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「今世紀最大の人道危機」シリア内戦、トランプ空爆からとらえなおす

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
あまりに多くの血が流れたシリア内戦。今世紀最大の人道危機と言われるまでに深刻化(写真:ロイター/アフロ)

米国のトランプ政権が今月6日、シリアの空軍基地への空爆を行ったことについて、どう評価すべきか。結論から言えば、トランプらしい一時的なパフォーマンスに過ぎず、シリア内戦の混迷ぶりに拍車をかけるだけだろう。しかし、今回のトランプ政権による空爆を歓迎しているシリア人の人々がいることも、また事実だ(無論、怒っているシリアの人々もいることは承知している)。2011年以降、32万人以上の人々が殺され、500万人以上の人々が難民となるという惨状をもたらしたことについて、シリアのアサド政権や同政権に協力しつづけているロシアの責任が重いことは、否定しがたい事実だろう。そもそも「今世紀最悪の人道危機」と言われるまでシリア情勢が悪化することを世界は何故、止められなかったのか。今回の空爆を機に、日本の人々にも是非、考えてもらえたら、と願う。

〇米国もシリア情勢の混乱に関与

筆者は、内戦ぼっ発前のシリアに行ったことがあるが、かつては治安が良く、教育や医療などの社会サービスも手厚く、そして観光地としても魅力的な国だった。だから、現在でも日本の研究者の一部やJICA関係者などの中には、アサド政権に同情的な意見も少なくない。つまり、2011年の中東の春での民主化運動に乗じて、元々アサド政権を敵視していた米国が反体制派を支援したことが内戦のそもそもの原因だという主張だ(もっとも、筆者の知り合いのシリア人に聞くと、デモ隊に発砲し、子どもまで拷問して殺すというアサド政権のなりふり構わない弾圧が、人々の怒りに火をつけたのだという)。

事実、米国の介入がシリアに混乱をもたらしたことも否定しがたい面はある。英国に拠点を置く「紛争兵器研究所」が2014年9月に公表した報告によれば、IS(いわゆる「イスラム国」)から押収した武器にかなりの割合で、米国産のものが含まれていたという。これは米国がサウジアラビアを通じ、シリア国内の反体制派に武器を供給していたものが、ISの手にもわたってしまったものではないか、と紛争兵器研究所は分析している。また2012年6月21日付の米有力紙『ニューヨークタイムズ』の記事は、CIA関係者の話として、サウジアラビアやカタール、トルコなどが、アルカイダ系の武装組織も含む反アサド勢力に武器弾薬を渡しており、CIAもこれに関与したと報じている。そもそも、IS自体が米国が2003年に始めたイラク戦争により、その地位を追われた旧イラク軍の軍人たちが中核となって結成され、海外からの義勇兵や地元の反米武装勢力を取り込んで、その勢力を拡大していったものだ。IS指導者のアブバクル・バグダディ容疑者が過激な思想を持つようになったのも、イラク南部のブーカ刑務所で米軍による激しい拷問を受けたことが原因だとも言われている。

〇死神アサド―猛空爆、兵糧攻め、大規模な処刑

米国やサウジアラビア等の関与が事態をややこしくしたとは言え、シリア内戦での最大の虐殺を行っているのは、やはりアサド政権である。2011年の内戦ぼっ発以来、人口密集地に、いわゆる「たる爆弾」(ドラム缶の様な容器に最大で1トンの火薬と金属片を詰め込んだ無差別殺傷兵器)を次々に投下。女性や子どもなどの非戦闘員も巻き添えにし、市街地も徹底的に破壊し、病院も爆撃するなど、国際人道法に反した大量虐殺を毎日のように繰り返している。シリア内戦報道では、ISの蛮行が報じられることが多いが、現地の人々に聞くと最大の脅威は「死神(アサド政権)」であると言う。

現地の人々にとって脅威は空爆だけではない。アサド政権は度々、反政府勢力の勢力圏である町や村を封鎖し、食糧や水の供給を断っての兵糧攻めも行った。そのため、多くの住民が骨と皮だけになる程やせ細り、餓死するということが各地で相次いだ。

組織的で大規模な処刑も行われている。国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」が今年2月にまとめた報告によれば、シリアの首都ダマスカス近郊にあるサイドナヤ軍事刑務所で2011年から2015年にかけ、最大で1万3000人が処刑されたという。しかも、処刑された人々は、ほとんどがデモ参加者や人権活動家やジャーナリスト、反体制派の政治家などの民間人で、激しい拷問や性的虐待の挙句、殺されたのだという。

〇人命無視のロシア、どこまでもアサド支援

なぜ、国際社会はアサド政権の暴走を止められなかったのか。国連安保理ではシリアでの暴力の停止求める決議や国際人道法違反への批難決議が提出されたが、いずれもロシアと中国の拒否権によって退けられた。今年2月にも対シリア化学兵器関連制裁決議案にロシアが拒否権を発動。これまでロシアは7回、中国は6回、シリアに関する安保理決議に拒否権を行使してきた。また、今月4日にシリア北西部イドリブ県で化学兵器が使われた疑惑についての調査にも、ロシアは抵抗している。

