凡人でもエリートに勝てる戦い方を授ける学校 静岡聖光学院中学校・高等学校(2)
人生の終わりに「精一杯悔いなく生きた」と思えるか
入学式、卒業式、始業式、終業式などの式典はもちろん、毎朝の朝礼の前にも、静岡聖光学院の校内に流れるのが「聖光讃歌」と呼ばれる曲。静岡聖光学院のいわゆる「校歌」であるが、あえて「讃歌」と呼ぶ。讃え、励ますための歌という意味を、作詞を担当した作家の小川國夫さんが込めた。
静岡県・藤枝市の出身で、クリスチャンであり、2人の御子息が静岡聖光学院に通っていたという縁から、初代校長ピエール・ロバートさんが依頼した。小川さんは、1986年に『逸民』で川端康成文学賞、1994年の『悲しみの港』で伊藤整文学賞、『ハシッシ・ギャング』で読売文学賞など数々の賞を獲得した小説家である。
作詞のインスピレーションを得るために、フランスとスペインの間にあるサンチャゴ巡礼路を訪れたという。9世紀、キリスト教の危機に際し大規模な巡礼運動が起きた、その舞台である。当時その長く険しい道のりを行く巡礼者たちは、ローランという歌を歌って、お互いを励ましあった。同様に、くじけそうになったときに勇気を与える歌として、聖光讃歌の歌詞を考えたというのだ。
なるほど、富士山や駿河湾を望む丘の上、「天空の城ラピュタ」にも例えられる静岡聖光学院の情景を描く一方で、非常なる覚悟が込められた歌詞である。
「大学を卒業し、数十年と社会人として企業に勤め修羅場を経験するなかで、聖光讃歌の3番の歌詞が思い出され、暗がりの荒野を独り歩む際のかがり火と感じることが幾度となくありました。1番、2番が在校中の思い出とするならば、3番は、人生の終わりに『まあいろいろあったけど、精一杯悔いなく生きたよな』と言えるための、いまを生き抜く指針といった感じでしょうか。讃歌からもわかるように、この学校は、生徒指導ではなくて、人生指導をしてくれる学校です」と言うのは、卒業から40年近くを経て数年前から母校の事務局に勤めるようになった村松誠さん。
週3回、60-90分の練習でラグビー全国大会出場
興味深いのは、この讃歌ができたのが、学校創立から10周年にあたるときだということだ。それまでは、横浜にある聖光学院と同じ校歌を歌っていた。2校は同じカトリックの教育修道会を母体にしている。
1958年に設立された横浜の聖光学院から遅れること11年。イギリスのパブリックスクールを模した寮をもつアカデミックな男子ミッションスクールとして静岡聖光学院は1969年に開校した。10周年を記念して、オリジナルの校歌をつくる運びになったというわけだ。
現在全校生徒は約470人。うち約160人が寮で生活する。県外では、東京都・神奈川県からの生徒が圧倒的に多い。帰省するにしても、東京都や神奈川県なら新幹線であっという間である。
初代校長は、厳格な修道士でもあった。部活は週3回まで、1回当たりの活動時間は夏時間90分、冬時間60分までと決めた。それがいまでも守られている。一般的な中高の練習時間に比べれば圧倒的に少ない。
しかしその制約をむしろ武器にして飛躍したのがラグビー部だ。2008年の初出場以降、6度にわたって全国大会に進出している。短時間集中の練習で成果を出していることが注目され、全国大会初出場当時の監督だった星野明宏さん(現校長)はメディアに引っ張りだことなった。2018年にはスポーツ庁長官の鈴木大地さんも視察に訪れた。
スポーツ推薦制度はない。中学受験を経て入学してきた生徒たちだけで勝負する。普段の練習時間は極端に短い。夏休み期間中の練習も、夏合宿の約1週間だけと決められている。そんなチームがなぜ全国大会に出るまでの成果を出せるのか。日本の部活動の常識を覆す話である。
ラグビー部が練習しているグラウンドを覗くと、選手たちがかけ寄ってきて、全員で「よろしくお願いします!」と礼をしてくれた。来客に対して必ずやるのだそうだ。ただでさえ短い練習時間なのに、申し訳ない気もするが、それが彼らの価値観である。練習時間は貴重だが、それ以上に他者への礼節を忘れてはいけないというわけだ。その日はちょうど、元ラグビー日本代表・小野澤宏時さんが指導に来ていた。小野澤さんも静岡聖光学院の卒業生である。
