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テック系企業のような環境で「Man for Others」の精神 静岡聖光学院中学校・高等学

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
まるでTEDの会場のようなプレゼン専用施設(筆者撮影)

全国一律休校要請の翌日にオンライン教育を宣言

2020年2月28日、静岡聖光学院はSNSで「臨時休校に関する緊急のお知らせ」という文章を発表した。新型コロナウイルス感染拡大防止のための全国一律休校要請が発出された翌日に、休校期間中もオンラインで授業やホームルームを継続することを宣言したのだ。

まわりの学校の動きなどを気にせず、学校として率先して主体的に状況を判断した。無論、以前よりICTの導入を進めていたという前提あっての決断だった。最後の一節に静岡聖光学院らしさが凝縮されている。

進めながら修正していくことになりますので、うまくいかない部分もあるかと思いますが、ご理解・ご協力をお願いします。生徒諸君には、より良いシステムの構築ができるよう、「こうしてはどうか」という建設的なフィードバックを求めます。よろしくお願いします。

誰もが判断に迷い、全体がフリーズしかねない状況では、誰かが「こうしてみよう」と声を上げることで、不安ながらも状況が動き出すことがある。静岡聖光学院のこの宣言には、日本中が大混乱にあったときに、学校としてとるべき一つのスタンスの先鞭を付けた意味があったと私は思う。

このときの判断しかり、いい意味で空気を読まない学校運営をするのが校長・星野明宏さんの真骨頂である。大手広告代理店から静岡聖光学院の教員に転身し、週3回×1回60分の練習しか許されていないラグビー部を全国大会に導いて注目を浴びた、名物監督でもある。2019年度より校長に就任した。

テック系ベンチャーさながらの学校施設

「聖光カルチャーラボ(SCL)はもともとは普通の図書館だったんですが、教師が読ませたい本を並べる場所ではなくて、軽快なジャズが流れるなか、生徒たちが自由に喋っていてもいいし、コーヒーを飲んでくつろいでくれてもいい場所に変えました。理科の教員に蔦屋書店が大好きな者がいるので、彼を“店長”にして、設計してもらいました。メディアからも注目されて話題になったのですが、まわりからは当時相当言われましたよ。『静岡聖光もいよいよ末期だ。施設だけ立派にして目くらまし系にいくのか』って(笑)。でも学校施設改革は三部作あって、あと2つ続きます」(星野さん、以下同)

SCLを訪れると、吹奏楽部が学内演奏会を始めようとしているところだった。静岡聖光学院の吹奏楽部は順位を決めるような大会には出場しないポリシーだ。4月の定期演奏会と9月の文化祭が貴重な発表の場になっている。しかし2020年はどちらもコロナで中止となった。そこで、学内での演奏会を生徒たちが企画した。シックな空間に、管楽器がきらめき、窓越しには夕景が広がる構図は、まるでビルボードTOKYO(六本木の東京ミッドタウンにあるライブハウス)に来たかのようだった。

「ピエールロバートホール(PRH)はもともとは普通の階段教室だったんですが、音響や照明設備を強化し、TED(学術、エンターテインメント、デザインなどさまざまな分野のトッププレイヤーが最新の知見をプレゼンテーションする知的イベント)のようなプレゼンができる仕様に変更しました」

PRHではちょうど、「自然化学賞候補者発表会」が行われていた。夏休みに中1から高2までが取り組む自由研究のなから優秀な研究が選抜され、それぞれの研究成果を発表するのである。ムードはまさに校内TEDだ。中1生は細菌の培養について発表し、中3生はサイコロを1万回振ってみた結果を発表していた。

「生徒が1人1台もつiPadとは別に、ビギリオン・ガラージには授業で使用するMacBookが121台とハイスペックなiMacが2台があり、3Dプリンターまで備えています。いわばデジタル工房です」

「ビギリオン」という聞き慣れない言葉は、美術・技術・理科・音楽の頭文字。創立当初より教鞭を執る73歳の美術教師が考えた造語で、静岡聖光学院版STEAM教育(創造的理数教育)ともいえる。「ガラージ」は日本語的に発音すれば「ガレージ」。GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)などのアメリカIT大手企業の多くが、もとをただせば小さなガレージから始まったことに発想を得たネーミングだ。プログラミングの授業はここで行う。

創立当初からの校舎の躯体はそのままに、要所要所をいまどきの空間にリニューアルしていったのだ。SCLのリラックスできる空間で、調べ物をしたり、語り合ったりしながら、新しい発想を萌芽させ、ビギリオン・ガラージでそれを形にし、PRHで発表する。生徒たちはまるで21世紀を代表するテック系企業の住人のようである。いっそ制服もデニムとTシャツにしてしまえばよいのではないかとさえ思う。

