができる。
高い転売代金を支払い、わざわざ遠方から会場に足を運んでも、ダフ屋からの購入がバレて入場を拒否されるという事態が頻発すれば、ダフ屋の利用をためらうことになる。
ダフ屋が購入時に使ったスマートフォンなどを顧客に貸し与えたり、入場不能時の返金保証をするケースもあり、おのずと限界があるものの、不正転売が格段に困難となるはずだ。
【消費者目線の重要性】
他方で、行こうと思って購入したものの、何らかの事情で行けなくなったことから、無駄にするくらいであれば誰かに売り、代わりに楽しんできてもらいたい、といった消費者のニーズは間違いなくある。
転売サイトを利用したり、Twitterなどを利用した直接のやりとりで高額転売を行う例も後を絶たない。
公式の受け皿が整っていないからだ。
定価取引に限定した音楽業界公認の「チケトレ」もあるが、非公式の転売サイトに比べ、仲介手数料が高い。
(ロ)で挙げたとおり、興行主側も、こうした公式のサービスを広く設け、手数料をより低額なものとした上で、定価以下でのチケットのリセールを安全かつ容易に行えるようにすべきだ。
併せて、(ハ)で挙げたように、非公式の転売サイトで転売が行われているチケットを無効化し、そうしたチケットで入場しようとした者の入場を拒否するのみならず、ブラックリスト入りさせ、業界団体で情報共有し、その他のコンサートを含めて出入り禁止にするといった措置をとることも考えられる。
さすがにそうした事態まで待ち受けているとなると、転売禁止のチケットなど怖くて手出しできなくなるはずだ。
公式の転売サイトができるとダフ屋が定価で堂々と購入し、非公式の転売サイトで転売することも懸念されているが、転売禁止のチケットが非公式のサイトに出品された時点で無効化されるとなれば、ダフ屋の旨味も全くなくなる。
無効化したチケットについては、その情報を興行主側のサイトなどで公表した上で、公式の転売サイトを通じて定価で再販売すればよい。
【ファンに協力を求める】
どのチケットが非公式の転売サイトで不正転売されているのか、興行主側が一つ一つチェックするのは大変だろうし、特にTwitterなどを利用した地下に潜るやり方だと困難かもしれないが、第三者による通報制度を設ければよい。
すなわち、警察はネット上の規制薬物や児童ポルノ販売などの事案を検挙する前提として、「サイバーパトロール」という24時間の監視態勢をとっている。
それでも、さすがに警察だけでは人手不足であり、学生ボランティアらの協力を得ている。
こうしたやり方を参考にし、興行主側がネット上に通報窓口を作り、非公式サイトで不正転売されているチケットの発見者からその座席番号や出品時のスクリーンショットなどの情報を得ることで、真偽確認の上、無効化の措置もとりやすくなる。
非公式の転売サイトはもちろん、Twitterなどでダイレクトにチケット転売を持ちかけられた場合でも、直ちに通報が期待できる。
ダフ屋の横行で本当に行きたいコンサートに行けず、悔しい思いをしている熱心なファンであれば、その発見や根絶に向け、協力を惜しまないことだろう。
もちろん、(ニ)で挙げたチケット販売価格の多様化や柔軟化も重要だ。
良い座席とそうでない座席との間の定価に大きな違いがないからこそ、転売による商売が成り立つ。
思い切って市場原理に委ね、座席によって様々な価格帯のチケットを設ける必要もあるだろう。(了)
【参考】
拙稿「どんなチケット転売がアウトか 「今回はたまたま」も要注意、1円でも定価超えはNG」
拙稿「チケット不正転売禁止法Q&A」