自転車の都市コペンハーゲン、雪の日は?冬に必要な「北欧のマインドセット」とは
デンマークの首都コペンハーゲンといえば自転車の街として世界的に有名だ。
ノルウェーの首都オスロに住んでいる筆者からしても、コペンハーゲンの発達した自転車文化にはカルチャーショックを受ける。
コペンハーゲンでは49%の市民が通勤や通学を自転車で移動しているという(コペンハーゲン観光局)。
オスロでは冬になると雪が降り地面が凍るため、自乗る人は激減する。だが、コペンハーゲンではどうなのだろう?
観光局「自治体が除雪をするから大丈夫」
観光局に問い合わせると、広報のリベリノさんから「自治体が塩(塩化ナトリウム)を道路にまいているから安全ですよ。風もあるし、雨や雪も降るかもしれないから機能的な服装で来てね」と返事がきた。
「道路に塩をまいても、オスロでは自転車に乗る人は増えないが?」と疑問が消えないまま、観光局からガイドツアー会社の人を紹介してもらった。
冬のガイドツアーがないのは、観光客に「北欧のマインドセット」がないから
観光客にローカルのような自転車体験をしてもらいたいと、ガイドツアーを提供する「サイクリング・コペンハーゲン」のクリスチャン・ホウゴールさんからきた返事はこうだった。
「現地で会えますよ!でも4月中旬から10月末までの冬はガイドツアーは提供していないんです。冬に自転車をこぐには北欧のマインドセットが必要となってしまうので」
自転車をこぐための「北欧のマインドセット」。まさにそれが聞きたいのだと思い、筆者は1月末に現地へと飛んだ。
雨に濡れながら、強風に向かって走る!
コペンハーゲンに着くと、冬は風が強くて驚いた。まるで小さな台風のようだ。
雪はないが、風と雨が強いので、体感温度はマイナスに感じる。それでも向かい風に向かって、自転車をこいでいる人の多さには驚いた。
向かい風が強すぎて、必死の形相で前に進む人も。「なぜ、バスに乗らない?」と突っ込みたくもなった。オスロはそもそも風がこれほど強くないので、コペンハーゲンで冬に自転車をこぐとはこういう環境下なのかと驚いた。
だがその強い風も「慣れる」と話すのは、現地に住んで5年目となる岡安夏来さんだ。自転車歴も5年で、5年間で現在3台目の自転車を愛用している。
コペンハーゲンは「みぞれ・雨・風」
「自転車にはほぼ毎日乗っています。電車などの移動方法に迷ったら、グーグルマップで調べて、自転車のほうが早いなら自転車を選びます」
自転車道も増える一方で、「自転車のほうが優遇されていると肌で実感できる」そうだ。
「雨がよく降るので、バスタオルをかばんに入れている人が多いですね。10~20年前に比べて雪はあまり降らないですし、降っても毎朝すぐに除雪されています。コペンハーゲンではむしろ『みぞれ・雨・風』のほうが課題ですね」
筆者「オスロだと道路が凍結してスケートリンクみたいになるのですが、その現象は起きないんですね。こちらでも冬はスパイクタイヤに交換ですか?」
岡安さん「え、スパイクタイヤ!?」
どうやらコペンハーゲンはオスロのように道路も凍結せず、雪もあまり降らず、自治体はスパイクタイヤ推奨運動をしなくてもよいようだ。逆にコペンハーゲンは坂や山がなく、道路は平らで、ビュービューと吹く風を防ぐものがなく、雨もよく降る。なるほど、ノルウェーとデンマークでも地形や天候が違うから、自転車文化も違うわけだ。
それでも雨風の中で自転車をこぐ人たちを見ていると寒そう。だが、乗っている側からするとそうでもないそうだ。
岡安さん「自転車では歩行者を気にせずにスピードを出してこぎ続けられるので、むしろ身体が温まります」
地元民と観光客の意識の違い
コペンハーゲンが自転車の街として有名なことから、外部から体験しようという観光客も続々と訪れるが、問題があるという。
「『自分はアクティブなサイクリスト』という自覚で、コペンハーゲンで自転車体験をしたがる人が多いです」と話すのはガイドツアー会社を運営するクリスチャン・ホウゴールさんだ。
「でも、デンマークの人はアクティブなサイクリストではありません。自分たちをそもそも『サイクリスト』だとも認識していません。自転車は運動ではなく、A地点からB地点への簡単な移動手段です。単に自転車で移動することが、デンマーク人であることの一部なだけです」
