少子化が進む日本でこそ知っておきたい、男性のSRHRとは?
SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights、性と生殖の健康と権利)とは、個人が健康で充実した性と生殖の生活を送り、その権利を保障されることを目指す重要な概念です。
これは、以下の4つの基本的な要素で構成されています。
- 性の健康:自分自身の性に関する健康を守り、病気の予防や治療、性教育を含め、身体的・精神的に健やかに生活することができる状態のこと。
- 生殖の健康:妊娠や出産、避妊に関する健康を守ることを含む。安全でリスクの少ない妊娠・出産を迎えられること、そして必要に応じて適切な医療を受けられる環境のこと。
- 性の権利:個人が自分の性について自由に選択し、他者からの差別や強制を受けずに、自己の意思で決定できる権利を意味する。これは、性的指向や性別、恋愛においても尊重されるべき基本的な権利。
- 生殖の権利:子どもを持つか持たないか、そのタイミングや間隔について自由に決められる権利を指す。避妊の選択や不妊治療へのアクセスなど、個人の生殖に関する選択肢が確保されることが求められる。
これらの権利が守られることにより、すべての人が身体的にも精神的にも健康で満たされた生活を送るための基盤が整うとされています。また、SRHRはジェンダー平等や社会的な公平性を進めるうえでも重要な役割を果たしています。
このためには、性教育や適切な医療サービスへのアクセスを向上させることが、個人と社会全体の健康と福祉を高めるための一助となるのです。
そして、こうしたSRHRは少子化が進む今の日本においても重要な意味を持ちます。
今回は、女性にフォーカスされがちなSRHRを、男性に焦点を当てて考えてみたいと思います。
男性におけるSRHRのポイントは?
男性におけるSRHRは、性と生殖の健康と権利を男性にも適用するもので、重要なポイントとして例えば以下の5つが挙げられます。
- 性教育と自己決定権:男性も正確な性教育を受け、自分の性に関する決定を他者からの強制や圧力なしに行える権利があります。正しい情報に基づいて避妊の方法や性感染症予防について学ぶことが不可欠です。
- 家族計画:男性も家族計画に関してパートナーと対等に話し合い、子どもを持つか持たないか、時期などを決める権利があります。また、避妊に関しても、コンドームなどの選択肢を積極的に検討し、共有する責任があります。
- 性感染症予防と健康管理:性行為に伴う感染症予防や検査・治療を受けることも、男性自身の健康を守るうえで重要です。同時に、早期の検査やワクチン接種などにより、パートナーや家族の健康も守ることができます。
- 精神的・心理的なサポート:性や生殖に関するプレッシャーやストレスを軽減するために、男性も心理的サポートを受けられる環境が必要です。性の問題や家族計画に関する不安を安心して相談できる場が求められていますが、その不十分さが課題になっています。
- ジェンダー平等と尊重:男性がSRHRを理解し、尊重することは、パートナーや家族と良好な関係を築き、ジェンダー平等を進めるために重要です。自分とパートナーの権利や健康を尊重することは、個々人のSRHRを向上させていくためにとても重要です。
これまで、SRHRという文脈で男性は、女性のパートナーや、家族における夫・父親という形で「関与させる」存在として扱われてきた傾向があります。
しかしながら、SRHRの課題を解決するためには、男性も主体的に関わっていくことが必要であり、カイロの国際人口開発会議でも男性の関与が重要であると強調されています。
海外では、2010年頃から男性にもフォーカスがあてられるようになってきています。
日本社会にある具体的な課題とは?
