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浦和の堅守を支える21歳。新世代「アジアの壁」石川璃音がたどるディフェンスリーダーへの道

松原渓スポーツジャーナリスト
石川璃音(写真提供:WEリーグ)

【意地の勝ち点3】

 意地の勝利だった。

 12月11日、荒天の影響で延期になっていたWEリーグ第5節。リーグ前期のラストマッチとなった一戦は、浦和が2-1でC大阪に勝利を収めた。

 3日前に長崎ピーススタジアムで行われたリーグカップ準決勝から中2日。120分間の延長戦にもつれ込んだ激戦は、シュート本数では21対7と大幅に上回りながら決定力を欠き、2-3で広島に敗れた。2点のビハインドを克服しながら、延長終了間際に勝ち越された試合展開は、心身のダメージを増加させただろう。

 C大阪戦は「疲労が溜まって、ケガや回復が間に合わなかった選手がいた」(楠瀬直木監督)というように、ベストメンバーは組めず。それでも、若く、勢いのあるC大阪に経験値の差を示した。

 前半11分に角田楓佳の今季初ゴールで幕を開けると、後半早々にセットプレーから島田芽依が決めて2-0。その後、セレッソの反撃を受けて70分に1点を返されたものの、持ち前の堅守で逃げ切った。

角田楓佳のゴールを皮切りに、4試合ぶりの複数得点となった(写真提供:WEリーグ)
角田楓佳のゴールを皮切りに、4試合ぶりの複数得点となった(写真提供:WEリーグ)

 3連覇を目指す今季は、得点源の清家貴子の海外移籍などで戦力低下が危ぶまれ、第2節で神戸に敗れると連覇に黄色信号が点った。だが、他の上位陣も苦戦するなかで着実に勝ち点を積み上げ、前期終了時点で首位東京NBと「1」、2位神戸とは同勝ち点の3位でリーグ戦を折り返している。

「追われるより追っていた方が楽なので、(3位は)いい位置なんじゃないかなと。この距離をしっかり保ちながらいけたらなと思います。『得点が少ない』と欲張りを言ってはいけないですが、まずまずの折り返しだと思います」(楠瀬監督)

 ここまで、16得点5失点。昨季の同時期(26得点9失点)に比べれば、たしかに得点は少ない。だが、勝ち点(昨季が「26」、現時点は「24」)は大差ない。その数字を支えるのが、リーグ最小失点を誇る堅守だ。

 第8節の広島戦以降、センターバックとFWを二刀流でこなせる高橋はなを1トップで起用し、縦に速い攻撃が増えたことで、「攻撃が最大の防御になっている」と指揮官は言う。

中2日でリーグ戦に臨んだ浦和(写真提供:WEリーグ)
中2日でリーグ戦に臨んだ浦和(写真提供:WEリーグ)

 昨季から顔ぶれが変わった最終ラインも安定している。ケガで離脱中の左サイドバック、水谷有希の穴をベテランの栗島朱里が埋め、右サイドバックは代表候補入りを果たした遠藤優が不動の存在感を放つ。高橋が抜けたセンターバックは昨季から出場機会を増やしている長嶋玲奈、後藤若葉らがカバー。そして、中央で一際存在感を放つのが石川璃音だ。

【成長続ける浦和の“壁”】

 石川は172cm、62kgとサイズがあり、リーグでも圧倒的な身体能力を誇る。そのスピードと体格を生かした対人プレーの強さやカバーリングは、各チームのエースストライカーたちにとっても厄介な「壁」となっている。C大阪戦でも、リーグ得点ランクトップを走る矢形海優へのパスをその快足でことごとくシャットアウトした。

 さらに、1点目はセットプレーのこぼれ球をゴール前で競り合い、角田のゴールをお膳立て。2点目は石川のフリーキックがゴールの起点となった。

2ゴールに絡んだ石川(一番右)(写真提供:WEリーグ)
2ゴールに絡んだ石川(一番右)(写真提供:WEリーグ)

 石川は、女子サッカー界のエリートコースを駆け上がってきた。

 2022年にJFAアカデミー福島から浦和に加入し、同年8月のU-20女子ワールドカップで準優勝の原動力に。翌23年3月の海外遠征でなでしこジャパンデビューも果たし、新世代の「アジアの壁」という愛称もついた。同年のリーグ戦はチームの大黒柱である安藤梢とセンターバックコンビを組んで急成長を遂げ、リーグタイトルに貢献。優勝を決めた試合後の取材エリアで、安藤が感嘆を込めて「化け物級」という言葉を贈ったのが忘れられない。

19歳であれだけやれるのは、本当にすごい選手だなと。化け物級のフィジカルだと思いました。ロングボールも外国人選手並に弾き返せるし、飛距離もすごい。一緒にやっていて面白いですし、いずれ日本を引っ張っていってほしい選手です」

 その安藤がケガで離脱して以降は高橋、長嶋、後藤ら、様々な選手とセンターバックを組んで連覇を支え、2年連続のベストイレブンに輝いた。

 21歳とチームでは若手ながら、キャラクターも際立っている。個人的に好きなのはは、今年4月に栗島が長期のケガから復帰した時のエピソードだ。石川は栗島に「自分が全部カバー入るので大丈夫です!朱里さんは自由にやってください」とメッセージを送り、本当に試合ではほとんどカバーしてしまったという。そういう話を先輩たちが嬉しそうに話すのを聞くたびに、石川が愛されキャラであることを感じるのだ。

明るいキャラクターで盛り上げる/石川の左が栗島(写真提供:WEリーグ)
明るいキャラクターで盛り上げる/石川の左が栗島(写真提供:WEリーグ)

 代表ではレギュラー定着に至っていないが、2023年のワールドカップと今夏のパリ五輪に出場し、海外のアタッカーとも対峙してきた。その経験を生かし、国内では強気なポジションどりでハイラインを牽引。裏のスペースを取られても、相手の背後から猛追して奪い切る自信が窺える。

 その伸びしろに、楠瀬監督も「彼女は特筆した体と能力があり、日本を背負って立たなければいけない人材」と、あえてプレッシャーをかける。

 

 ディフェンスリーダーへの成長が期待される今季、石川自身の意識も少しずつ変化しているようだ。

「全員が『守備から』という意識が強く、最後までカバーし合うところや、体を張ってシュートを打たせないところは結果に出ていると思います。自分自身、周りの状況もよく考えながらプレーすることを意識していますが、最近は引き分けや負けもあり、チームのために何ができるのか悩んでいました。今日は自分の強みを思い切り出してチームに勢いを持たせることだけを考えて、吹っ切れたプレーができたと思います。前回(カップ戦の広島戦)の試合で、サポーターの皆さんが(スタジアムに)響き渡るような応援をしてくれたのですが、試合後にコールリーダーの方に『自分たちの応援が足りなかった』と言わせてしまったことが悔しくて。だからこそ、勝ててよかったなと思います」

前期ホーム最終戦でサポーターに勝利を届けた(写真提供:WEリーグ)
前期ホーム最終戦でサポーターに勝利を届けた(写真提供:WEリーグ)

 カップ戦のタイトルは逃したが、皇后杯、リーグ、女子チャンピオンズリーグと、3つのタイトルの可能性を残している。浦和の堅守を支える最終ラインの若き“顔”が、熊谷紗希や南萌華らの後継者として、クラブと代表でその名を刻む未来もそう遠くはないかもしれない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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