消費増税報道を斬る(上)―安倍首相「決断」をめぐる異様な報道
主要各紙は先週までに、安倍晋三首相が来春の消費増税を「決断」したことを1面トップで相次いで報じた。しかし、安倍首相はまだ「増税を決断した」とは語っていない。(*1) この間、菅義偉官房長官は少なくとも3度の公式会見で「安倍首相はまだ決断していない」と指摘していた。にもかかわらず、各紙は、すでに増税を既定路線とみなしている。安倍首相が最終的にどのような発表を行おうとも、この間の増税「決断」報道の経緯は、記録にとどめておく必要があると思われる。
まず、主要メディアの報道をざっと振り返っておこう。報道に間違いがなければ、安倍首相は11日から20日にかけて、少なくとも4度(11日、12日、18日、20日)にわたり「決断」を繰り返したことになる。
官房長官の否定発言は無視
これら報道の間に、菅義偉官房長官は繰り返し、安倍首相はまだ決断していないと説明していたが、そうした発言が報じられることはなかった。
■菅義偉官房長官 記者会見(2013年9月12日午前) ※読売、共同、時事の報道の後
Q.消費税についてお伺いします。一部報道で、安倍総理が来年4月から8%に引き上げる方針を固めたと報じられています。長官の所見と事実関係をお願いします。
A.総理が消費税を引き上げるというですね、決断をしたという事実はありません。総理は種々の経済指標をしっかりと見きわめて、総理自身が来月上旬に判断をされるということであります。ただ、先般の閣僚懇でですね、消費税を引き上げる場合には経済への影響もあるため、十分な対応策が必要であり、そうした意味合いも含めて経済政策パッケージをまとめるように、総理から10日の閣僚懇で指示があったところであります。規模や中身については、これから甘利大臣と麻生大臣を中心に詰めていく、そこはそうした事実です。
Q.10日の閣僚懇でそうした指示があったということは、素直に受け取れば、消費税引き上げとセットで経済対策のパッケージもという受けとめもできると思うんですが、そうではないんですか。
A.私も実は総理との会談に同席をしました。さまざまな状況を考えた中で、総理は10月上旬に、私が責任を持って判断しますと、そういうことでしたから、全く固めたということは事実と違うと思います。
Q.同じ読売の報道で、経済対策の規模なんですが、5兆円規模で総理が指示を出したということなんですが、これは大体5兆円という指示なんでしょうか。
A.具体的な数字は全く出ておりません。
Q.数字というのも、じゃ、これから……。
A.今申し上げましたように、経済政策、パッケージ取りまとめるようにですね、総理がこういうことを指示したわけですから、それに基づいて、規模や中身については、今申し上げましたように、麻生大臣と甘利大臣との間で詰めていくということになるだろうと思います。ただ、そうしたもの全体を総理自身が掌握した上で、最終的に判断するということですから、まだ判断はしてません。
■菅義偉官房長官 記者会見(2013年9月13日午前) ※毎日の報道の後
Q.法人税の実効税率の引き下げの検討の必要性について、どうお考えになっているのか。また引き下げ検討の指示を具体的に出しているのかどうか。
A.まず、いろんな報道がありますけども、明快なことはですね、総理が消費税率引き上げを決断したという事実はないということです。種々の経済指標等をしっかり見きわめて、総理が来月上旬に判断をする、これが今の基本的な事実であります。ただ、消費税を引き上げる場合には、経済への影響もあるために十分な対応策が必要であると。そうした意味合いを含めて経済政策パッケージを取りまとめるように、総理から10日の閣僚懇の中で指示がされたということです。そして規模や中身について、これらについては甘利大臣、麻生大臣を中心に詰めていくという、それが今の状況です。ですから、中身は何も決まっていないということ。
■菅義偉官房長官 記者会見(2013年9月20日午後) ※産経、日経の報道の後
Q.(朝日新聞)消費税についてほぼ各社の報道で既に総理が決断をしていると、8%の4月の増税という方針を固めたということですが、私に取材力がないのか私はまだ事実確認できてないんですけど、実際のところ、総理はいつ決断して、側近である官房長官はどのように指示というか報告を受けているんでしょうか。
A.正直なところ、総理は、私は決断をしていないと思います。私ども総理、副総理、甘利大臣の4人で会談をした際も、それについては様々な引き上げた場合の対策を見ながら、総合的なパッケージの中で、総理は最終的に私が判断をします、と。そこまででありますから、総理ご自身からですね、もう決断したということは私は全く聞いておりません。私がかねてより申し上げてますように、10月になって短観等の数字を見た上でですね、総理自身その対策、そうしたものも含めた上で判断をすると、こういうふうに思っていますし、現実的にまだ判断をしてないと。今、対策のパッケージというものを出てくるのを見守っているということだろうというふうに思います。
Q.その上でお聞きしますが、総理と麻生財務大臣が会談されると思うんですが、その中で法人税の復興部分の前倒し部分と実効税率(引下げ?)を15年度から実施できるか検討するとか、アベノミクスとの連動性の高い部分で指示を出していると思うんですが、この辺がクリアできればアベノミクスにおいても消費増税に踏み切れる環境整備が整うという認識でよろしいんでしょうか。
