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ぜひ全ての男女に知ってほしい、周産期うつについて。

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:Panther Media/アフロイメージマート)

日本で大きな課題となっている「虐待報告件数増加」や「産褥婦の自殺」

日本では、世界の中でもトップレベルの「妊娠出産を安全に迎えることができる体制」が整っています。

それは、周産期死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率、妊産婦死亡率などの指標をみてもわかります。

しかしながら、近年では妊産婦や育児中の女性におけるいくつかの課題が浮き彫りになってきています。

その例として、「虐待報告数増加」や「産褥婦の自殺」が挙げられます。

厚生労働省から発表されている児童相談所での児童虐待相談対応件数は年々増加傾向にあり、保護者の精神疾患や精神不安、育児ストレスなどが背景に存在すると考えられています。

また、2016年以降、妊産婦における自殺が想定以上に多く発生していることが把握され、母体死亡の原因の第一位は自殺であることが明らかになっています。これらには、産後うつをはじめとした精神疾患が強く関連していることも報告されています。

(文献1〜3)

うつ病は妊娠中に約10〜12%、産後で約10〜15%程度にみられる

妊娠期〜産後一年以内に発症するうつ病を「周産期うつ」と呼びます。

海外からの研究によれば、妊娠中では約10〜12%、産後では約10〜15%にうつ病が認められるとされています。(文献4,5)

また、ちょうど今年の6月に日本からのメタ分析が報告され、やはり同等もしくはやや高い発症率であることがわかっています。(文献6)

「産後うつ」という言葉に比べ、妊娠中のうつ病はあまり知られていませんが、実は8〜10人に1人が妊娠中にうつ病を合併すると考えられているのです。

また、妊娠中の不安やうつ病は、妊娠へ大きな影響を与えます。

近年の研究報告では、妊娠中のこうした精神的症状は、早産(妊娠37週未満での出産)や低出生体重児(出生児体重2500g未満)の発生割合の上昇に関連するとされています。(文献7)

また、出産前の母親のストレス、不安、およびうつ病は、生まれた子どもへの長期的な影響(痛みやストレスに対する反応性の変化や注意力の変化、睡眠障害など)もあることがわかってきています。(文献8)

産後うつは、産後3ヶ月以内に発症しやすいですが、産後1年間のいつでも起こる可能性があります。

そして、産後うつは自殺とも強く関連しています。これは絶対に防がなければなりません。

私が報告した研究結果でも、自殺を試みた女性は妊娠中よりも産後でより死亡率が高い可能性が示唆されています。(文献9)

自分自身では、うつ状態になると「自分はおかしな状態だ」ということが認識できにくくなってしまうため、周囲からのケアやサポートが不可欠です。

どんな人が周産期うつになりやすい?

周産期うつのリスク因子には、以下のようなものがあると考えられています 。(文献10)

(1)若年妊婦

(2)精神疾患既往歴

(3)アルコールや薬物の乱用歴

(4)妊娠や出産に対する不安の訴えの持続

(5)夫が非協力的で夫婦関係が悪い

(6)シングルマザー

(7)自身の周囲(家族や友人)からのサポートが乏しい

(8)今回の妊娠前後から出産までに経験するライフイベント(本人や家族の重篤な疾患、離婚や死別、経済的困窮など)

(9)流産や死産の経験

(10)産後の重いマタニティブルーズ

ただし、上記のものとは別に、産後では育児に伴う要素として当然のように、そして常に、

・慢性的な睡眠不足

・自分1人の時間がほとんど取れないストレス

・子どもの健康を守らなければならないという精神的不安と負担

・自分自身のアイデンティティの揺らぎ(母親としての存在への移行)

などを抱えることになるのです。

つまり、特に産後の身体的・精神的な負担は相当なものであり、「誰にでも産後うつは起こりうる」と考えることが重要です。

「母親は育児を1人でやって当然だ」

「誰でもきちんと育児をできている」

「弱音を吐くなんてとんでもない」

このような考え方は、医学的にみると全くの的外れで、何の根拠もメリットもありません。

今でも時々このような言葉を耳にしますが、これだけ様々なエビデンスが明らかになっている状況では、前時代的な考え方と言わざるを得ないでしょう。

ぜひ、少しでも育児の負担を減らし、心身の休息が取れるような工夫と調整を心がけてほしいと思います。

最近では、産後の女性のための「産後ケア施設」も増えてきており、ぜひ活用をお勧めします。

お住まいの自治体から利用料の補助が出ることもありますので、確認してみてくださいね。

また、「産前産後の切れ目ないケア」の仕組みを早急に、かつ継続的に実現することも急務でしょう。

これにはリアルなサポートだけでなく、スマホ等を活用したオンライン相談も有効なのではないかと考えています。

簡単にできる「うつ病かも?」のチェック方法とは

それでは、うつ状態になっているかをチェックできる方法をご紹介します。

「2項目質問法」と呼ばれるものです。(文献11)

(1) この1か月間、気分が沈んだり、憂うつな気持ちになったりすることがよくありましたか?

(2) この1か月間、どうも物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか?

このどちらかにでも、「はい」という回答であれば、うつ状態の可能性があるとされています。

ぜひ、出産した医療機関や、お住まいの保健センターへ早めに相談してください。

子どもは社会全体で守り、育てるべき存在

最近では家庭同士の繋がりが疎遠になりがちで、どうしても「家庭内の閉鎖環境」ができやすい社会構造になっているのかもしれません。

ところが、少し前までは日本でも「みんなで子どもを育てる」という意識と文化がありました。

"It takes a village to raise a child." (一人の子どもを育てるには村中みんなのちからが必要だ。)

これはアフリカの古いことわざのようです。

国や時代は違えど、「子どもは社会の宝であり、みんな笑顔で元気に育ってほしい」と思うことが、ごく自然な文化であってほしいなと思います。

参考文献:

1. 厚生労働省:平成30年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数(速報値)

2. 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会:子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)2019年

3. 竹田 省:妊産婦死亡“ゼロ”への挑戦,日産婦誌 2016;68(9):1815-1822.

4. Pearlstein T. Depression during Pregnancy. Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 2015;29(5):754-764.

5. Brummelte S, et al. Postpartum depression: Etiology, treatment and consequences for maternal care. Horm Behav. 2016;77:153-166.

6. Tokumitsu K, et al. Prevalence of perinatal depression among Japanese women: a meta-analysis. Ann Gen Psychiatry. 2020;19:41.

7. Szegda K, et al. Depression during pregnancy: a risk factor for adverse neonatal outcomes? A critical review of the literature. J Matern Fetal Neonatal Med. 2014;27(9):960-967.

8. Suri R, et al. Acute and long-term behavioral outcome of infants and children exposed in utero to either maternal depression or antidepressants: a review of the literature. J Clin Psychiatry. 2014;75(10):e1142-e1152.

9. Shigemi D, et al. Suicide Attempts Among Pregnant and Postpartum Women in Japan: A Nationwide Retrospective Cohort Study. J Clin Psychiatry. 2020;81(3):19m12993.

10. Biaggi A, et al. Identifying the women at risk of antenatal anxiety and depression: A systematic review. J Affect Disord. 2016;191:62-77.

11. Bosanquet K, et al. Diagnostic accuracy of the Whooley questions for the identification of depression: a diagnostic meta-analysis. BMJ Open. 2015;5(12):e008913.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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