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目が不自由な妻が見るエロチックな夢の意味は?心理サスペンス「かごの中の瞳」はここが斬新!

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 人は突然の事故で視力や聴力を失うと、そもそも持っていた性格まで変わってしまうことがあるのかも知れない。本来の自分を知らず知らずのうちに封印してしまうことが。近く公開される「かごの中の瞳」はそんな人間の本質に大胆に切り込む、恐らく誰も見たことがない心理サスペンスだ。

 交通事故で失明したヒロインのジーナは、事故後に出会い、結婚した夫のジェームズと彼の赴任先であるタイのバンコクで平穏な生活を送っている。保険会社に勤務するジェームズは仕事に忙殺されながらも、妻にとって最も近しい介護人だ。

 ひとつ気がかりなのは、2人で何度試みても子供が授からないことくらいだろうか。

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 そんな夫婦の関係に小さな亀裂が走ったのは、ジーナが念願の角膜移植手術を受けて、少しずつ視力を取り戻し始めた頃だ。かすかに視界が開けたことで、ジーナは寝起きのシャワーが顔に降りかかる様子を確認しながら浴び、部屋のレイアウトを確かめ、まだ事故の傷が少し残る顔を鏡に写し、自分なりのメイクを施し、服を選び、さらに髪をブルネットからブロンドに染め、愛犬のジンジャーを連れて足取りも軽やかに散歩にも出かけられるようになる。妻がみるみる女性として目ざめていく姿に、ジェームズが少なからず不安を感じたのは、彼がジーナに対して初めて見る自分の顔をどう思うか聞いた時のこと。彼女の答えはジェームズが秘かに期待していた「想像通りだったわ」でも「想像以上だったわ」でもなく、「想像と違っていたわ。。。いい意味でね」だったのだ。

 そう、ジーナは視力を取り戻したことで、初めて夫と"面会"したのである。

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 やがて、ジーナはより大胆かつ奔放な行動を取り始め、ジェームズの不安は増幅するばかり。自由奔放なジーナとは対照的に、ジェームズは生来が真面目で嫉妬深く、面白味のない性格だったことが徐々に明らかになって行く。では、ジーナはどうか?それを暗示させるのは、映画の冒頭に登場し、その後も彼女の脳裏に浮かんでは消える複数の男女が全裸で入り乱れるエロチックな夢だ。つまり、それがジーナ本来の願望であり、本当の自分だったのだ。

 こうして、リスクを冒して同じ視界を共有できるようになった夫婦は、皮肉にも、目には見えない相手の闇に取り込まれて、いつしか双方の裏切りを"目の当たり"にすることになる。

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 そこが、オードリー・ヘプバーンが同じく交通事故で失明した女性を熱演する「暗くなるまで待って」(67)や、アル・パチーノが視覚障害者の退役軍人に扮する「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」(92)等、見えないハンデをカバーして余りある主人公たちの研ぎ澄まされた感覚を物語の肝に据えた、同じジャンルに属する過去の作品群とは違う点だ。

 ジーナがとらえる風景をあらゆる手法を用いてビジュアル化した多様な主観ショット、舞台となるバンコクやスペインのエスニックな魅力、不妊問題、男女差別等、他にも無視できない大事な要素がたくさん詰まっている本作。

 最大の魅力はやはりジーナを演じるブレイク・ライヴリーだろうか。

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 前半、控えめにしていても目立つ古典的な美貌とモデル並みのスタイルが、後半爆発するメリハリの良さはライヴリーならでは。ジェームズを演じるジェイソン・クラークの地味すぎるルックスと対比させると、話の展開までもが否が応でも見えてくる。このキャスティングには最初からちゃんと意味があるのだ。

 ミステリアスでエスニックで少しだけエロチックな愛憎のミステリーは、季節の変わり目に観るには絶好の1本ではないだろうか!?

『かごの中の瞳』

監督・脚本:マーク・フォースター 

出演:ブレイク・ライヴリー、ジェイソン・クラーク、ダニー・ヒューストン

2016年/アメリカ/英語/上映時間:109分/R-15

配給:キノフィルムズ/木下グループ  

(c)2016 SC INTERNATIONAL PICTURES. LTD  

9月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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