バイデン氏の当選受け、韓国内で高まる「米朝速攻仲介論」
米主要メディアがバイデン候補者の勝利をこぞって報じたことで、峠を越えた米大統領選挙。韓国内では米朝関係の今後を見据え、韓国政府の積極的な役割を求める声が高まっている。
●「戦略的忍耐」には戻らない
韓国社会を見ていて興味深いのは、米韓関係の今後よりも米朝関係の今後を気にしているように見えることだ。
とはいえ、これはある意味当然だ。米国とは同盟関係にあるため大枠での米韓関係変化が無いということに加え、南北関係がいくら改善しても米朝の国交正常化が行われない限り、朝鮮半島に真の平和が訪れないことを市民が熟知しているからに他ならない。
この点、韓国の空気は概ね楽観的だ。順調にいけば来年1月に発足するバイデン政権が取る北朝鮮政策について、同じ民主党のオバマ政権(09年1月〜17年1月)が基調とした「戦略的忍耐(北朝鮮が核開発やミサイル開発を止めるまで、米国は北朝鮮を無視し圧迫をかけ続けるというもの)」に回帰すると見る者はほとんどいない。
8日(現地時間)から訪米中の韓国の康京和(カン・ギョンファ)外交部長官も記者団に対し「バイデン側の様々な人たちが公にする話を聞くと、当時の戦略的忍耐に戻ることはないようだ」と明かしている。
また、バイデン陣営の外交政策顧問を務めるブライアン・マッケオン元国防次官代理は先月10日、韓国『聯合ニュース』とのインタビューの中で「北朝鮮の核プログラムが進展したため、(オバマ大統領が退任した)2017年1月に戻ることはない」と明言している。
●スモール・ディールへの道
このようにオバマ時代からの変化が予想されるが、その方向はどうなるのか。
国策シンクタンク「統一研究院」の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究院は8日、筆者の電話インタビューに対し「バイデン氏の『核のない朝鮮半島を前提に、北朝鮮が核能力を縮小するならば(金正恩委員長と)会う』という発言に注目すべきだ。これは実務的な交渉を行う意志の表れで、完全な非核化を目標としたスモール・ディールが可能であることを意味する」と指摘した。
スモール・ディール(小さな取引)とは、一度ですべてを解決するビッグ・ディールとは異なり、米朝が互いに実効措置を取り少しずつ非核化に向けて進めていく段階的な解決法だ。米国は制裁を弱め国交正常化や平和協定への移行を進める代わりに、北朝鮮は非核化措置を進めるというものだ。
こうした柔軟な対応が可能な背景について、趙研究員は「バイデン氏はイラン核合意を導き出した専門性がある人物である点に注目すべき」とする。
イラン核協定(JCPOA)とは、2015年7月にイランと核保有5か国(米英仏中露)にドイツを加えた6か国の間に合意されたもので、イランが核活動を縮小し査察を受け入れ透明性を確保する代わりに、EUや米国がイランへの経済制裁を中止する内容だ。
武器生産以外のイランの平和的な核利用を可能にするもので、「金正恩氏もこうした合意を好む可能性がある」(趙研究員)。なお、トランプ大統領はイラン核協定の強度や弾道ミサイルに関する内容がないことを理由に、18年5月これを破棄している。
バイデン氏が外交的に老練であるという指摘は、韓国内で少なからず指摘される点だ。
金錬鉄(キム・ヨンチョル)前統一部長官は9日、日刊紙『ハンギョレ』への寄稿で「ジョー・バイデン大統領当選者は外交専門家。習近平に何度も会い、リビアのカダフィやセルビアのミロシェビッチを扱った経験もある。北朝鮮核問題の交渉の可能性と限界を経験したし、韓国の太陽政策に対する理解も高い」と評価している。
●トランプ大統領の「成果」とは
実はトランプ大統領が在任中、北朝鮮との間に残した成果について評価は高くない。趙研究員が言うように「傍からは派手で米朝関係が大きく変わったように見えるが、トランプ大統領は逆に混乱だけもたらした」という見方がそれを示している。
だが、文在寅政権の外交安保特別補佐を務める文正仁(ムン・ジョンイン)氏は今月5日、テレビ局『JTBC』へ出演した際に「北朝鮮は米側に『こういうものを望む』ということを提示した。米国もまた同様だ。(バイデン政権になるからと)原点から始まる訳ではない」と述べている。
北朝鮮政府はその間、「米国による敵対視政策こそが核武装を進める理由である」旨の見解を繰り返し明らかにしてきた。特に18年6月の米朝首脳によるシンガポール合意以降もこれが変わらないとして、米韓合同軍事訓練など軍事的な動きに敏感に反応している。
一方で、北朝鮮は同国の代表的な核施設である「寧辺(ニョンビョン)核施設」の廃棄を18年9月の南北首脳による「平壌共同宣言」に織り込んでいる。さらに翌19年2月のハノイ米朝首脳会談が一括妥結を望む米国と段階的な進展を望む北朝鮮の間で決裂したように、既に米朝間の「手札」がクリアに見えるようになった点は、トランプ大統領の「成果」と見ることもできるだろう。
●韓国が「米朝の代わり」を?
