クールジャパンは「バラマキジャパン」なのか? 予算は、才能ある漫画家の発掘・育成に使ってほしい!
■なにをやろうとしているのかわからない
私は出版界を中心としたメディア業界で仕事をしているので、今日まで、「クールジャパン政策」に関して政府の動き、マスコミ報道、識者の意見、ブロッガーの意見などを注視してきた。しかし、正直、知れば知るほどわけがわからなくなった。いったい、なにをやりたいのだと突っ込みを入れたいが、どこに入れていいのかもわからない。
とりあえず、わかったのは、経産省の肝いりで税金500億円を投入する官民ファンド「クールジャパン推進機構」が設立されること。そして、漫画、アニメ、ゲーム、音楽などの日本のコンテンツの海外進出をバックアップするということだ。
しかし、ここになぜか他の省庁も絡んでくる。農水省では、食もクールジャパンということで、料理人や学識経験者らを海外でのイベントに派遣する。また、日本食を広めるための「食の伝道師」を育成するという。さらに、総務省管轄では、この8月をメドに放送、音楽、映像や商社らが参画する社団法人を設立するという。また、日本に観光客を呼ぶのもクールジャパンらしく、国土交通省も予算を計上する。そのほか、文化庁、外務省なども関連予算を計上するという。
となると、これはクールジャパンではないではないか?「バラマキジャパン」「天下りジャパン」と言ったほうがいいだろう。
■あきれたアフリカ会議でのクールでないジャパン
どんな事業でもそうだが、まず目的を明確化し、ゴール設定する。そうして、具体的な項目を選び、それを誰がやるのかを決める。できれば、詳細なロードマップをつくり、短期、中期、長期のそれぞれの目標を決めることも重要だ。つまり、クールジャパンの主力商品はなんで、それを誰がつくって売るのか? それくらいのことははっきりさせてほしいと思っていた。
それで、6月1日から横浜で開催された「第5回アフリカ開発会議」 で、アクションプランに基づいたイベントがあるというので期待した。
ところが、そこで行われたことは、企画展では「アニメ、伝統工芸品、カメラ」の展示、総理主催の夕食会では「和食・日本酒・国産ワイン」のふるまいと「津軽三味線・ピアノ・太鼓」の演奏……。これではよくある日本文化の見本市ではないか? いま海外で注目されている日本のポップカルチャーはどこにもないのだ。
結局、政治家、役人はクールジャパンがなにかわかっていないと思うしかない。おそらく、興味もないだろう。となると、クールジャパン政策の推進をめぐって、イベント屋、コンサル、広告代理店、リサーチ屋、敏腕と称するマーケッター、物知り顔プロデューサーなどが、税金食いのために集まってくるだけだろう。
結局、ODAと同じく、日本人同士でお金を回して終わりになるのではないだろうか。
■やるべきことは一つ、才能ある漫画家の発掘と育成
クールジャパンの肝心要は、漫画だ。漫画こそ、海外のどこにもない日本独特のカルチャーである。アメリカのアメコミ、フランスのバンデシネも及ばない、日本が世界に誇れる文化コンテンツである。しかも、漫画があるからアニメがあり、ゲームやキャラクターグッズなどの関連商品もできて、日本独自のコンテンツ産業が成り立っている。
クールジャパンに本気なら、この漫画を徹底的に海外に売っていくしかない。
しかし、いま漫画製作の現場は疲弊している。コミック誌は販売部数を大幅に落とし、新人が育たなくなっている。同じく、アニメ制作の現場は疲弊というより、悲惨なことになっている。しかも、数年前をピークに、日本の漫画の海外での版権売上は、アメリカでも欧州でもダウンしている。
そういう状況なので、やるべきことは一つしかない。才能ある漫画家の発掘と育成だ。順番を間違えてはいけない。作品を海外に売ることは、その次の作業である。それなのに、今日までの話を聞いていると、漫画やアニメ、その周辺のポップカルチャーを海外で売ればいいと考えているから、信じられない。売るためにどうしたらいいいかと考えるから、すぐイベントをやろう、キャンペーンをやろうとなる。
しかし、いい作品がなければ、そんなものいくらやっても売れない。これは、私が30年以上編集者をしてきたので、断言できる。
■本当の商品とはコンテンツではなく「感動」
日本の漫画本は右開きだから左開きに変える。吹き出しの日本語をタテ組みからヨコ組みに変える。漫画で使われる日本語をうまく翻訳できる翻訳家を養成する。日本で直接翻訳版をつくって海外に売り出す。どの国でなにが売れるかリサーチする。現地の出版社、テレビ局、映画会社などに精通しているプロモーターを雇う。世界市場に通用するプロデューサーを育成する……などは、すべて本末転倒の考え方だ。
