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世界の狂気を知るために。必見の公開映画『関心領域 Zone of Interest』ほか4本

渥美志保映画ライター
(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

『関心領域 Zone of Interest』

第二次世界大戦下のポーランド、アウシュビッツ。ユダヤ人収容所の長ルドルフ・ヘスは、プールと温室がある広々とした庭つきの邸宅で5人の子どもたちと幸せな暮らしを営んでいる。周囲の豊かな自然と自身が隅々までデザインした邸宅での生活を満喫する妻ヘドウィグは、夫の転勤が決まったにもかかわらず、子どもたちとこの地にとどまることを希望する。アウシュビッツでの日々はまさに「理想の生活」だったーーただ一点、「壁の向こう側」を気にしなければ。誰もが羨む美しく平和な生活のバックグラウンドには、常に銃声と叫び声がかすかに響き、遠くに見える高い煙突からは人間を灰にした煙が立ち上る。略奪された贅沢品を普通に使い、壁一枚隔てた場所で行われている殺戮を知りながら、徹底して無関心でいられる家族たちの姿は、オスカー受賞式で監督ジョナサン・グレイザーが言及したガザの虐殺に対する人々の態度にもつながっている。第76回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞、アカデミー賞にて国際長編映画賞と音響賞の2部門受賞。

#関心領域 Zone of Interest』 5月24日公開(金)

 #カンヌ国際映画祭グランプリ

『人間の境界』

「最も安全にEUに入る方法は、ベラルーシから森林地帯の国境を超えてポーランドに入ること」ーーそんな情報を得たシリア人たちを満載したベラルーシ行きの機内に、ISの拷問を受けた父親とともに内戦を生き延びた一家がいた。スウェーデンの親類を頼って徒歩で国境を超えた彼らは、だがすぐさま国境警備隊に捕らえられ、ベラルーシに強制送還され……。両国が「人間兵器」と呼び難民を押し付け合う国境地帯の隠された事実を、ポーランドの巨匠アグネシュカ・ホランドが暴いた作品。極寒の国境地帯を水や食べ物もないまま彷徨うシリア人一家、彼らを救おうとする活動家たちの無力感、非人間的に扱われる難民たちに差別意識丸出しの、もしくは心を痛める国境警備隊たち……綿密な取材と、実際の難民や活動家たちを俳優として使うことで、作品には劇映画とは思えないリアルさが横溢する。そもそもはEUを混乱に陥れるためのベラルーシ側の意図に端を発しているが、ラストで示されるポーランドによるウクライナ難民の無条件の受け入れ(その数は「人間兵器」の100倍に近い)を見れば、そこに人種差別があるのは明白に思える。

#人間の境界』 現在公開中 #ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞

『ありふれた教室』

ドイツのとある中学校。続発する盗難事件の犯人を探す教師たちは生徒に密告を強い、「犯人らしき人物」として中東系のある生徒を両親とともに呼び出す。学校側のそのやり方に反発したポーランド系の新任教師カーラは、別の方法で真相究明に動き「犯人らしき人物」を突き止めるが、そのことが思わぬ騒動に発展してゆき……。映画が単なる事件をめぐるサスペンスにおわらないのは学校を覆う疑心暗鬼と対立が浮き彫りにするのは、生徒や教師の多様な属性ーー人種、世代、言語、家庭環境、性的指向などへの偏見だ。さらに付け加えるなら、たとえ「一番悪いのは教師」だったとしても、学校は教師を処分することはしない。なぜなら日本同様、絶対的な教員不足に陥っているからである。そんな中で映画が問いかけるのは「特定の誰かを排除することで問題を解決する”不寛容さ”が最良の策なのか?」だ。つまるところ学校は多様な社会の縮図で、「それやってたら、誰もいなくなっちゃうのでは?」という世界を描いている。

#ありふれた教室』 現在公開中

『ゲバルトの杜 ~彼は早稲田で死んだ~』

学生運動終焉期の1972年。早稲田の文学部自治会を牛耳っていた「革マル派」によって、大学構内でリンチ殺害された大学生・川口大三郎さん。これをきっかけにエスカレートしていった「内ゲバ」(内部ゲバルト=新左翼党派間の暴力抗争)の連鎖を、当時の関係者の証言と再現ドラマによって描くドキュメンタリー。暴力の連鎖によって最終的に100人を超える学生たちが無意味に殺害されたという驚愕の現実、その恐怖が日本の「政治アレルギー」の根源なのだが、政治や思想の問題以上に気になるのは、そこにある日本人独特の国民性、思考回路のように思う。それは噛み砕けば「大義」があればどこまでも突き進めることであり、組織における「上」の命令に唯々諾々と従ってしまう、もしくはそれを止める人間がいないこと(いたとしても潰されてしまうこと)だ。それはまさに「お上の命令で死ぬこと」を「当然のこと」と受け入れた太平洋戦争の特攻隊にも共通する。言うまでもないが、100人もの学生が殺された内ゲバも、神風特攻も、日本以外のどの国でも起こっていない。そうした思考回路が今も全く変わっていないことに戦慄させられる。

#ゲバルトの杜 ~彼は早稲田で死んだ~』

5月25日(土)より公開

『アニマル ぼくたちと動物のこと』

地球の歴史上「6度目の大量絶滅」が迫りくる中、動物保護と気候変動の問題に取り組む二人の高校生が、その現状と解決策を探して世界各地を訪ねたドキュメンタリー。古生物学者から教わった「絶滅の5つの原因」が、人間の活動によって引き起こされている現場ーープラスチックゴミで埋め尽くされるインドの海岸、深海生物を死滅させる底引き網による乱獲、ストレスフルな環境で年間650億頭の動物を育てる畜産業と、それによって生まれる温室効果ガスーーに足を運ぶ子どもたちが、ときに一国の大使にまでストレートに問題をぶつける姿に心洗われる。美しい生物はもちろんのことだが、人間からすれば「害」や「恐怖」であるような生物にも役割があること、多様な生物が存在してこそ「地球」という環境の豊かさが保たれていること、その恩恵を賜るためにはその一部として生きることが求められることを、映画は教える。「地球環境にとって人間こそが最大の害なのではないか」と考えていた子どもたちが、共生の未来を見出す姿も清々しい。

#アニマル ぼくたちと動物のこと

6月1日(土)公開

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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