このような淡いバイデン新政権への「期待」の下で、韓国政府が米朝の間で積極的な役割を果たすべきという議論が高まっている。
理由は米国と北朝鮮、それぞれが抱える深刻な事情のためだ。
まず、米国には「バイデン政府は任期はじめに外交に神経を使うのは難しい。過去4年間に積もった米国内の傷を治癒し、すぐに新型コロナに対応しなければならない」(金前統一部長官)という事情がある。
大統領選挙が行われる中、人種差別といった米国社会の様々な葛藤や、トランプ−バイデン支持者間の断絶が浮き彫りとなった。バイデン氏が「統合」を訴えたように、まずは国内を固める必要があるとの見方は当然だ。さらに主要閣僚、補佐官の陣容が整うまで最長で半年かかるのとの見方もある。
一方、北朝鮮側の事情としては「トランプ大統領とは異なり、バイデン氏と金正恩委員長の間には直通ラインがない」(文正仁大統領特別補佐)というひと言に集約される。トランプ大統領と金委員長は一説では「最小でも28回」もの親書を交換するほどコミュニケーションを維持していた。
だが、バイデン氏とは結びつきがないばかりか、互いを「暴君」「狂った老いぼれ」と批判した過去があり、関係を構築するまでには時間がかかる。さらに軍事的挑発への危機感もある。北朝鮮はオバマ大統領が就任してわずか3か月後の09年4月に「銀河2号」発射実験を行い、同5月に核実験を行った過去があるからだ。同様の事態は「あり得ない」(趙研究員)とはいえ、早くにバイデン側の出方を伺いたいところだ。
こんな米朝両国の事情から「韓国はバイデン政権が空白期を持たずに北朝鮮との非核化交渉に臨めるよう、米朝の間を取り持つべき」(趙研究員)、「バイデンが交渉を準備する間、北朝鮮の『戦略的な挑発』を防ぎ新しい交渉の環境を作る必要がある」(金前統一部長官)といった韓国の積極的な姿勢を求める声が高まっている。
見てきたように、結局のところ韓国政府の役割は変わるものではない。それは冒頭でも述べたように、朝鮮半島の非核化は米朝のテーブルで決まるものであるという現実的な事情があるからだ。
しかしながら、韓国が米朝の代わりを務めることはできなくとも、米国の政策立案に協力し(過去、2000年に実績がある)、北朝鮮と米国のコミュニケーションを取り持つような役割を果たすことで、朝鮮半島の恒久的な平和を引き寄せることはできる。
9日、文在寅大統領は首席補佐官会議で「米韓同盟の強化と韓半島(朝鮮半島)平和プロセス進展において、いかなる空白も生まれないようにする」と述べている。
議論だけが先走っているような印象はあるものの、韓国政府は先ほど訪米した徐薫(ソ・フン)国家安保室長はじめ、既に広範囲でバイデン陣営と接触しているとされる。19年2月の米朝ハノイ会談決裂以降止まったままの時計をどう動かすのか、新たなチャレンジは始まっている。