こういうことに予算を使えば使うほど、税金をドブに捨てることになる。
ここで言っておきたいのは、クールジャパンとは漫画、アニメなどのコンテンツかもしれないが、海外で売れているというとき、それは漫画、アニメというモノではないことだ。漫画やアニメが描き出した「友情の大切さ」「愛と裏切り」「青春の苦悩」「スポーツ根性物語」「純愛」「性の悩み」「冒険とロマン」「サスペンス」「未来世界」などが売れているのだ。
つまり、本当の商品とは、そうした日本発の世界の誰もが求めている「感動」である。
中国の若者が『ワンピース』『NARUTO』『スラムダンク』などの「動漫」(中国語でアニメや漫画のこと)に夢中になるのは、日本の漫画が好きだからではない。日本の漫画が描き出した“世界”が魅力的であり、感動するからだ。
日本がクールなこともあるかもしれないが、クールは日本文化のほうではない。それを描ける漫画家の才能、能力だ。
■世界に通用する『進撃の巨人』、ローカライズすべき『宇宙兄弟』
クールジャパンの成功例として、茂木充経産大臣も取り上げたインド版『巨人の星』がある。これは講談社の古賀義章氏の努力の結晶だが、日本が輸出したのは『巨人の星』というコンテンツではなく、スポーツを通して大人になっていくという青春物語、その感動である。そのため、野球をクリケットに代えても、通用したわけだ。
ただ、こうしたローカライズをするには膨大な手間と時間がかかる。そこで、はじめから、日本だけでなく世界で通用する漫画を描ける作家がもっと増えれば、クールジャパンは成功すると思う。
たとえば、いま売れている作品で言うと、『進撃の巨人』がある。この作品も、諌山創氏というたった一人のたぐい稀な才能が生み出したものだが、設定舞台が未来で登場人物も日本人ではないので、そのまま世界に通用する。実際、中国ではサイマル放送へのアクセスが『ワンピース』を上回った。アメリカ、フランスをはじめ多くの国から版権オファーが殺到中だ。
『進撃の巨人』と対照的なのが『宇宙兄弟』(小山宙哉)だろう。これは、宇宙飛行士になるという夢が叶うという感動ストリーは通用しても、主人公が日本人兄弟なので、ローカライズしないと売れないだろう。たとえば、アメリカなら、主人公を貧しいメキシコ移民の兄弟とかに置きかえる必要がある。
かつて日本の特撮テレビドラマ『パワーレンジャー』は、アメリカでリメイクされたヒットした。日本版は当然全員日本人だが、アメリカ版では黄レンジャーをアジア人女性、黒レンジャーは黒人男性、リーダーでの赤レンジャーは白人のアメリ カ人が演じた。こうしないと、アメリカの子供たちはヒーローに感情移入できないのだ。
■国内のコンテンツ産業を活性化するほうが先
こうしたことを考えると、『進撃の巨人』以上に期待できるのは、今年の4月にアメリカのHBOで実写ドラマ化が決まった『MONSTAR』(浦沢直樹)だ。主人公は、日本人の天才脳外科医・天馬賢三だが、舞台は欧州各地で、ドラマ化されれば世界で通用する。主人公が日本人からアメリカ人に代わるかどうかはわからない。
いずれにしても、諌山創氏、小山宙哉氏、浦沢直樹氏などに続く漫画家が出てこなければ、クールジャパンとは言えない。
しかし、いまや国内の漫画、アニメ市場は縮小し、オンライン化によって従来の収益構造が崩れたこともあり、作品をつくるクリエーターの生活は厳しくなっている。そのため、大ヒットは出ても、全体では衰退し、コンテンツのクオリティも落ちている。
このことを無視して、いくら海外に出ても仕方ないだろう。つまり、まずやるべきことは、才能ある作家を発掘・育成し、国内のコンテンツ産業を活性化する。そうして、海外との交流を深め、そうしたなかでグローバルに展開できるコンテンツを生み出していくことだ。
■「世界に通用するクリエーターをしっかりつくっていく」
そう思っていたら、6月25日に、山本一太内閣府特命担当大臣が記者会見で、クールジャパン政策に言及した。山本大臣は次のように言った。
「クールジャパンを進めていくためにも世界に通用するクリエーターをしっかりつくっていくということが大事なので、留学、海外研修、海外との人材交流、 国際的に通用するクリエーター・プロデューサーを育成すると。経産省が以前そういう予算をつくったのですけれども、今年度から新進芸術家の海外研修とか、最先端の映画・映像制作関連の教育機関への留学を支援する事業を実施していきたいと思います」
この方向は間違っていないと思う。ただ、研究者とかプロデューサーとかはどうでもいい。クリエーターに徹底的に予算を使ってほしい。