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アイルランド人女性作家が見たブレグジット(英国EU離脱)、国境、そしてイギリスと祖国への思い

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
2016年Baileys女性創作賞に輝いたリサ・マキナニー。同賞公式サイトより

今回は、2月14日のル・モンド紙に掲載された、リサ・マキナニーのブレグジットについての寄稿を紹介する。

彼女は、1981年にアイルランド西部にあるゴールウェイで生まれた、小説家でありブロガーである。有力な新人作家で、2017年に発表された「栄光の異端者たち」は、数々の賞を受賞した。

アイルランド人のイギリスや北アイルランドへの思いがよく伝わってくる文章である(急ぎ訳したので拙い点があるかもしれません)。

*  *  *  *  *

私は覚えています、1990年代後半にアイルランド共和国のテレビで宣伝されていた広告キャンペーンを。そこには友達がグループで集まっていて、釣りをして、北アイルランドの音楽を奏でていました。あるスローガンの元に。「北アイルランド、あなたは決して知ることはないだろう・・・そこに行かない限り」。

ベルファスト和平協定に署名する前、アルスター(注:アイルランド共和国と英領北アイルランドに分割されている地域)で起こった数十年に及ぶ暴動のために、アイルランド共和国の市民のほとんどは、北アイルランドに行ったことがありませんでした。

1999年平和協定が発効しましたが、北アイルランド観光局は、この協定を国境を越えて新しい友達を招待する機会と見たのです。キャンペーンは大成功を収めました。20年経った今でもよくアイルランド人は楽しそうに冗談を言います。「君には決してわからないさ・・・来なければね」。今では多くの人は、その言葉の元が何だったかよく覚えていないのですけれど。

20年。20年で私たちの島は大きく変わりました。我が島は、自分のコミュニティの明確なアイデンティティーを保ちながら、よりまとまりのあるものになりました。州や街は、健康的なライバル関係になったのです。

私は週末ベルファスト(注:英領北アイルランドの首府)に飲みに行ったり、食事をして詩を聞いたり、北アイルランドのファーマナ州にあるマーブル・アーチ洞窟を訪れたり、都市デリーに行ったりすることが問題なくできるようになりました(注:デリーはアイルランド独立戦争で激しいゲリラ戦が行われ、その後も対立の象徴的な町だった)。そしてアイルランド領であるドニゴール郡のイニショウウェン半島と行ったり来たりしています。 外国人には、アイルランドの「国境」が、どれほど溶け合っているかを理解するのは難しいでしょう(おそらくそこに行かない限りわからないでしょう・・・)。

痛みがあった

でも、私の両親や祖父母にとって、北アイルランドへの旅行は困難でした。イギリス軍によって守られ、IRAの標的とされていた国境がありました。物流は容易ではなかったし、国境ラインは溶け合うことなくきっぱりと分かれていました。

そして、痛みがありました。イギリス人だという北の人、アイルランド人だという北の人、そしてアイルランド共和国の人、三者の間には不信がありました。アイルランド共和国の人は、自分の役割が何なのか確かではなかったか、国境の向こうの自分たちの兄弟のことを忘れていて、彼らが市民権のために戦うのをそのまま放っておいたのです。

20年。まるで1世紀も前のことのようです。今は、形ある検問所もありませんし、武装警備隊もいませんし、狙撃手もいません。ある管轄区域から別の管轄区域に移動したことを示すのは、道路標識だけです。北アイルランドはイギリスのようにマイルで表示され、アイルランド共和国は、他の欧州諸国と同じようにキロメートルを使っています。20年。そうです、イギリスのEU離脱は、ベルファスト協定が今日まで守ってくれたものを脅かしているのです。

(中略)

EUは今、強硬離脱派のせいで、バックストップの合意が圧力にさらされていると告発することを望んでいます。「アイルランドはバックストップを必要としない」と人々はアイルランドに保証しました。なぜならイギリス政府は、最終的には解決策を見つけるだろうから、と。「心配しないでください。問題ではありません。不平を言うのをやめて、言われたことをしてください」。