たった60分しかない練習時間ではあるが、最初の10分間は整理・整頓・掃除の時間にあてている。監督が決めたわけではない。3年前、選手たちが自主的に、短時間練習で高い成果を挙げている全国の高校スポーツチームを見学に行き、そこからヒントを得て、取り入れた。
整理・整頓・掃除の次は5分間の「主体練」の時間となる。「自主練」ではなくて「主体練」。与えられた課題を自主的にやるのが自主練で、各選手がそれぞれに自分の課題とその解決策を見つけて取り組む練習が主体練だ。主体練では30人が30通りの練習に取り組む。選手たちは毎週監督に練習ノートを提出する。自分のプレーの長所と短所を分析し、改善のための練習メニューを自分で考案するのだ。
主体練で個人スキルをアップしたら、次はゲーム中心の練習。ゲームを3分間やって、円陣(立ち話的なミーティング)を90秒間行うのが1セット。3分間のプレーの中での良いところ、悪いところ、そして改善点を90秒間の制限時間のなかで話し合う。それをくり返す。残り時間45分間で10セットできる計算だ。ぼけっとする時間は一切ない。
トライされればされるほど強くなる組織の秘密
「実際の試合では、トライされると相手のキックまでの時間が約90秒間あります。その間に、普通のチームだと『ドンマイ!』とか『集中!』とか、最近の高校生の流行りだと『落ちんな!』とか言い合うのですが、そういうセリフは一切なしにして、ゲームの再開から何をすべきなのかを端的に話し合う時間にしています。身体的に恵まれたアスリートはほとんどいません。試合中の思考の質で相手を上回ることで勝機を見出すのがこのチームの戦い方です。選手たちの持久力が特別優れているわけでもないのですが、後半に得点を重ねる試合展開が多い。トライされればされるほど、組織として強くなるチームなんです。そうすると、相手も高校生なので、『なんだこの謎の組織!?』とびっくりしてくれて、そこにつけ込む隙が生まれます」と佐々木陽平監督。
静岡聖光学院では円陣のことを「トーク&フィックス」と呼んでいる。話し合うだけでなく、次になすべきことをフィックスするのだ。ただし「自由に話して」ではなかなか短時間でいい結論にはたどり着けなかった。そこで円陣の質を高めるために、アクティブ・ラーニングの専門家からアドバイスをもらうようにしたところ、それが功を奏した。いまでは大きな大会の試合のハーフタイムでも、佐々木さんが指示をすることは一切ない。代わりに日ごろ監督が話すのは「なんのためにチームが存在するのか」である。
「ラグビーはエリートのスポーツといわれています。うちのチームはラグビーを通じて、イギリスのイートン校をはじめとする世界中の学校と交流をもっています。お互いの学校を訪問して、練習試合を行ったあと、交流会の機会も設けます。そういう機会を通じて国際的に通用するジェントルマンになってほしい。ラグビーというスポーツは、ボールを前に投げてはいけないし、ほとんどの選手はボールを持つ時間はごくわずかで、ほとんどの時間を味方のために身体を張る、痩せ我慢と自己犠牲のスポーツです。だからこそ、イギリスのパブリックスクールで発展したわけですけれども、本場と同じ精神を、ここの子どもたちにも学んでほしい。私からはそういう話を常々します」(佐々木さん)
現在のチームカラーをつくった星野さんは2019年から校長になった。私より小柄なくらいだが、大学の体育会ラグビー部でも独自の心意気で存在感を示し、スタメンとして活躍した。卒業後は大手広告代理店に勤めていたが、個人的な縁で静岡聖光学院のラグビー部の指導を手伝うようになり、紆余曲折を経て教員になってしまった。著書に『凡人でもエリートに勝てる人生の戦い方。』(すばる舎)がある。星野イズムはまずラグビー部で結実したが、今後はそれが学校全体に広まっていくはずだ。
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