それでは、男性におけるSRHRについて、日本社会にある具体的な課題を考えていきましょう。
(1) 性教育の不足と誤情報の拡散
日本社会における男性の性教育の不足と誤情報の拡散は、若い世代から成人に至るまで幅広い影響を及ぼしており、大きな課題となっています。具体的には、学校教育における性教育の内容が限定的で不十分であること、社会全体で性に関する話題がタブー視されがちなこと、そしてデジタル化に伴う誤情報の拡散が要因として挙げられます。
まず、学校教育では、性教育のカリキュラムが主に生殖や身体の変化に焦点を当てた内容にとどまる傾向があり、男性が自分の性や生殖に対する責任や健康について十分に学ぶ機会が限られています。これにより、避妊方法の選択肢、性感染症予防や検査の具体的な方法、さらにはパートナーとのコミュニケーションの重要性や性的同意について学ぶ機会が不足しています。特に、避妊の責任が女性に偏っているという意識が、十分に性教育が行き届いていない背景に関連していると考えられます。
また、特に若い世代にとって、性についての正確な情報を得ることが難しく、インターネットやSNSで手軽にアクセスできる情報が大きな影響力を持つようになっていますが、そこに誤情報が含まれているリスクも高まっています。正確な知識を持っていないと、インターネット上で見つけた不確かな情報や偏見に基づいた意見に依存してしまい、健康リスクや誤った認識を持ってしまう恐れがあります。たとえば、「症状がなければ性感染症にはかかっていない」という誤った認識や、「安全日なら妊娠しない」という誤解が生まれ、パートナーや自分の健康に対するリスクを軽視してしまうことにつながります。
(2) 避妊に対する責任意識の希薄さ
日本社会において、男性が避妊に対して主体的に関わる意識が薄いという問題は、SRHRの観点からも大きな課題です。多くの場合、避妊の責任が女性に偏り、男性が避妊の選択肢や方法について十分に理解していない、あるいは関心を持たない状況が見受けられます。これは、性教育や社会的な固定観念の影響を受けた結果と考えられ、個人の健康だけでなく、パートナーシップにおける信頼関係や協力体制にまで影響を及ぼします。
まず、前述した通り、学校教育の場での性教育が不十分なことが、この問題の一因でしょう。たとえば、コンドームやピルなどの避妊方法について詳しく学ぶことが少なく、避妊における役割分担が偏りやすい状況を招いています。この結果、男性側が避妊についての主体的な行動をとらず、女性に任せきりになってしまうケースが多く、責任分担の不均衡が生じます。特に、日本ではピルの普及率が低く、避妊に関する話し合いがパートナー間で不足している場合も多いです。
さらに、避妊に関する誤解や偏見が根強く残っていることも課題です。たとえば、コンドームの使用に関して、「快感が損なわれる」「手間がかかる」といった否定的な意見が多く、男性がコンドームを使いたがらない傾向があります。このような姿勢により、パートナーとのコミュニケーションエラーや信頼関係の欠如につながることも少なくありません。また、避妊に関する話題を避けることで、避妊の重要性が軽視され、結果的に望まない妊娠や性病感染のリスクが増大します。
加えて、男性が避妊についてパートナーと話し合う機会が少ない点も挙げられるでしょう。避妊は本来、双方が協力して行うべきものですが、日本では性に関するオープンな対話に慣れていない人も多く、パートナー間での避妊についての話し合いがきちんとできていないケースも多いように感じます。
(3) 性感染症検査へのアクセスと意識の低さ
日本社会における男性の性感染症検査へのアクセスと意識の低さは、SRHRにおける大きな課題です。特に性感染症は無症状で進行することも少なくなく、男性が感染に気づかないまま放置してしまうケースが多く見られます。これにより、個人の健康へのリスクはもちろん、パートナーやさらには社会全体への感染拡大のリスクも高まります。最近では梅毒の拡大が問題視されています(参考記事:近年、感染者数が激増している「梅毒」の怖さとは? #専門家のまとめ)。
まず、男性の意識が低い要因の一つは、性感染症に関する教育と知識の不足が主要因と考えられます。例えば、無症状であっても感染リスクが存在することを理解していないことが少なくありません。特に、日本では学校教育で性感染症のリスクや検査の重要性が具体的かつ十分に教えられないことが多く、危機意識が育ちにくいのが現状です。このため、感染リスクがある状況であっても「自分は大丈夫だろう」と安易に考え、検査を避けてしまうことが多くなります。
また、検査を受けることに対する抵抗感も大きな問題です。自身が感染した可能性を認めること自体に対する心理的な抵抗を抱き、病院等での検査を受けることが恥ずかしい、あるいは不安だと感じることが少なくありません。こうした抵抗感が検査を避ける要因となり、結果的に感染の発見や治療が遅れてしまいます。男性は女性に比べ、かかりつけの専門医(女性なら産婦人科)を持っていることが少なく、将来の妊娠可能性について考える機会が少ないというのも影響しているでしょう。
(4) 男性不妊に対する理解とサポートの不足
男性不妊に対する理解とサポートの不足も重要な課題です。不妊の問題は男女双方に起因する可能性があるにもかかわらず、日本では依然として不妊治療の主体が女性に偏りがちです。これにより、男性側の不妊に対する社会的なサポートの不均衡を生み出しています。
まず、男性不妊に対する認識不足がこの問題の根本にあるでしょう。不妊の原因がおおよそ男女半々くらいの程度で存在するにもかかわらず、日本社会では「不妊治療=女性が主体で行うもの」という認識が根強く、男性側が自らの不妊の可能性を疑うことや、治療に積極的に関わるケースは少ないのが現状です。特に、男性の不妊は無症状で気づかれにくいものも多く、結果的に女性が治療の負担を多く抱える傾向にあります。このような意識の偏りは、男性が自身の性と生殖の健康について主体的に関わる機会を減らしているとも言え、不妊治療の効率性にも影響を与えています。
