強制わいせつ罪で最高裁が47年ぶりの判例変更 気になる歯切れの悪さと今後の捜査公判への影響
強制わいせつ罪の成立要件について、最高裁が性的意図を一律に求める47年前の判例を変更した。結論は妥当だが、歯切れの悪さも気になる。判決文に基づき、判決理由や今後の捜査公判への影響について触れてみたい。
【これまでの経過】
今回の事案は、被告人が、知人から借金をする条件として、その要求に従い、7歳女児に対し、自宅で自己の陰茎を口にくわえさせるなど、性的虐待を加えた上で、その状況をスマートフォンで撮影し、知人に送信したというものだ。
この点、1970年に下された最高裁の判決では、強制わいせつ罪の成立要件について、行為の性質や内容にかかわらず、犯人の性的意図を要するという一律必要説が妥当だとされていた。
被害女性の手引で内妻が逃げたと信じた男が、報復のためにその女性を脅して裸にさせ、写真撮影したという事案に対し、男に性的意図が認められず、強制わいせつ罪は成立しないと判断したわけだ(強要罪は成立しうる)。
他方、そうした判例を前提としつつも、その後、これまで今回のような事案と同種のケースが起訴されると、裁判所は、たとえ加害者が性的意図を否認していても、犯行の内容や状況などから性的意図があったと認定してきた。
今回の事案でも、当初、検察側はその旨の主張をしていた。
しかし、一審が、証拠上、被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残ると判断したことで、異例の展開となった。
もし必要説に立てば強制わいせつ罪は無罪となる一方、不要説に立てば有罪となる(どちらも児童ポルノ製造・提供罪では有罪)。
これに対し、一審、控訴審とも1970年の判例の立場を否定し、次のような明確な不要説に立ち、有罪とした上で、児童ポルノ製造罪などと併せ、被告人を懲役3年6月の実刑とした。
「強制わいせつ罪の保護法益は、被害者の性的自由と解されるところ、犯人の性的意図の有無によって、被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」
「犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく、同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しない」
「客観的にわいせつな行為がなされ、犯人がそのような行為をしていることを認識していれば、同罪が成立する」
これを受け、判例違反などを理由として弁護側が上告していたところ、最高裁は47年ぶりの判例変更を行い、上告を棄却したというわけだ。
【陳腐化した1970年判例】
その理由として、まず最高裁は、おおむね次のように述べ、これまでの判例の問題点を指摘した。
・強制わいせつ罪が成立するか、法定刑の軽い強要罪等が成立するにとどまるのか、性的意図の有無によって結論を異にすべき理由が不明。
・強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しない。
その上で、最高裁は、おおむね次のような理由を挙げ、「今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべき」とし、47年前の社会情勢などを前提とした1970年の判例はもはや維持し難いとした。
・性的被害に係る犯罪規定やその解釈は、社会の受け止め方を踏まえなければ、その処罰対象を適切に決することができない。
・1970年以降、諸外国において、その時代の各国における性的被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応し、各国の実情に応じて犯罪規定の改正が行われてきた。
・わが国でも、性的被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映し、2004年の刑法改正で強制わいせつ罪や強姦罪の法定刑を引き上げ、2017年の刑法改正でも強制性交等罪を新設、法定刑を更に引き上げ、監護者わいせつ罪や監護者性交等罪を新設するなどしている。
確かに、もし現時点で被告人が同じ行為に及べば、強制わいせつ罪ではなく、強姦罪改め「強制性交等罪」が成立し、懲役5年以上の重い刑罰が科される。
膣内挿入のみならず、肛門内や口腔内への陰茎挿入も強制性交等罪で処罰されることになったからだ。
もっとも、最高裁が犯行後に行われた刑法改正の事情までをも挙げ、犯行当時に遡って法解釈を左右させたのは、理由付けとして必ずしも妥当とは言い難い。
児童に対する性的虐待を児童ポルノ製造・提供罪で有罪とするにとどめ、強制わいせつ罪について無罪放免とすることは被害の実態からかけ離れている上、到底許しがたく、何とかそれを併せて処罰したい、という価値判断が強く働いたからではないか。
【「わいせつな行為」とは】
では、最高裁は、性的意図の有無を検討する必要などないとまで言い切っているのか。
この点については、最高裁もなお必要説に未練を残しているようで、おおむね次のように述べている。
