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イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国」は犠牲祭を祝うが…)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラーム教徒(ムスリム)の間では、年に一度の巡礼(ハッジ)が終わった後の犠牲祭が特に重要な祝祭である。そこでは、文字通り家畜を生贄に捧げ、その肉を家族で食べたり、近隣の人々に施しとして配ったりする「ごちそう」を楽しむ機会がある。また、犠牲祭に合わせて衣類を新調するなどの楽しみもある。今期も、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大、リビア・イエメン・シリアなどでの紛争、レバノンでの経済危機などなどの苦難が絶えない中、世界中のムスリムが犠牲祭を祝った。「イスラーム国」もその例外ではなく、各地の「州」が犠牲祭の模様の画像を発表している。

 写真1は、このところ情報の発信が乏しかった「東アジア州」(フィリピンやインドネシアを含む)が生贄の肉を調理する模様である。この他にも礼拝の模様などの画像を発信したが、そこそこの(或いは「精いっぱい」)大勢の構成員が写し出されており、多数の構成員が犠牲祭を楽しむ余裕があることを誇示する作品と言える。

写真1:2021年7月20日付「イスラーム国 東アジア州」
写真1:2021年7月20日付「イスラーム国 東アジア州」

 写真2~4は、「ソマリア州」の作品の一部である。こちらも多数の構成員を集めて礼拝を行う模様なども含む画像群で、調理の模様は鍋や食器は新調したようだが熱源は相変わらず焚火である。都市部はおろか、集落や固定的な建物を根城に活動するのではなく、野営生活が中心の活動を続けているようだ。

写真2:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」
写真2:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」

写真3:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」
写真3:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」

写真4:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」
写真4:2021年7月21日付「イスラーム国 ソマリア州」

 「中央アフリカ州」も、大人数が山林に設置されたと思われる基地のような施設に集結し、犠牲祭を祝ったようだ。この基地には、ブルーシートなどを用いたテントだけでなくそれよりも頑丈そうな小屋も建てられており、モザンビークやコンゴのような「中央アフリカ州」の活動地域内外の諸国による対策の動きがあんまり活発でない中、同派の活動の状況がそれなりに整備されているようにも見える。また、写真5、6では複数の家畜が屠られ、子供を含む多数の者が食卓を囲んでいるが、彼らの全てが構成員なのか、それとも近隣の住民が招待(無理やり動員)された者かは不明である。

写真5:2021年7月21日付「イスラーム国 中央アフリカ州」
写真5:2021年7月21日付「イスラーム国 中央アフリカ州」

写真6:2021年7月21日付「イスラーム国 中央アフリカ州」
写真6:2021年7月21日付「イスラーム国 中央アフリカ州」

 昨期(2020年)の断食月から巡礼月にかけて、多くの「専門家」や報道機関が実態とは異なる“「イスラーム国」の復調”を喧伝したのに反し、今期は「イスラーム国」の復調なり拡散なりについての論考や指摘はほとんど見かけなかった。それ自体は、「イスラーム国」だけでなくイスラーム過激派の存在や主張への関心が低下(監視や対策を怠っていいというわけではない!)し、彼らをネタにお小遣い稼ぎをしようとする売文家が減ったという喜ばしい現象である。一方、「イスラーム国」の広報の在り方にはちょっとした変化が生じており、2021年4月末~2021年7月22日の期間の観察では、同派による「声明」類の発信が、過去最低水準の低空飛行だった2020年の断食月から巡礼月の「声明」類の発信件数を大幅に上回った。単純に件数の話をすると2~3倍に達しているので、「イスラーム国」がテロ組織として現地での作戦行動と広報活動を連動させているのならば、同派の活動が上り調子になっていることの兆候である。発信地としては、最近好調(?)の「西アフリカ州」、「中央アフリカ州」や、連合軍の撤退により政府とその治安部隊が動揺しているアフガニスタンで活動する「ホラサーン州」、地道に(?)活動を続ける「イラク州」名義の作品が多いように見える。

 ただし、「声明」類の増加にはちょっとしたからくりもある。というのも、「イスラーム国」は過去数年断食月の最後の10日間と巡礼(ハッジ)の期間中に「攻勢」の実施を宣言しその期間に数十~200件程度の作戦行動を集中させてきたのだが、今期はいかなる「攻勢」も宣言されていないのである。「イスラーム国」の活動のうち「声明」として発信するに至らない作戦行動は「ニュース速報」としてより簡易な形で発信されるが、こちらの件数は普段と比べて増えているようでもないので、今期の「声明」類の発信件数が増えているのは、「攻勢」として活動を強化し、その「戦果」は後日統計としてインフォグラフィックスにまとめて発信する形をとらず、逐次「声明」として発信する方式が取られたことを反映している。しかも、「声明」類は、作戦そのものについての文書と「戦果」についての画像が個別に、重複して発信されることもあり、「声明」類の増加が作戦行動の増加を意味しているわけでもなさそうだ。今後の観察のポイントは、「イラク州」や「シャーム州」のようなところからどのような犠牲祭の模様の画像が発信されるかと、「声明」類の発信件数の増減である。今のところ、「声明」として発信できるだけの活動ができる場所が「西アフリカ州」や「中央アフリカ州」に偏っているのではないか、つまり世界規模では相変わらずの低迷状態にあるのではないか、という感触を持っている。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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