Yahoo!ニュース

トランプ大統領が「ゲームチェンジャー」と呼ぶマラリア治療薬は新型コロナに効くのか? 米で臨床試験開始

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
実験室での結果が有望でも、人体で試すと? だから臨床試験が必要なんです。(写真:ロイター/アフロ)

大統領の誇張と先走り

 新型コロナウイルスの感染が急激に広がる米国。外出禁止令から国外への全面渡航禁止と、刻々と変わる状況下で、全米に新型コロナパニックの津波が押し寄せている。

 トランプ大統領は米国市民を安心させ、経済の安定を図ろうと新型コロナウィルス対策の記者会見を毎日行っている。しかしTV エンターテイナーだったトランプ大統領の口からでてくるのは、市民がすぐ飛びつくような単純化した論理と言葉だけ。そこには誇張や先走りが無数に含まれているので、逆に混乱を招いている。

 3月19日の記者会見は、COVID-19の治療薬についてだった。現在、米国にはCOVID-19の治療薬として安全性や有効性が認められているものはなく、エボラ出血熱の治療に使われた治験薬のレムデシビルについて臨床試験を行っている段階だ。

 しかしトランプ大統領は記者会見で、「ワクチンの方もうまくいっているが、まだ時間がかかる。だけど治療薬なら、もっとすごく早く推進できそうだ」として、新たにクロロキンまたはそのヒドロ誘導体であるヒドロキシクロロキンをあげた。

 「これは一般的なマラリアの薬で、強いリウマチにも使われている。長い間使われてきたから、効かなかったとしても、飲んで死ぬような薬じゃない。早期の結果だが、ものすごく有望な結果を示していて、この薬ならほとんどすぐにでも使えるようにできる」と、大統領はぶち上げた。

試験をしてみなきゃ本当のことはわからない

 しかしその直後、スティーブン・ハーン米食品医薬品局(FDA)長官があわてて登壇。「確かに大統領の言う通り、クロロキンはマラリアやリウマチ治療で承認されてます」とフォローしつつ、「しかしながら、COVID-19への使用では承認されていないので、その有効性と安全性を試験する必要があります」と訂正した。

 早期の結果で、クロロキンの投与がCOVID-19に何らかの効果があったという報告が中国、フランスから出ているが、どちらもごく小規模の試験だ。

 世界中がCOVID-19のワクチンや治療薬を切望する今、「有効だった例がすでにある」、「有望な実験結果がでた」といった一口ニュースを、過大評価してしまう傾向は誰にでもある。

 しかし「本当に効くかどうか、実証できる十分なデータはまだない」という事実を飛び越えて、大統領が「すぐにでも使える薬」、「ゲームチェンジャー(形勢を一変させる)だ」と宣伝したのでは、現実にその薬を使えない市民は「FDAがわざと止めているのではないか」、「なぜ主治医は処方してくれないのか」といった不信感を抱きかねない。

ミネソタ大学でランダム化臨床試験開始

 米疾病対策予防センター(CDC)、FDAをはじめ、医学者、科学者らがフルスピードでCOVID-19の治療薬を探していることには間違いない。

 実際、ミネソタ大学メディカル・スクールは3月17日、トランプ大統領が名をあげたヒドロキシクロロンを使ったランダム化比較による臨床試験を開始した。ヒドロキシクロロンは、マラリアの予防と治療でFDAの承認を受けている薬で、1950年代から使われている。

 最近の研究で、実験下ではヒドロキシクロロンがSARS-CoV2ウイルスに対する活性を示しているという。同大学での臨床試験は、人体という環境でも有益な効果を与えるかどうかを調べる試験である。

 別に行われているレムデシビル治験の対象者は、COVID-19ですでに肺炎の所見が見られる患者だが、このミネソタ大学での試験対象者は、「COVID-19発症者と濃厚接触があり、無症状の人」。

COVID-19を予防できるか?

 新型コロナウイルスにさらされた人が、ヒドロキシクロロンを摂取することで、COVID-19の発症を防げるか、またはCOVID-19の症状を抑えることができるかどうかを調査する。

 試験参加者は1500人で、家庭内、あるいは医療従事者で、過去3日以内にCOVID-19患者と濃厚接触があり、自らは症状がない人。全米で試験参加者を募る。ランダム化比較試験として、半数の参加者はヒドロキシクロロンを摂取するが、残り半数が摂取するのはビタミン剤である。四重マスク化なので、医師、参加者、研究者、評価者ともに、誰がどちらを摂取したかはわからない。(注1)

 これはヒドロキシクロロンがヒトにおいてCOVID-19の予防に有効かどうかを試す、はじめての臨床試験となる。ミネソタ大学医学部感染症部門のDavid Boulware医師がこの試験を率い、同大学の感染症部門の教授陣、バイオ統計学者、薬理学者らが協力して行う。

 米テレビのABCニュースとのインタビューでBoulware 医師は、「この薬に対する大統領の期待は高いが、試験管でうまく行ったからといって、患者で効果があるとは限らない。副作用だってあるので、使えるかどうかは試験をしてみなければわからない」と述べた。(注2)

 そのうえで、「すでに150人以上の参加者を得て、できるだけ早く1500人近くを登録したい。フォローアップ期間は2週間なので、4週間から6週間くらいで結果がわかる」と話した。

 ヒドロキシクロロンは安価なジェネリック品もあるため、「もし有効性が示されれば、世界中で新型コロナウイルスにさらされる人、そして医療従者への標準的な予防薬になりうる」と、ミネソタ大学のプレスリリースで同医師はコメントしている。(注3)

関連リンク

(注1)ミネソタ大学の新型コロナウイルス曝露後の予防臨床試験詳細 (英文リンク)

(注2)ABCニュースのBoulware医師インタビュー (英語動画)

(注3)ミネソタ大学メディカルスクール プレスリリース (英文リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事