危機管理広報担当者は何を失敗したか?大谷翔平選手の元通訳水原事件対応
米大リーグドジャース、大谷翔平選手の口座から不正に送金を行った元通訳の水原一平被告は、銀行詐欺と嘘の納税申告をした罪で起訴されました。周囲の人を騙していた実態が徐々に明らかになってきていますが、当初はあまりにも突然でしたので、信じられない思いや驚き、混乱があったように思います。混乱の一端は、代理人と危機管理広報担当者の初動ミスにあったと筆者はみています。家族付き合いの通訳という特殊の立場だったとはいえ、振り返ることは無駄にはならないでしょう。
■動画解説 リスクマネジメントジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供RMCAチャンネル)
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インタビュー設定をしたのは決定的判断ミス
筆者が着目したのは、ESPNによる水原氏への90分のインタビュー設定を大谷代理人側、危機管理広報担当者が行ってしまったこと。危機管理広報の初動としてはありえない対応です。
ESPNが大谷選手の代理人ネズ・バレロ氏に「大谷名で違法なブックメーカー(賭け屋)に送金されている」ことについて問い合わせたのが、3月17日午後3時(日本時間3月18日朝4時)。これに対して翌日の夕方までには、危機管理広報担当者が雇われてESPNへの取材対応(18日午後5時半)を始めています。一見いいように見えますが、違法性が疑われる場合、取材対応は後回しです。取材に対応する方針としてしまった点で代理人の判断ミスではないでしょうか。もちろん、それがわからないから、慌てて危機管理広報の専門家を雇ったのかもしれません。
大谷選手のために雇われた危機管理広報担当者(翻訳では危機管理担当スポークスマン)はどう行動したか。ESPNの取材に応じ始めてから28時間後には通訳でしかない水原氏との90分インタビューを設定しています。この行動に違和感を持ちました。本当のプロではないのではと疑います。違法性が疑われている時には調査や捜査が先、次に公式コメントであって、単独インタビューは設定しないのが鉄則だからです。しかも水原氏はスポークスマンではなく通訳です。
では、この危機管理広報担当者はどうすべきだったのでしょうか。筆者も危機発生時に期間限定で雇われることはあります。その経験からすると、違法な行為の件で取材が来た場合、取材対応するかどうかよりも事実確認が先です。この場合、情報を持っているのはESPNなので、ESPNには彼らがどこまでどのような情報を持っているのかを探るために、危機管理広報担当者がどんな質問をしたいのか、事前に取材したい内容を聞きながら探りを入れることになります。おそらくそのための対応を28時間は行っていたのだろうと思われます。
大谷選手については通訳の水原氏同席の上で大谷選手に「ESPNが取材したいと言っている、質問内容はこれとこれ。取材対応をするか。そもそも送金した事実があるのかどうか」となります。しかし、実際は大谷選手に直接確認せず、水原氏のインタビューを90分設定してしまいました。たとえ水原氏が、大谷は肩代わりしただけだから僕がESPNの取材対応をするよ、大谷は了解しているから、と主張したとしても、危機管理広報のプロとしては単独インタビューは混乱を招くから設定するべきではない、と説得するべきでした。なぜなら、このインタビュー設定により、ESPNの時系列詳細報道がなされて実際に混乱を招いたからです。
大谷選手の迅速な決定でダメージは最小限に
一方、大谷選手自身がこの問題を認識してからの対応は驚くべきスピードであり、判断は一瞬の迷いもなくなされています。20日11時半頃、ESPNのインタビューを受けた水原氏は、同日20日23時頃試合後に水原氏がチームの前で自分のギャンブル依存症と大谷選手による肩代わりについて告白する様子を見て大谷選手はおかしいと思い、すぐに別の通訳に内容を確認する行動をしています。
大谷選手は水原氏に直接確認した後、危機管理広報担当者はESPNに記事に待ったをかけたのが知った直後の21日0時。3時間後の21日未明には、ドジャースから水原解雇の発表がなされ、水原氏はESPNにインタビューで話した内容(大谷が肩代わりをしたこと)は嘘だったと連絡を入れました。
ESPNとしてはたまったものではないでしょう。せっかく取材した90分のインタビューが嘘だとなると取り扱いに困ります。取材を受けた水原本人が嘘だと言ってる内容を報道するわけにはいきません。もしかしたら、大谷選手が嘘をついて水原氏に責任をなすりつけたと疑ったかもしれません。記事差し止めを危機管理広報担当者から受けたとしても悔しさが残ります。苦肉の策として、インタビュー内容ではく、自分達の取材のプロセスを時系列で事細かく発表する選択に至ったのだろうと思います。
一般人としては、時系列の公開はプロセスがわかったという点では役立ちましたが、避けられたはずの記事が出てしまった結論からすると、90分のインタビューを設定したことは危機時のメディア対応としては失敗だったと言わざるを得ません。結果からすると、水原氏の嘘や不正送金を許さないといった大谷選手のぶれない態度と決定がダメージを最小限にしました。これは、危機管理広報担当者の初動失敗をカバーして余りある迅速さでした。危機管理広報担当者はしっかり仕事をしようではありませんか。
【水原事件の初動対応時系列】
・3月18日朝4時(東部17日15時)スポーツ専門チャンネルESPNが大谷の代理人のネズ・バレロに大谷名の送金について確認の問い合わせ
・3月19日朝6時(東部18日17時):大谷のために雇われた危機管理広報担当者がESPNに対応を始める
・3月20日朝11時半(東部19日22時半):水原がESPNの電話取材対応を90分間行う。広報担当者も同席
・3月20日23時(東部20日朝10時):試合後、水原が自身のトラブルを選手のチームらに告白。大谷が不信に思い、別の通訳に内容を確認に行く。ホテル到着後に水原からギャンブルと自分の口座からの送金されたことを知る。
・3月21日0時(東部20日朝11時):広報からESPNに電話があり記事に待ったがかかる
・3月21日朝3時(東部20日14時):バーク・ブレトラー法律事務所が「大谷が窃盗被害にあった」と発表
・3月21日朝4時(東部20日15時):ドジャースが水原解雇を決定して発表
・3月21日朝5時(東部20日16時):水原はESPNに電話をして嘘だったと説明
・3月23日朝5時(東部22日16時):ESPNが時系列を公表
・3月23日正午頃(東部22日夜):ESPNが水原インタビュー記事を掲載
・3月26日朝6時(東部25日17時):大谷が記者会見で声明発表
(ESPN他の各種報道から筆者抜粋作成、敬称略)
■動画解説 リスクマネジメントジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供RMCAチャンネル)
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