もともとは図書館だった聖光カルチャーラボ(筆者撮影)
もともとは図書館だった聖光カルチャーラボ(筆者撮影)

社会の「本物」を肌身で感じる新教育プログラム

施設だけではない。2020年の2学期からは、3つのまったく新しい教育プログラムがほぼ並行してスタートした。

コロナによってさまざまなプレゼンテーションコンテストが中止に追い込まれるなか、英語でのプレゼンテーションを実践する場をつくりたいという思いから、プレゼンイベント企画「CCAUSE」が生まれた。私立・公立の他校にも呼びかけ、7校での開催となった。プレゼンイベントそのものだけでなく、4回にわたる事前研修で英語力や表現力を向上することが目的だ。

「F×ed Project」は、レシピサイトのクックパッド社との共同開発プロジェクト。まず全生徒を対象に、食に関するさまざまなテーマでの、外部講師による授業や講義を受けてもらう。そこで興味を喚起された希望者は、「自分で稼げる男になる4Days」という、起業塾的集中講座に参加することができる。これも各分野のプロを招いて講義してもらう。さらに、意欲の高い生徒のなかから5-10人を選抜して「経済×社会×環境」をテーマにしたゼミ形式の講座を開講し、最終的には優秀者が50万円を元手に本当の起業に挑戦する。

「STEAMプログラム」は、中1を対象に、自ら求めて学べる姿勢を身につけてもらう目的で始めた。2020年度は、食糧問題としてのタンパク源不足をテーマにした。課題の現状について、培養肉などに関する最新事情を学んだうえで、課題解決の方法を考え、専門家に対して発表し、フィードバックをもらう。さらにそれを実現するための作品を制作して発表する。

「できるだけたくさんの『本物』に触れ合わせれば、生徒が自ら動き出すはずだと思っています。そのためには高大接続も産学協同も、ガチでやります。教育現場では『お金がないからできない』という言い訳がよく聞かれますが、お金を使わなくても頭を使えばできることはいくらでもあります。まず私たちがそれを示すことで、私立・公立関係なく、教育現場がどんどん新しいことに挑戦するムードをつくっていきたいと思います」

一般論として、かなりユニークな教育を行っている学校でも、それを外に向かって発信することはあまり積極的にはしていない。しかし学校は社会の公共財でもあるはずだ。自校のアピールというよりも知や経験の共有として、「これからの教育はかくあるべき」というメッセージを発信することは、学校の一つの使命であると私も思う。

ビギリオン・ガラージはいわばデジタル工房(筆者撮影)
ビギリオン・ガラージはいわばデジタル工房(筆者撮影)

"Man for Others"の精神で「地の塩 世の光」に

新しい施設にしても、新しい教育プログラムにしても、やたらめったに構築しているわけではない。下敷きになる概念がある。それが「聖光思考コード」だ。いわば静岡聖光学院が目指す教育目標の羅針盤である。縦軸は「自己→他者→社会・世界」とレベルアップしていく。横軸は「鍛錬→理知・探究→叡智」と次元が上がっていく。教員以外も含む全職員で議論してまとめあげた。同校におけるあらゆる教育活動はこの9マスの中にプロットされ、それぞれの意義や連携が確認される。先述の3つの新施設がそれぞれに担う領域も9マス上に整理される。

この9マスを埋めた先に「地の塩 世の光」がある(学校提供)
この9マスを埋めた先に「地の塩 世の光」がある(学校提供)

これをもとに入試も改革中だ。これまでの4教科・2教科型入試では、縦軸は「他者」止まり、横軸は「理知・探究」止まりだった。そこで、「思考力・事前課題・プレゼンテーション入試」や「プログラミング入試」「英語入試」などを設け、「社会・世界」の領域や「叡智」の領域の思考力をもつ受験生への間口を広げた。

生徒たちがこの9マスすべてを自分なりの色で塗りつぶして卒業したとき、教育理念である「地の塩 世の光(マタイ福音書にあり、自己犠牲や社会貢献の精神と解釈されることが多い)」の担い手になれると考える。

「そして本校のあらゆる活動の"Why"の部分にあたるのが校訓の"Man for Others"です。すべてはこのためです。あらゆる場面で問いかけます」と星野さん。空気を読まない校長は、一方で、生徒による日常のささやかな善行を見逃さない。それを「校長賞」として、○○大会優勝と同等に褒め称える。

テック系ベンチャー企業を彷彿とさせる施設や教育プログラムも、根っこの部分では創立以来の教育理念としっかりつながっているのである。

→学校ホームページ http://www.s-seiko.ed.jp

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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