次に、男性が不妊検査・治療を受けることに対する心理的抵抗が大きいことも現状の課題でしょう。特に、まだまだ、治療を受けることに対して恥ずかしさや不安を感じる男性は少なくありません。不妊はしばしば社会的なプレッシャーと結びつき、男性にとっては自己価値や男性性への否定と捉えられがちです。そのため、結果として治療の開始が遅れることや、女性側が負担を多く抱えるケースがあります。特に、男性が自身の不妊の可能性について認められない場合には、家庭内での話し合いも十分持てず、治療に向けた共通理解が得られない状況が生じることも多いです。
また、日本の医療体制においても男性不妊へのアクセスが限られていることが問題となっています。男性不妊に特化したクリニックや専門医が少なく、気軽に相談やカウンセリングを受けられる場や機会が限られているため、適切な医療を受けるまでに時間や手間がかかるケースは女性より増えやすい傾向もあります。特に、泌尿器科や男性不妊専門の医療機関での受診が抵抗なく行える環境が求められている一方で、実際にはまだ数が十分とは言えず、受診へのハードルが高い状況が続いています。
社会的なサポート体制も不足しているのが現状です。日本では不妊治療における女性への支援が進んでいる一方で、男性への支援はまだ限定的であり、特に心理的サポートが不足しています。男性が不妊治療について周囲に相談する場が少なく、家族や友人、さらには職場においても理解を得られにくい環境に置かれていることが多いと考えられます。こうした状況が、男性が検査や治療を受けることをためらう原因の一つなのでしょう。また、職場での理解が乏しいため、不妊治療と仕事の両立が難しいと感じる男性も多く、これが治療の継続を困難にする一因ともなっています。
(5) 男性の育児参加
男性の育児参加が徐々に積極的になっている昨今。父親の役割として、ジェンダーに関係なく子育てをする風潮は当然大事ですが、子どもが産まれて子育てに関わりたいのに、お金を稼ぐために長時間労働を止められないというケースは男性側に多い問題点と言えるでしょう。
こうした課題の大元は企業の責任ではありつつも、社会構造の問題とも言えます。スポットライトが当たりにくいですが、これが男性側における辛さ(もっと育児に参加したり子どもと一緒の時間を過ごしたいのに、それが叶わない)のひとつに挙げられるでしょう。
上記の他にも、ゲイの男性やトランスジェンダーの権利が守られていない点も、SRHRにおける課題に含まれます。
日本以外の国や地域における男性のSRHRに関する課題とは?
日本以外の国々においても、男性のSRHRには以下のような課題が指摘されています。日本と重なる点も多く、日本だけの問題では決してないことがお分かりになると思います。
- 有害な男性性規範の影響
多くの社会で、伝統的な「男らしさ」に関する規範が男性の健康行動にネガティブな影響を及ぼしているとされています。例えば、「カッコよさ」「男らしさ」の誤ったイメージに基づき、リスクの高い性行動や避妊の軽視、性感染症(STI)予防策の不十分さ、違法薬物使用などにつながる行動が取られやすいことが挙げられます。 - 性教育の不足と誤情報の拡散
多くの国で、男性向けの包括的な性教育が不足しており、正確な情報へのアクセスが限られています。国によって性教育の仕組みや程度は異なるので、日本以外の国が全て十分だというわけではありません。セクシャルマイノリティーの方々の過ごしにくさや権利が守られていない点も、日本だけの問題ではありません。 - 男性不妊に対する認識と治療へのアクセスの制限
男性不妊は世界的な問題でありながら、多くの国でまだ認識が低く、治療へのアクセスも限られています。特に、男性不妊に関する社会的なスティグマや偏見が、男性が検査や治療を受けることを妨げているとされており、これは欧州などでも同様です。 - 性暴力の加害者としての関与と予防教育の不足
一部の国では、男性が性暴力の加害者となるケースが多く報告されています。しかし、男性を対象とした性暴力予防教育や、健全な性行動を促進するプログラムが不足しており、問題の解決がなかなか進んでいません。 - メンタルヘルスと性に関する悩みへのサポート不足
性機能障害や性に関する悩みを抱える男性が、適切な心理的サポートを受けられない状況が多くの国で見られます。特に、性に関する問題を話題にすることがタブー視される文化では、男性が専門的な支援を求めることが難しい状況です。
上記に関連して、「害を及ぼす男らしさ (harmful masculinities) 」の影響に対処するため、より多くの研究が必要であることが、国際的な医学雑誌「ランセット ・ グローバルヘルス誌」に掲載された研究調査に基づく新たな優先研究課題として、WHOのページに掲載されました(2024年4月)。
日本で男性のSRHRを向上させていくために
本記事では男性のSRHRにフォーカスし、さまざまな課題があることをお示ししました。課題解決のためには、以下のようなアクションを複合的に推進していく必要があるでしょう。
私自身も、産婦人科医として男子校などでの性教育に携わっており、男性目線での課題解決に貢献していきたいと思っています。(参考ニュースレター記事:【前編】母校(男子校)で中学生に性教育講演しました 〜学生向け講演内容の一部を紹介〜)
・学校における十分な性教育
・大人になってからも適切な情報を取得できる環境作り
・「男らしさ」の呪いをなくし相談や対話をしやすい風土作り
・医療機関やカウンセリングにおけるアクセス向上
ライフプランの構築や不妊への関連も大きいですので、少子化が進む日本においてもきちんと推し進められるべきものだと思っています。
本記事が、男性におけるSRHRの正しい認識や調べるきっかけに繋がれば幸いです。