ベルファスト合意と、EUに属すること

多くのイギリスの国会議員、特に強硬離脱派は、理解していないようです。あるいはバカにしているのかもしれません。ベルファスト協定がいかに複雑なもので、並外れた達成であること、協定が我が島にもたらした計り知れない善、そしてなぜアイルランドの人々が将来のための解決策を見つけるのに、彼らを盲目的に信頼することができないのかを。

簡単に言えば、和平合意は北アイルランドの人が、イギリス人であること、アイルランド人であること、またはその両方であることを自由に選択することを保証していて、アイルランド政府とイギリス政府が共に協力して、人々の幸福を確保することを義務付けているのです。

このおかげで私達は、6つの郡が26の共同体に分割されて、家族とコミュニティを引き裂いていたインフラを解体することができたのです。これは長い間、イギリスの残虐行為と二カ国の間の不平等を象徴していました。ベルリンの壁が崩壊してから30年が経ちました。それを再構築するなんて、誰が想像できますか?

二つの要素のおかげで、現代のアイルランドは活力と安全を取り戻すことができました。一つはベルファスト協定、もう一つは欧州連合(EU)です。EUの加盟国として、アイルランドがイギリスと同等であると感じ、そして歴史の苦い重みから自らを解放して、友情と尊重の印のもとに、確かな未来に向かっていくことができると感じることができたのです。

2016年にイギリス人がEUからの離脱に賛成票を投じたとき、アイルランドの大多数の人は愕然としました。新たな分割の危険のためだけではありません。イギリスの政治家の中には、アイルランドに対して、不愉快な態度をとる人たちがいたからです。かなりの数のイギリス人はまだ私達のことを、劣っていて統制のとれていない対象とみなしていることを示していました。

私たちは、平等なヨーロッパに留まろうと投票したイギリス人の友人たちを心配しています。また離脱に投票した人たちのことも心配しています。なぜなら、多くの人がだまされたからです。彼らに約束されたより良い未来とは、自分のポケットをいっぱいにすることしか考えていない少数の卑怯な政治家やビジネスマンのためのものだからです。 そして友人である北アイルランドの英国統合主義者の心配をしています。イギリス中央政府の力の名のもとに、アイデンティティか安全保障かのどちらかを選択するよう求められているのですから。中央は、彼らのことなんてほとんど覚えていないのに。

私たちは、ダブリンの作家について話しているのと同じように、北アイルランドの作家について話しをしています。分裂する手段としてではなくて、コミュニテイとしてです。

アイルランドの文学は、北部で生まれ、共和国に定住したSeamus Heaneyがいなければ、どこにあるというのでしょうか。

アンナ・バーンズ(注:ベルファスト出身)が2018年にブッカー賞を受賞したとき、これはアングロサクソンの世界において最大の文学的な区別(差別)ですが、私達は国境を超えてお祝いすることが今や標準となったと、喜んだのです。

ここアイルランド共和国では、私たちは北アイルランド人作家ーーJan Carson、Paul McVeigh、Wendy Erskine、David Park、Paul Muldoon、Lucy Caldwellを誇りに思っています。 私たちはとても重要な同じ伝統に属しているのです。ブレグジットは私たちに再び別れを強いるのでしょう。やっと再会したばかりの家族が引き裂かれるのを見たい人がいるでしょうか。20年、すべては、こんな結末になるためにあったというのでしょうか。

ブレグジットは私達を再び引き裂くもの

私は国民投票の前日にロンドンにいました。文学のイベントに出席していて、イギリスの若いジャーナリストとおしゃべりをしていました。彼は私に国民投票をどう思うか尋ねたので、「怖いです」と答えました。彼は驚いた様子で聞きました。「なぜですか」。「もし離脱になったら、北アイルランドはどうなるのでしょうか」。すると彼は「ああ!私はそのことは考えていませんでした」と言ったのです。

