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FW籾木結花が米・OLレインに完全移籍。なでしこの技巧派が受け取った女子サッカー大国からのオファー

松原渓スポーツジャーナリスト
OLレインから声がかかったのは今年3月のシービリーブスカップ後だったという(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【急転直下の移籍】

 5月22日の朝、衝撃のニュースが舞い込んできた。

 なでしこリーグ5連覇中の日テレ・東京ヴェルディベレーザとなでしこジャパンで、背番号10を背負う籾木結花がアメリカ女子プロサッカーリーグ(NWSL)のOLレインにプロ契約で移籍することが発表された。

 リリースが出された当日の正午から、web会議ツール「Zoom」で、籾木の取材が始まった。22日現在、ベレーザの本拠地である東京は緊急事態宣言が継続されているため、クラブハウスでの取材対応が難しい。

 実質的な“移籍会見”となったオンライン上での取材には、テレビ局や新聞社など30社近いメディアが参加していたのではないだろうか。

 画面上の籾木は、いつもの柔和な表情に、引き締まった緊張感を漂わせていた。

 ニューヨークで生まれ、日本で育った籾木は今年の4月で24歳を迎えた。20歳で名門の10番を背負い、22歳でなでしこジャパンの背番号10を託された。代表では約3年半で31試合に出場、10得点している。

「海外でプレーしたい」という思いは以前から持っていたという。希望していたのはアメリカではなくヨーロッパだったが、世界ランク1位の女子サッカー大国からのオファーは、チャレンジャーの心に火をつけた。

「五輪が延期になったり、ベレーザでまだ試合ができていない状況でこの決断をすることは自分にとって難しかったです。人生で一度あるかないかのチャンスが巡ってきたと思ったので、これを逃すわけにはいかないと思いました」

 OLレインは、ワシントン州タコマを本拠地とするチームだ。

 2018年まではシアトル(当時のチーム名は「シアトル・レインFC」)を本拠地とし、日本ではMF川澄奈穂美(現スカイ・ブルーFC)やMF宇津木瑠美が活躍したことでも知られるチームだ。昨季の成績は10チーム中4位で、上位4チームによるプレーオフでは準決勝で敗れた。

 昨季まで指揮を執っていたヴラトコ・アンドノフスキ氏(現アメリカ代表監督)に代わり、今季からはファリド・ベンスティティ新監督を招聘した。ベンスティティ監督は、20年近い女子サッカーの豊富な指導経験を持つ。かつて、フランスのオリンピック・リヨンで2006-07シーズンからリーグを4連覇。その後もロシア、フランス、中国の各国1部リーグの強豪女子クラブで采配を振るい、8つの国内リーグタイトルを獲得してきた。

 籾木に対してOLレインから獲得の申し出があったのは、今年3月にアメリカで行われたシービリーブスカップの後だったという。また、移籍の話が現実味を帯びたのはリリースが出される1、2週間前で、5月24日には渡米というスケジュール。急転直下の移籍だった。

「このクラブで10年以上プレーしてきたので、(移籍の実感が湧かず、)またいつものように(ベレーザの)みんなとサッカーができるのかなと考えてしまいます。ワクワクする気持ちと、大きなチャレンジに向かう怖さもあります。みんなに会えなくなる寂しさも感じつつ、いろんな感情が混ざり合って一言では言い表せない気持ちです」

 それは偽らざる心情だろう。

 ベレーザで過ごした期間は、中学1年で下部組織であるメニーナに入った2009年から11年間に及ぶ。チームメートは家族同然だった。

 NWSLには各国から代表クラスの選手が集結し、昨年の女子W杯フランス大会で世界を魅了したアメリカ代表の選手たちが各チームに所属している。中でも籾木の決断を大きく後押ししたのが、同大会でゴールデンボール(MVP)とゴールデンブーツ(得点王)を受賞し、昨年の女子バロンドールを受賞した34歳のスター、FWメーガン・ラピノーが在籍しているチームだということだった。

 プレー面では、どのようなチャレンジを思い描いているのだろうか。

「(NWSLの中では)自分はおそらく一番背が小さくて、一番足が遅く、パワーがない選手だと思います。でも、そういう正反対の環境だからこそ自分の個性が活かせる部分もあると思いますし、かつ、自分の足りない部分もその環境ならよりパワーアップできるのではないかと思っています」

