児童に対する性的虐待でも金めあてなら強制わいせつにならないって変な話 最高裁が47年ぶりの判例変更へ
強制わいせつ罪の成立要件について、最高裁が47年前の判例を変更する可能性が高い。実務に与える影響は極めて大きい。そもそもどのような事案であり、何が問題となっているのか、という点について触れてみたい。
【事案の概要と被告人側の主張】
公開されている一審神戸地裁の判決文によれば、次のとおり児童に対する性的虐待の事件だ。
(1) 被告人は、2015年1月、自宅において、保護する立場にあった全裸の7歳女児に対し、自己の陰茎を触らせ、口にくわえさせ、同児の陰部を触り、射精してその精液を同児の顔に付けた(強制わいせつ罪)
(2) その際、その状況をスマートフォンで撮影し、124枚の画像データを保存した上で(児童ポルノ製造罪)、それらを知人に送信した(同提供罪)
これに対し、被告人や弁護人は次のように述べ、強制わいせつ罪は成立しないと主張している。
「金に困って知人から金を借りようとしたが、その条件として女児とわいせつな行為をして撮影し、画像データを送信するように要求された」
「そこで、わいせつな行為をしているような演技をして撮影、送信した。その目的は金を得ることであり、自己の性欲を刺激興奮させ、満足させる意図(性的意図)などなかった」
「陰茎が勃起したり射精したりしたのは、過去に交際した女性との性行為等を思い出しながら自慰に及んだからで、女児に対する行為とは無関係だ」
【従来の最高裁判例】
では、なぜそうした主張が可能なのか。
そもそも刑法は強制わいせつ罪について次のように規定しているが、どこにも「性的意図」が必要だとは書いていない。
「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする」(刑法176条)
この点、わいせつ文書販売事件で「そもそも『わいせつ』とは何か」という点が問われた際、1951年に最高裁が次のような見解を示している。
「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」
その上で、強制わいせつ罪の成立要件が問われた報復目的の事件で、1970年に最高裁が次のような見解を示している。
「強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない」
被害女性の手引で内妻が逃げたと信じた男が、被害女性を呼び出し、「仕返しに来た。硫酸もある。お前の顔に硫酸をかければ醜くなる」などと脅した上で、「5分間裸で立っておれ」と指示し、その容姿を写真で撮影したという事件だ。
性的意図必要説に立つこうした最高裁判例があるので、今回の事件でも、被告人側は「性的意図がなかったので強制わいせつ罪は成立しない」と主張しているわけだ。
逆に検察側は、「犯行の内容や被害女児の供述などから被告人に性的意図があったことは明らかだ」と主張し、強制わいせつ罪で起訴したわけだ。
なお、報復措置を加えるとか撮影画像を転売して金を得るといった目的による犯行だったとしても、性的意図も併存していたのであれば、必要説でも強制わいせつ罪が成立することに変わりはない。
【最高裁判例に対する評価】
ただ、この最高裁の判例は、裁判官5名のうち2名がおおむね次のような見解に基づいて反対しており、ギリギリの結論だった。
「強制わいせつ罪は個人の性的自由を保護法益としているものである上、条文でも何ら性的意図を要求しておらず、行為者の目的や意図は犯罪の成否という結論に影響を及ぼすものではない」
すなわち、性的意図不要説に立ち、被害者の性的自由を侵害したと認められる客観的事実があり、行為者がこれを認識していさえすれば、強制わいせつ罪が成立するという立場だ。
現在の刑法学会における多数派もこの不要説であり、最高裁の必要説を強く批判している。
【性的意図必要説の意義】
では、なぜ強制わいせつ罪の成立に性的意図が必要だという見解が存在するのか。
理由は多岐にわたるが、「わいせつ」とは何を意味し、「わいせつ」か否かをどのように判断するのか、といった根本的な問題もその一つだ。
刑法には暴行・脅迫を用いて人に義務のないことを行わせる強要罪という犯罪があり、より刑罰が軽い強要罪と強制わいせつ罪とを区別するためには、後者の成立要件として性的意図が必要ではないか、といった点も挙げられる。
また、客観的に見ると裸の女性の胸や陰部に触れることはわいせつ行為ととらえられるが、医療的措置に基づく場合であれば、医師に性的意図がないという理由に基づき、違法性の有無を判断する前の段階で、強制わいせつ罪が成立しないと結論付けられる。
次のように、およそ一般人が性的興奮を覚えず、単なる虐待や侮辱としか見られず、被害者も性的被害の認識がない特殊な行為に対し、逆に性的興奮を覚えるような性癖を持つケースをどう処理するのか、といった問題についても、性的意図という行為者の内心を持ち出すことで、解決策を導こうとしている。
(1) 0歳~5歳程度の乳幼児に性的興奮を覚える乳幼児性愛者
(2) 女性のブーツや足の裏、指先を舐めることで性的興奮を覚えるフェティシズム
(3) 女性の口に指を突っ込み、嘔吐する姿に性的興奮を覚える者
(4) 寝ている女性に射精や放尿することで性的興奮を覚える者
(5) 殴打行為で性的興奮を覚えるサディスト
【一審・控訴審の判断】
今回の事件について、一審の神戸地裁は、まず、被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残ると判断した。
すなわち、「性的意図があったことは明らかだ」という検察側の主張を採用しなかったわけだ。