良いでしょう。彼はアイルランド人ではありません。彼はアイルランド人であることが何を意味するのか、理解できなかったのです。今日でもまだ、保守的なイギリスの政治家が北アイルランドにやってきて国境地方を訪れるとき、理解していないように見えます。そして彼らは決して理解することはないでしょうーーたとえそこに行っても。(終)

参照記事:

アイルランドは統一され、英国は北アイルランドを失うのか:なぜ英国 VS アイルランド+EU26カ国か

ブレグジット(イギリスのEU離脱):3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。

英国EU離脱で、北アイルランドの本当に「マズい」状況。鍵を握るアイルランド首相はどういう人物か

リサ・マキナニーの寄稿を読んで

30年前。1989年のことだ。アイルランドのホーヒー首相(当時)は、ベルリンの壁が崩壊して、東ドイツをEU(当時はまだ西側のみ)に加盟させるかの議論になったとき、全面的に東ドイツを擁護した。分裂した国家に生きる市民として、統一を達成したいと願う人々の努力に、根本的に共感を覚える、と言って。当時はまだベルファスト和平合意前で、北アイルランドでは戦争状態が続いていた。

あれから、北アイルランドには冷たい平和が訪れた。そして20年がたち英国でEU離脱が国民投票で可決。ケニー前首相は、「住人が望めば、北アイルランドは統一されて、EUの一員になる」ことを26加盟国に了承させた。「北アイルランドは、東ドイツと同じ」と説いて。

トゥスクEU大統領は、バラッカー現アイルランド首相に強い連帯感を見せている。トゥスク氏はポーランド人。大国によって、何度も祖国が引き裂かれた、それだけではなく、祖国が消滅した経験をもつ国の出身だ。

「分断はもう嫌だ」「戦争はもう嫌だ」ーーこれが欧州統合の理念の根本である。

でも、大戦でも祖国が占領されることはなく、アメリカやカナダ、ソ連等と共に勝利を導いた側にいたイギリス人には、やはりわかりにくいのかもしれない。日本人と同じように、分断の経験もほとんどないのだから。

この点で、27加盟国の団結が崩れることはないに違いない。イギリス側がメイ首相の政府に見られるように融和的な姿勢を見せている限りは、EU側は交渉には応じるだろう。しかし、EU27加盟国は、EU設立の理念に触れる点では、決してイギリス側に譲歩はしないと思う。そして、融和的な姿勢が英国下院の採決結果で失われたとき、イギリスに差し伸べる手は絶たれるのだろう。

この欧州の状況を見ていて、日本と近隣国に思いをはせずにはいられない。

韓国の文大統領は北朝鮮への態度で非難されているが、政治の手腕はともかく、引き裂かれた祖国を統一したいと望むのは、人間として自然な感情ではないだろうか。とても幸せなことに、日本人は一部の島をのぞいて、国家レベルでこのような分断を経験したことがない。

朝鮮半島の分断は固定化されてしまい、二つの国は違う世界になってしまった。筆者は、一般の韓国人が非常に強く望まない限り、統一はないだろうと思っている。思いがなければ、政治が動くわけがない。

欧州となんという違いだろう。いつまでこのような分断は続くのだろう。朝鮮半島が不安定になるたびに、中国や他の大国の圧力のせいで半島の不安定が一層強いものになるたびに、矛先は日本に向かってくる。いつまでこんなことを続けなくてはならないのだろう。

争いの歴史は欧州にだって同じようにあった。イギリスとアイルランド、フランスとドイツ、冷戦の東西分割・・・同じ人間なのに、かたや欧州連合(EU)を創って分断をほとんど克服できていて、かたやヘイトスピーチのレベルで差別感情をぶつけ合っている。

どうすればいいのだろう。ただ一つ確かなことは、1国の努力だけ、2国間の関係だけでは決して解決しないことだ。

韓国人の友人と話しているときは、同じ人間としてわかりあえる。共に笑える、共に何かを考えることができる。ところが国家の名になったとたん、そこには二人の間を引き裂くものが生まれてしまう。化け物だと思う、国家って。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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