「帝王切開だと子どもへの愛情が湧きにくい」は本当? 専門医がデータから解説
妊娠・出産はなかなか想定通りにはいかないもの
「無痛分娩を希望していたのに緊急帝王切開になってしまった」
「妊娠経過は順調と言われていたのに難産で吸引分娩になった」
「妊娠中に高血圧症を合併してしまい大学病院での出産になった」
このような声を耳にすることは少なくありません。
妊娠すると、多くの人は「理想的な妊娠・出産イメージ」を持つでしょう。
それ自体は悪いことではないですが、現実的にはそうそうイメージ通りにはいきません。
例えば、妊娠・出産に関連するデータには以下のようなものがあります。
・おおむね5%程度は早産となってしまう
・約3〜4%の妊婦が妊娠高血圧症候群を合併する
・全ての出産のうち20〜25%は結果的に帝王切開となっている
このため、当初のイメージとは異なる妊娠経過や出産方法となる場合は決して珍しくないのです。
出産方法によって子どもへの愛情が異なるってホント?
上記の通り、帝王切開で産まれる赤ちゃんは全体の1/5〜1/4程度を占めますが、ときどき「帝王切開で産むと子どもへの愛情が湧きにくい」という第三者からの発言を耳にすることがあります。
その際に述べられる主な理由は「自分の身体を痛めて産んだわけじゃないから」「自分の陣痛の力で産んだわけじゃないから」というもの。
でも、それって本当なのでしょうか?
こうした発言によって深く傷付いてしまう女性や子どもがいると考えれば、根拠なく安易に発言すべきものではないでしょう。
実際に、これまで各国でこうしたテーマの研究がされてきました。
これから、しっかりとデータに基づいてその真偽を確認していきましょう。
分娩方法と子どもへの愛着に関する研究
2020年2月に学術論文として掲載された日本からの大規模な研究報告があります。(文献1)
これはエコチル調査と呼ばれる研究プロジェクトの一つで、約83,000人の産後女性を対象に、産後1年経過時点のボンディング(子どもへの愛着)の程度を評価し、帝王切開かどうかで差があるのかを分析しました。
その結果、「子どもへの愛情の欠如」について、経腟分娩と帝王切開で比較したところ、両者で差はみられませんでした。
これは、初産婦でも経産婦でも同様の結果でした。
つまり、非常に多くの日本人データを分析した結果、
「帝王切開かどうかによって子どもへの愛着に差はなかった」
と考えて良いでしょう。
予定帝王切開か緊急帝王切開かの違い
それでは、帝王切開となった状況によって違いはあるのでしょうか?
帝王切開には、大きく分けて以下の2種類があります。
(1) 予定帝王切開:計画的な手術(逆子など)
(2) 緊急帝王切開:緊急で決まった手術(分娩中の急激な血圧上昇など)
この2つではだいぶ状況が異なるため、別々に考えた方がいいのではという意見もあるでしょう。
そこで、海外からの研究報告をご紹介します。(文献2)
このイタリアからの研究は2016年と少し古いものですが、573名の産後女性を3つのグループ(経腟分娩、予定帝王切開、緊急帝王切開)に分けて、ボンディングの程度を分析したものです。
その結果、緊急帝王切開を受けた女性グループでは、予定帝王切開を受けたグループよりもわずかながらボンディングの程度が低いということがわかりました。
しかし、本研究では帝王切開を受けた2つのグループがそれぞれ70〜80名しか含まれておらず、小規模なため結果の正確性には注意して解釈する必要があります。また、お母さん自身の問題ではなく、緊急帝王切開だったことから様々な環境・状況が特殊だったとも想像できます。
あくまでも参考と考えておく方が良いでしょう。
命の誕生は、分娩方法と関係なく等しく尊いもの
今回、「帝王切開だと子どもへの愛情を持ちにくい?」という疑問への回答を述べました。
他にも大小様々な研究報告がありますが、現時点で得られるデータからは以下のように理解しておくと良いのではないでしょうか。
・帝王切開かどうかによって子どもへの愛着に差はないと考えられる
産婦人科医としては、日々多くの妊婦健診や出産現場に立ち会う中で、様々なトラブルに遭遇します。
その中には、悲しいことにお腹の中で亡くなってしまう赤ちゃんや、早産として生まれたけれど一歳の誕生日を迎える前に亡くなってしまう子どもがいます。
産婦人科医として願うことは「母子ともに無事に出産を終えてほしい」ということだけ。
全ての出産は等しく尊いものだと思います。
外部からの余計な情報に流されることなく、そして分娩方法を気にすることなく、ぜひ自信を持ってお子さんと楽しい時間を過ごしてくださいね。
*なお、「産後うつ」は誰もがなり得るとても辛い疾患です。以下の記事をご参照ください。
・妊娠中や産後の「うつ」、コロナ禍で増加か 産婦人科医が予防法を解説
参考文献
1. Yoshida T, et al. J Affect Disord. 2020;263:516-520.
2. Zanardo V, et al. Early Hum Dev. 2016;99:17-20.