理由は次のようなものだった。
「知人も被告人とのやり取りや画像データの送信に関して被告人とほぼ同様の供述をしている上、画像データの内容とも整合しており、被告人の目的が金を得ることにあったという点は信用できる」
「画像データの中には被害者が風呂場で頭を洗っている間に自慰行為をしたという被告人の弁解に整合するように見えるものもある」
「被害者の検察官調書には、被告人に頼まれて陰茎を洗っていたら、だんだん上を向いてきたとの記載があるが、質問に誘導され、これに迎合するなどして供述した可能性も否定できず、高い信用性は認められない」
性的意図必要説を前提とすると、被告人には強制わいせつ罪は成立しないということになる。
暴行・脅迫もないので、強要罪にもならない。
しかし、神戸地裁は、性的意図不要説に立ち、強制わいせつ罪が成立すると判断した。
その理由は、次のとおり、1970年の最高裁判決における2名の裁判官の反対意見に沿ったものだった。
「強制わいせつ罪の保護法益は、被害者の性的自由と解されるところ、犯人の性的意図の有無によって、被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」
「犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく、同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しない」
「客観的にわいせつな行為がなされ、犯人がそのような行為をしていることを認識していれば、同罪が成立する」
控訴審である大阪高裁も、一審が示した性的意図不要説を支持したばかりか、1970年の最高裁判決について、あえて次のように言及している。
「最高裁判例の判断基準を現時点において維持するのは相当ではないと考える」
【47年ぶりの判例変更へ】
最高裁は、被告人側の上告を受け、5名の裁判官で審理する小法廷から15名全員の裁判官で審理する大法廷に事件を回付した。
10月18日には検察側と被告人側の意見を聞く弁論が開催される予定だ。
もし性的意図不要説が間違いであり、必要説が正しいというのであれば、大法廷ではなく小法廷で審理を行い、控訴審判決を破棄した上で大阪高裁に事件を差し戻すとか、強制わいせつの部分について自ら無罪を言い渡せば足りる。
それが大法廷に回されたというわけだから、年内にも言い渡されるであろう判決では、1970年の判例が変更されることだろう。
その際、あくまでも必要説を維持した上で、その対象は犯人に限らず広く第三者も含まれ、「自己又は第三者の性欲を刺激興奮、満足させる意図」と定義し直し、判例変更の範囲を最小限のものにとどめることも考えられる。
しかし、よりシンプルに、必要説に立つこれまでの最高裁判例を捨て去り、一気に不要説に転じる可能性の方が高い。
特に重要なのは、著名な刑法学者で2017年2月に最高裁判事に就任した山口厚裁判官が不要説の急先鋒であり、評議をリードし、不要説を根拠付ける詳細な補足意見を書くのではないか、という点だ。
不要説を妥当と考えるが、「わいせつ」とは何かという定義との整合性や強制わいせつ罪と強要罪をどうやって区別するのか、先ほど挙げたような特殊な性癖を持つケースをいかに処理するのかといった問題もあり、これらに対して最高裁がどのような解決策を示すのかも注目される。
【性犯罪厳罰化の影響】
なお、被告人は強制わいせつ罪で起訴され、児童ポルノ製造罪などと併せて一審・控訴審で懲役3年6月の実刑判決を受けている。
検察側の求刑は懲役4年6月だったが、裁判所の量刑ともども、あまりにも軽すぎると感じる方も多いだろう。
この点、7月13日に性犯罪の厳罰化などを盛り込んだ改正刑法が施行されており、もし現時点で同じ行為に及べば、強制わいせつ罪ではなく、強姦罪改め「強制性交等罪」が成立し、懲役5年以上の重い刑罰が科されることとなった。
膣内性交のみならず、これまで強制わいせつ罪で処罰されてきた肛門内や口腔内への陰茎挿入も合わせて「性交等」とし、強制性交等罪で処罰することになったからだ。
一定の評価判断が必要な「わいせつ」という概念を用いている強制わいせつ罪と異なり、強姦罪の場合、性的意図の存否は問題とならず、これを引き継いだ強制性交等罪も同様だ。
膣内や肛門内、口腔内に陰茎を挿入したという客観的事実があればアウトだから、今回の事件のように「陰茎を口にくわえさせたが、性的意図がなかったので強制性交等罪は成立しない」といった主張も不可能だ。
また、被害女児は当時7歳であり、13歳未満であることから、暴行・脅迫がなく、たとえ合意の上であっても、その年齢を知りつつ性交等に及べば、強制性交等罪が成立する。
「監護者性交等罪」という犯罪も新設されたので、18歳未満の場合でも、親など監護者がその影響力に乗じて性交等に及んだのであれば、暴行や脅迫がなくても同罪が成立し、強制性交等罪と同じく懲役5年以上の刑罰が科される。
性犯罪の厳罰化は、今回のような児童に対する性的虐待のケースにも、様々な影響を与えるというわけだ。(了)
※ 被告人は自己名義の貯金口座の通帳やキャッシュカードなどを融資金10万円の対価として他人に有償譲渡しており、犯罪収益移転防止法違反でも起訴されているし、裁判では強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪の罪数関係なども争点となっているが、今回のテーマとは無関係なので割愛した。
【参考】
拙稿「実際にどこまで性犯罪の厳罰化が進むのか 110年ぶりの抜本改正で変わること、変わらないこと」