 理路整然とした口調が、熱を帯びた。

 現在、NWSLでは川澄の他に、FW永里優季(シカゴ・レッドスターズ)とFW横山久美(ワシントン・スピリット)がプレーしている。日本人アタッカー対決も見どころだ。 

【世界と戦う武器】

 ベレーザでは、トップ下やサイドハーフを主戦場としてきた。優れた予測力で、一瞬でスペースを見つけてボールを受け、攻撃を活性化する。独特のリズムとステップで相手を揺さぶり、対面する選手の動きをギリギリまで見極めて逆を取る。

 精度の高いキックを繰り出す左足を自在に操り、数多くのゴールを演出してきた。中でも、メニーナ時代から10年以上を共にしてきたMF長谷川唯とのコンビネーションは、いつもアイデアに溢れ、いい意味で予想を裏切られた。2人の連係プレーはワクワクするような気持ちにさせてくれた。

 

 その阿吽の呼吸はどのように生まれたのか?

 ある時、長谷川に聞いたことがある。長谷川は「ボールを持っている時は大体同じことを考えていると思います」と話した。

 同じ質問に、籾木は以前こう答えている。

「2人とも小柄なので、大きな相手に小さな体でどう生き残っていくかを考えて、同じような経験をしながら自分のスタイルを確立していったところは共通していると思います。そこが、お互いにしかわからないプレーの共有につながっていると思います」

 150cm台の2人のコンビネーションは、世界の舞台でも魅せた。

 2019年3月にアメリカで行われたシービリーブスカップのアメリカ戦では、籾木が1点ビハインドの80分からピッチに立つと、アディショナルタイムに長谷川との華麗なワンツーから同点弾を叩き込んだのだ。

 代表では途中出場も多かったが、限られた時間でも確かな存在感を残した。積極的にボールを受けて攻撃に流れを生み出し、日本にチャンスをもたらした。

 

長谷川唯(右)と息の合ったコンビネーションを見せた(写真:kei matsubara)
長谷川唯(右)と息の合ったコンビネーションを見せた(写真:kei matsubara)

 そして、籾木はゴール以上に多くのアシストを決めてきた。

 フォワードの特長を把握し、引き出すのがうまい。OLレインのファリド・ベンスティティ監督も、その実力を高く評価しているようだ。

「監督と話をしたのですが、自分のことを『アメリカにはいないタイプで、レインのチームにいるアタッカー陣の良さをさらに引き出してほしい』と言ってくれました。向こうでの役割は、自分がゴールを取ることはもちろんですが、アタッカー陣がより多くのゴールを取れるような役割を担うことを期待されているようです」

 同クラブの最高経営責任者であるビル・プレドモア氏は、クラブの公式サイトを通じて以下のようにコメントしている。

「Yukaは若く、途方もない可能性を秘めた力強い選手です。私たちは彼女が今シーズン、そしてその先も私たちのクラブで重要な役割を果たしてくれると信じています」

 NWSLのサッカーは、日本に比べると個々の高い身体能力を生かして縦に速く、ダイナミックな印象がある。その中で、153cmのテクニシャンはどのような輝きを見せてくれるだろうか。

【スポーツ大国で学べること】

 籾木が移籍を決断したもう一つの理由が、アメリカの豊かなスポーツ文化だ。

「アメリカはスポーツが根付いている国なので、サッカーだけでなく日々の生活から学べることがあると思うし、日本に還元できることもあると考えているので、楽しみです」

 スポーツ観戦が日常に根付いているアメリカだが、中でも女子サッカーは人気スポーツの一つ。アメリカ女子代表の試合には、男子代表の2倍近いお客さんが入るという。160万人を超える競技人口を抱え、多くのサッカー少女が試合を観戦する。

 籾木自身、18年からはベレーザの集客プロジェクトを主導するなど、オフザピッチでも女子サッカーの魅力をどう伝えていくか、いろいろな方法を模索してきた。2019年4月に慶應義塾大学を卒業後は、「サッカー以外の時間も充実させたい」と、スポーツ事業やビジネスコンサルティング事業を手がける会社に勤め、「応援したくなる選手とはどういう選手か」といったテーマを深掘りし、様々な形で発信してきた。アメリカ女子代表のSNSや動画を常にチェックしていると明かしたこともある。

 NWSLでのプレーは、そうした観点からも大きな刺激を与えてくれるに違いない。

 

 そのプレーを日本で見られなくなることは寂しいが、籾木はその言葉通り、アメリカでの挑戦を通じて得るものを、日本の女子サッカーを発展させるために活かしてくれるだろう。

 世界はコロナ禍でスポーツにとってはまだ厳しい状況が続いているが、その新たな船出に心からのエールを送りたい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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