A.まずですね、総理はまだ具体的に消費税どうするかっていうのは決断をしてないということです。それと同時に、復興税増税前倒し等いろんな記事が躍ってますけども、その復興財源25兆円を削ることはあり得ないということです。この予算についてはしっかり25兆円で行います。(以下、略)
ソースの表示なき記事は「ゴミ箱行き」
安倍首相は自らの肉声で「決断」の意思を表示したわけではない。仮に会見等の場で表明していれば「~を表明した」と報じられるし、一部の関係者に伝達していれば「決断したことを~に伝えた」と報じられる。しかし、今回はどのメディアも「表明」「伝達」いずれの事実も報じておらず、「意向を固めた」「決断した」といった表現で報じていた。
「意向」とか「決断」とかいう内面的事実を、メディアは一体どのように確認したというのだろうか。さまざまな周辺情報(増税に備えた経済政策の検討を指示した等)から「決断している可能性が高い」と推測できるからといって、「決断した」と断定していいはずがない。
もし、「決断」の裏付けを取れたなら、その根拠となる事実関係や、ソース(情報源)を読者に示してしかるべきである。ところが、各紙の「決断」報道は、日経新聞だけが「複数の政府関係者によると」と書いたほかは、全くソースについて触れていなかった。単に「安倍首相は…決断した」とだけ書いて、根拠やソースは何も書かなかったのである。ソース情報は、読者に報道内容の信ぴょう性や情報源の意図を知る重要な手がかりとなるものだ。それを全く示さない記事は、「メディアが書いたものだから信じなさい」と一方的に事実認識を押しつけているとみられても仕方がない。
元日経新聞記者の牧野洋氏によると、こうした「出所不明記事」は英字紙では記事として扱ってもらえず「ゴミ箱行き」となるそうだ(『官報複合体』講談社)。仮に「政府関係者によると」と表記したとしても、あまりに漠然としすぎていてソースを示したとはいえないという。
最初に「決断」を報じたのは増税先送り論の読売
意外にも、12日に安倍首相の「決断」を最初に報じた読売新聞は、8月31日付で「消費税率 『来春の8%』は見送るべきだ デフレからの脱却を最優先に」と題する社説を掲載していた。この社説は「日本経済の最重要課題は、デフレからの脱却である。消費税率引き上げで、ようやく上向いてきた景気を腰折れさせてしまえば元も子もない」で書き出している。実は、これと全く同じ発言を、安倍首相自身がテレビ朝日の単独インタビュー(9月17日収録、22日放送)でしていた。
読売新聞の社説は「今年4〜6月期の実質国内総生産(GDP)は、年率換算で2・6%増にとどまった。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の効果が見え始めてきたものの、民需主導の自律的回復というにはほど遠い。懸念されるのは、成長に伴って賃金が上昇し、雇用も拡大するというアベノミクスの好循環が実現していないことだ」として、来年4月の8%への引上げは見送るべきで、景気の本格回復を実現したうえで再来年10月に5%から10%へ引き上げるべきだと主張していた。ところが、安倍首相が最終判断するとされている10月上旬より3週間も前に、読売は他紙に先駆けて「決断」を”特報”した。その代償に、以後、社論を主張し続ける機会を自ら封じてしまった(そうやって首相の「決断」を覆せば、結果的に誤報となってしまう)。
他方、主要紙の中で「決断」報道に最も慎重だったのが朝日新聞だった。朝日は9月11日付社説で、読売とは逆に、予定どおり引き上げるべきとの主張を展開した。だが、19日に産経と日経が遅れて「決断」を報じると、朝日は20日付朝刊で「安倍晋三首相は、来年4月に消費税率を現行5%から8%に引き上げるか20日に判断する意向を固めた」と自ら退路を断った。だが、20日午後の官房長官会見の時点で、同紙の記者は「私はまだ事実確認できてないんですけど、実際のところ、総理はいつ決断して、側近である官房長官はどのように指示というか報告を受けているんでしょうか」と率直に質問しており、菅官房長官は「総理ご自身からもう決断したということは私は全く聞いておりません」と答えていた。
そのわずか数時間後、朝日新聞は電子版で「決断」を速報。翌日朝刊は、20日午後4時18分すぎから行われた、麻生副総理兼財務相、甘利経済再生相との会談で安倍首相が「決断」に至ったと解説した。しかし、そこでも、安倍首相が「決断」したことを裏付ける情報やソースは、やはり明らかにされなかった。
「決断」は早晩、国民の前に明らかにされることだった。各メディアがすべきことは、競って首相の心の中を読み取ることではなかったはずだ。この目下最大の政策テーマについて、「決断」が下されるギリギリまで、様々な観点で徹底的に分析し、分かりやすく論点を整理し、論者に議論を戦わせ、国民や政治家に有益な判断材料を提供し、自社の旗幟を鮮明にすること。10月上旬までにいろいろな観点で、紙面をにぎわせ、人々の「政策」に対する関心を高めることができたはずだ。
各紙が競ってした「決断」前倒し報道は、熟議の時間を減らす以外にいったい何をもたらしたのだろうか(消費増税報道を斬る(下)―日経新聞「増税後も景気改善4割」にみる”世論操作”に続く)。
■参考【注意報】来年の消費増税 「首相の決断事実ない」と官房長官(2013/9/13第1報)
(*1) 本記事掲載後、安倍首相が25日、訪米同行記者団に対し、「まだ消費税を引き上げるかどうか決めていない。さまざまな経済指標を分析しながら判断していきたい」と述べていたことが明らかになりました。「みちばな しとう」様、情報提供ありがとうございました。(2013/9/26 12:30追記)