・刑法176条にいう「わいせつな行為」と評価されるべき行為の中には、(1)強姦罪に連なる行為のように、行為そのものが持つ性的性質が明確で、行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められ、直ちに「わいせつな行為」と評価できるものと、(2)行為そのものが持つ性的性質が不明確で、行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。
・しかも、強制わいせつ罪の法定刑の重さに照らすと、(1)(2)の全てが「わいせつな行為」として処罰に値すると評価すべきではない。
・いかなる行為に性的な意味があり、処罰に値する行為とみるべきかは、その時代の性的被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断される。
・「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない。
・そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得る。
【歯切れの悪さ】
すなわち、最高裁は、一審、控訴審のような明確な不要説を支持したわけではなく、一律必要説に立つ1970年の判例の立場は取り難いとしたものの、さらに一歩踏み出し、その判例を完全な間違いとし、「一律不要」と断言するまでには至らなかった。
その上で、今回の事案については、行為そのものが持つ性的な性質が明確であるから、その他の事情を考慮するまでもなく性的な意味が強く、客観的に「わいせつな行為」であることが明らかだとした。
一審、控訴審の有罪判決を是認しており、結論としては妥当だが、判例変更の範囲を最小限のものにとどめており、歯切れの悪さを残す形となった。
ただ、いずれにせよ、最高裁が強制わいせつ罪の成否を検討する際、次のような場合分けを行うという立場に立ったことは明らかだ。
(a) 行為そのものが持つ性的性質が明確で、当然に性的な意味があると認められ、直ちに「わいせつな行為」と評価でき、強制わいせつ罪による処罰に値するケース
→性的意図不要(検討も不要)
(b) (a)同様に直ちに「わいせつな行為」と評価できるが、強制わいせつ罪による処罰に値するか否か微妙なケース
→性的意図の有無を考慮
(C) 行為そのものが持つ性的性質が不明確で、行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いケース
→性的意図の有無を考慮
【今後の捜査公判への影響】
1970年の判例で検討された報復目的の事案は、先に触れたように被害女性を裸にさせて写真撮影したというものであり、(a)に当たると見るべきだろう。
また、少なくとも自己の陰茎を触らせたり、被害者の胸や臀部、陰部を触ったり、キスをしたり、膣内や肛門内に指や異物を挿入したり、裸にして胸や臀部、陰部を露出させるといった場合には、基本的に(a)に当たると評価されるのではないか。
強制わいせつ罪で処罰されているほぼ全ての事案がこうしたパターンなので、捜査当局が被疑者から性的意図に関する自白を無理に取る必要がなくなる上、たとえその点を否認されても起訴、有罪に持ち込めることとなり、今後の捜査公判に与える影響は大きい。
47年前の判例は裁判官5名のうち2名が反対し、3対2のギリギリの結論だったが、今回の判例変更は大法廷15名の裁判官全員一致の意見であり、重みも違う。
ただ、それでも、ダメ押し的な要素として、また、悪情状の一つとして、性的意図や目的、動機に関する証拠があった方がベターであることは確かだ。
その意味では、それらの点について被疑者に厳しく問い質すという取調べや、意図や目的などを裏付けるために広く客観証拠を収集するという捜査手法などは、これまでとさほど変わることがないはずだ。
問題は、(a)と(b)との区別だ。
最高裁はその判断基準を示しておらず、結局のところケースバイケースということになる。
立件するか否かの段階では警察の、起訴するか否かの段階では検察の、広範な裁量に委ねられているというわけだ。
例えば、電車内での痴漢行為は、衣服内に手を差し込むなど悪質なものこそ強制わいせつ罪で起訴されているが、多くは都道府県の迷惑防止条例違反で罰金を取って処理している。
これも、捜査当局が方針を変え、積極的に(a)に当たると判断し、もっぱら強制わいせつ罪で立件、起訴するという方向に舵を切ることで、厳罰化を図ることが可能だ。
また、実際に立件・起訴される例としては少ないものの、(c)に当たるものとしてどのような事案がありうるのか、という点も問題だ。
例えば、医師による医療的措置は、(c)の領域で検討され、強制わいせつ罪に当たらないと評価することが考えられる。
特殊な行為に対して性的興奮を覚える性癖を持つケース、例えば0歳~5歳程度の乳幼児に対する性愛者などについても、(c)に当たり、性的意図があるということで、強制わいせつ罪として処罰される、ということになるだろう。
今回、最高裁は、性的犯罪について、被害の内容や程度といった被害者の視点を基本とする姿勢を明らかにした。
捜査当局も、厳罰化や再犯防止策を徹底するのみならず、被害者の心身のケアに重点を置いた体制づくりなども一層強く求められることだろう。(了)
【参考】
拙稿「児童に対する性的虐待でも金めあてなら、わいせつにならないって変な話 最高裁が47年ぶりの判例変更へ」