このように活発なサイクリストだと名乗る人は、事前に念入りに準備をしてコペンハーゲンにやってくる。
しかし、その準備は「雨や風の天候に適した準備ではないことばかり」とホウゴールさんは話す。
「現地の天気に対応した服装でないと、11月や12月に自転車を数時間こげば、凍えてしまうんです」
「今日は風が吹いていて寒いので、私は濡れても大丈夫なような重めの上着、防止、手袋、ウォータープルーフの靴で出てきました。機能的で身体が温まる道具が必要なんです」
「特にガイドツアーとなると、通常の自転車とは異なる動き方をします。地元の人はA地点からB地点までまっすぐに向かいますが、ガイドツアーとなると観光スポットなどを見たくて、頻繁に停車します。つまり、すぐに身体が冷えるんです」
「観光客とガイドツアーをする場合は、通常よりもスピードもゆっくりになります。そうなると、余計に身体は温まりにくい」
変化する天候に逆らわないコペンハーゲン市民
「地元の人は自転車を1年中こぎますが、あまりにも天候が悪いとメトロ、電車、バスなどを使います。それでも、ほぼ毎日自転車をこいでいますね。今日みたいに雨が激しい時はオフィスの窓から天候が変わるのを待ちます。つまり晴れの日よりも、雨の日は20分間はオフィスにいる時間が長いかもしれませんが、地元の人はこのような状況には慣れていて順応します」
「天候や変化に挑むのではなく、その流れに乗るのです」
「雪の日は除雪車も走っているので、『雪が降っていても自転車はこげる』と地元の人は分かっています」
「雨の日が多いので自転車でこぐと、会社に着いた時には濡れます。でも多くの会社がシャワー室や着替えができる場所を用意していますよ」
なぜコペンハーゲンでは自転車文化がここまで発達したのか
「120年前に遡っても、人々は自転車をこいでいました。車文化が浸透する前から自転車文化は存在していたんです。でも車だと駐車場を探すのも大変ですし、駐車代も高い。自転車のほうが金銭的に安いし、車よりも早く都市を移動できます」
「コペンハーゲンの人は単に自転車をこぐことが本当に好きなんです。歴史と伝統的なメンタリティにも関係しているのでしょう。私の2人の子どもは5歳から自転車で生活していて、初めて自転車に乗ったとき、自由に移動できる解放感に驚いていました」
自転車で自立・自由・幸せに
「自転車は自由になるというマインドにも関係しています。自由、という言葉に尽きますね。まるでメディテーションかのような」
「車と自転車は全く違います。自転車に乗るということは外出するということ。職場から帰宅途中に新鮮な空気を吸うことで、マインドがクリアになります。車が渋滞で動かない時、あなたは席に座っていないといけないけれど、自転車なら自分でスピードを調整できます。まさに、自立した自由ともいえますね。デンマークが幸福度が高い国のひとつである要因に自転車も関係していると私は思いますよ」
天候に逆らわずに、雨や風とフローするライフスタイル
筆者「今日みたいな雨風が強い日だと、風に向かって自転車をこぐ人の顔が険しかったりもして、幸せや自由とはイメージしにくいですが?」
「反対に、風を背にして、風に押されながら、まるで飛んでいるかのように家に帰ることもできますね?山がほぼない国なので、道路も平らで自転車を使いやすいんです」
「ツール・ド・フランスのような自転車レースに参加する上手な自転車乗りがいる理由は、彼らが冬も自転車をこいでいるからでしょう。山で自転車をこぐ特訓をしたいならフランスに行ったほうがいいでしょうが、風が強い状態で自転車をこぐ特訓をするならデンマークが最適です」
「デンマークでは風が山のようなものなのです。以前は選挙に出馬したコメディアンが公約として『自転車をこぐ時は常に風を背中に』と掲げたくらいです。彼は当選しました。コペンハーゲンでは市長も大臣も自転車に乗っている様子を見かけることもありますよ」
筆者「20~30年後のコペンハーゲンの未来はどうなっていると思いますか?」
「自転車文化はまだあるでしょうね。今は多くはないですが、電動自転車が増えているかもしれません。高齢化が進んでいるので、電気の力を借りて自転車に乗り続けたいという世代が増えていそうです。中心地では車の出入りを廃止する動きもでてくるでしょうね」