なぜ、そこまでロシアはアサド政権をかばうのか。それは、ロシアにとってシリアはソ連時代からの友好国であり、軍事的、経済的なつながりが深いからだろう。特に、シリア西部にあり地中海に面するタルトゥース港は、旧ソ連諸国以外で唯一、ロシア海軍が駐留する基地であるなど、地政学的な要衝である。また、シリアの反体制派の武装勢力に、ロシアからの独立を求めるチェチェン人ゲリラが合流していることから、チェチェン戦争で成り上がったプーチン大統領はシリアの反体制派を嫌っているということもあるようだ。米欧に自国の友好国に介入されたくないというメンツの問題もある。いずれにしても、ロシアと中国のおかげでアサド政権は好き勝手やれているということは確かだろう。

ロシアはアサド政権を国連安保理でかばうのみならず、軍事介入もしている。2015年9月末から、ロシア空軍が反体制派の勢力圏を空爆。クラスター爆弾などの無差別で非人道的な兵器も使い、民間人の犠牲者を続出させている。イギリスに拠点を置く、「シリア人権監視団」は、2015年9月30日から2016年7月29日までの10ヶ月間で民間人含む7457人のシリア人が死亡したと昨年7月末に発表。その後もロシア空軍による空爆被害は続いている。ロシアは、単なるアサド擁護派ではなく、シリアの人々を虐殺している一大勢力なのだ。

〇トランプの空爆、効果は限定的―事態はさらに混迷

大量虐殺をやりたい放題であったアサド政権に対し、トランプ政権が行った今月6日の空爆が、シリアの反アサド派の人々にとって胸のすくものであったことは確かだろう。著名な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のケネス・ロス代表すら、ツイッターで米国の空爆に関する記事に触れ、「遅すぎるが何もしないよりはいい。米国はやっと、アサドの化学兵器使用を止められないロシアに対して抗議した」と投稿したほど。シリア人の活動家で日本政府に対しアサド政権へ無償資金協力をやめるよう呼びかけたリーナ・シャーミーさんもツイッターに「毎日、民間人を殺すために戦闘機が飛び立つシリア軍の基地を米国が空爆したことは、良いステップ」と投稿した。だが、筆者の知人で現地への人道支援を行うシリア人Aさんは「米国の空爆の効果はあくまで限定的」と言う。「短期的な視点では、米国の空爆を喜ぶシリア人もいるでしょう。それだけ、シリアの人々は追いつめられているからです。ただ長期的には、今回の空爆だけで良い方向にいくとは思えない」。Aさんが悲観的なのは、シリアにはロシア軍が駐留しているため、米軍が総攻撃を仕掛けてアサド政権を崩壊させることは、非現実的だと見ているからだ。そんなことをしたら、米ロ直接対決になりかねず、トランプ政権にとってもリスクが高すぎる。Aさんは「トランプ大統領は支持率が落ちているから、パフォーマンスで限定的な空爆をしただけではないでしょうか」と懐疑的だ。

シリア難民に対して支援をしている日本のNGO関係者からも不安の声があがる。PEACE ON代表の相沢恭行さんは「軍事介入すればまた新しい犠牲が増えるのは確実だし、それによって化学兵器による攻撃が止む保証もない」「まずは、化学兵器使用について、きちんと調査を行うべき」と言う。日本イラク医療支援ネットワークの佐藤真紀事務局長も「今回の米軍の攻撃で現地の子どもも殺された」と、米国の介入も現地の人々の命を奪うことになることを指摘しながら、「武力行使容認の安保理の決議を得ずに米国が単独で行った攻撃で、日本も今年末まで安保理非常任理事国であり、責任は重い」ブログで問題提起している。確かに、トランプ政権になってからは、それまで以上に米国ほか有志連合の対IS空爆で殺される一般市民の数も激増しており、今年に入ってから、つまりトランプ大統領就任後は、ロシアによる空爆犠牲者数を上回るという情況になっている。前述したように、国連安保理はロシア及び中国の抵抗で機能不全に陥っているが、正式な手続きを経た方が、米国の言い分に正当性を与えただろう。そして何よりも、シリアでの全面戦争が非現実的な以上、それ以外の方法を模索するしかない。

〇非常任理事国として、平和国家として、日本ができることは?

前出の佐藤さんが言うように、日本は現在、国連安保理の非常任理事国だ。シリア内戦を終わらせるためには、アサド政権や反政府勢力、ロシアと米国等と、この戦乱のプレーヤー達に、何としても停戦の交渉の席につかせなくてはいけない。日本のポジションとしてできることは、安易に米国の空爆を支持するのではなく、あくまで中立的な立場で各勢力、各国に働きかけることだ。安倍首相は、昨年プーチン大統領が来日した際、ロシア側に「日本のシリア問題への姿勢は我が国と同じだ」とまで言われ、トランプ大統領がシリアへ空爆をしたらそれを支持するなど、全く一貫性がない。だが、今後、米ロの対立が激化するだろう中で、日本は単なる風見鳥になるのではなく、憲法で戦争を否定する平和国家として、「なんにせよ、もう暴力は終わらせないといけない。それがまず第一だ」と力強く世界に訴えるべきなのではないだろうか。ただの理想論かもしれないし、正直なところ筆者自身もどうしたらシリア内戦を止められるのか、明確なアイディアはない。だが、状況があまりに絶望的だからこそ、理想を掲げる必要もあるのだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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