上昇するマンション管理費を抑制する切り札 「アプリ管理」がゆっくり動き出した
マンション管理会社に頼らず、住人だけでマンションを維持してゆくために必要な仕事を行うのが「自主管理」。その自主管理に役立つアプリが開発された、とのニュースが出たのは、1年前の2020年7月1日。パソコンやスマホのアプリで、マンション管理が行えるようになるというのだ。
が、そのニュースを見た1年前、アプリの有効性に疑問が湧いた。
「それ、無理じゃない?」の気持ちが強かったのである。
というのも、マンションの「自主管理」は、とてつもなく大変な仕事であるからだ。管理会社の助けを借りずに、清掃やゴミ集積場の整理、樹木の手入れ、お金の出し入れ、総会のとりまとめを行おうとすれば、こなさなければならない仕事は山積みとなる。それがわかっているので、マンション管理組合の多くは、自主管理を考えても踏み切れないでいる。
面倒な自主管理がアプリで楽にこなせるようになるのか、とその効果に懐疑的だったわけだ。ただし、アプリを開発したのは三菱地所のグループ企業なので、いい加減なものは世に出さないだろう、とも考えた。
それから、1年経った今、このアプリはどれくらい利用され、どれほどの費用抑制効果があるのか。関係者への取材を試みた。
1年間で、10の管理組合がアプリによる管理を決めた
結論を先に出すと、アプリの利用をはじめたマンション管理組合は4つ。さらに、6つの管理組合が導入の調整中で、秋には正式導入の見通しになっている。
つまり、1年で10の管理組合がアプリを利用したマンション管理を認めたわけだ。この数字、多いとみるか、少ないとみるか。
少ないと考えるかもしれない。
しかし、日本で初めて「マンション管理をアプリで行おう」というサービスなのである、発表後、即大人気になることを期待するのは酷というもの。広める困難さを勘案すれば、結構頑張っている、と評価できる。
想像以上に、マンション管理アプリの利用は、広まっていた。ただし、アプリを導入する管理組合は、ハードルの高い「自主管理」に踏み切ったわけではなかった……。
アプリで一部自主管理を行うことにより、管理費を軽減
日本で初めてのマンション管理アプリは、「KURASEL(クラセル)」といい、三菱地所コミュニティが設立した新会社イノベリオスによって提供・運営されるものだ。
今回の取材は、イノベリオス、そしてアプリの開発を行ったアルサーガパートナーズに対して行った。
話を聞くと、昨年7月のアプリ発表後半年間は説明してまわることに終始したという。現場の声を基に改良も行って、本格的な営業が開始されたのは、今年の2月から。約5ヶ月で10の管理組合に認められたのだから、まずまずの滑り出しといってよいだろう。
ただし、住人だけですべての管理業務を行う完全な「自主管理」に活用されているわけではなかった。
説明して回った半年で、いろいろな管理組合の意見を聞き、「完全に自主管理できるアプリ」から「一部自主管理ができるようにすることで、管理費を安くできるアプリ」に方向を転換。これが、多くのマンション管理組合に支持されるようになったのである。
マンション管理費は年々上昇し、負担増にあえぐ管理組合も
では、アプリはどのように活用されているのか。
それを説明する前に、そのアプリが誕生した背景、つまり現在のマンション管理の実情を説明したい。
ご存じの方も多いだろうが、マンションの管理費は年々上昇している。理由は、管理会社の人件費が上がっているためだ。
人件費が上がり、今の費用では引き受けることができない、と管理会社から管理委託費の値上げを要求される。そのとき、なんとか応じることができるマンション管理組合であればよい。
しかし、管理組合の話し合いで、管理費の値上げは困る、と決まると、管理組合の役員はその先の対応に苦慮することになる。
以前ならば、もっと安い費用で引き受けてくれる管理会社に変更する手があった。ところが、今は安い費用で引き受けてくれる管理会社を探すのが困難になっている。管理会社はどこでも人件費の上昇に悩まされているからだ。
マンション管理は多くのマンパワーを必要とする。当然、人件費もかさむ。その人件費を、これまでは知恵を絞って削減してきた。たとえば、リタイア世代のボランティア的労働力に頼っていたのも、そのひとつだ。
平成時代まで、60歳とか65歳で定年を迎えた世代の多くが定年後の職場として「マンションの管理人募集」に応募してくれた。マンション管理の仕事にいくつかの魅力があったからだ。
まず、マンションごとに募集される管理人は自転車で通える範囲に住んでいる人が優先された。災害等で電車が止まったときや深夜でも、マンションに駆けつけることができる人を選んだわけだ。
採用される人は、自宅近くで行える仕事を得ることになる。これは、仕事はしたいが、もう通勤電車には乗りたくない、と考えるシニア層に喜ばれた。
加えて、営業のノルマはないし、これまでの人生経験が生かせる仕事でもある。そして、マンション管理会社の多くは、財閥系や鉄道会社系の社名が頭に付くので、「新しい職場はここ」と説明するときに体裁がよい、という点も好まれた。
その結果、元商社マンや元銀行マンなど優秀な人材が集まったし、年金が十分にもらえた世代であったため、安い給料で仕事を献身的に行ってくれた。優秀な人材が安く雇用できたわけだ。
その人材を手放したくないと、管理会社の多くは管理人の定年を延長。70歳を超えても働いてもらえるようにしていたのだが、定年延長にも限度がある。
団塊の世代が完全リタイアするようになった3、4年前から管理人の引き受け手が減った。現在、第2の職場を求めるシニアは年金の不足を補うため、より高給の職場を求め、若い世代はもとより安い給料の仕事に関心を示さない。
管理会社各社では管理人不足が顕在化し、従来より高い給料で管理人を雇わなければならなくなった。これにより、人件費上昇の問題が出てきたのである。
マンション管理は、人出を必要とする仕事
人件費が上昇しているなか、マンション管理にはマンパワーを必要とする仕事が多い。
わかりやすい例として、マンションのゴミ出しを挙げよう。
現在のマンションは24時間ゴミ出しOKのところが多く、それがマンションに住む魅力のひとつになっている。1年中24時間いつでも、マンション内のゴミ集積場に各家庭からのゴミを出すことができる。
その便利さを支えているのが、マンション内ゴミ集積場から道路に面した行政のゴミ出し場に大量のゴミを運ぶ管理スタッフだ。
管理会社に管理委託を行っている場合、この作業員を派遣してもらえるので、マンション住民は何もしなくてよい。
この費用を節約しようとすれば、ゴミ集積場から大量のゴミを運ぶのをマンション住人が行わなければならない。交代でゴミ当番を持ちまわる制度を設け、ゴミの運搬とその後の清掃を行うわけだ。
その場合、共働きやシングル家庭では、当番をこなせないことがあるだろう。マンション購入者から住戸を借りて住む賃貸居住者は、当番を拒否したり、当番のあるマンションを借りない、という動きも出るはずだ。
管理会社に委託する仕事には、どうしても外せないものがあるわけだ。
一方で、管理会社に頼むより、マンション管理組合で行ったほうが効率のよい仕事もある。こちらの代表例が、管理組合からの各種支払い。これを管理会社に委託すると、オンラインで振り込みすることは認められず、いちいち金融機関の窓口で、通帳と印鑑で出金や振り込みを行わなければならない。金融機関の窓口が減っている現在、これは非常に手間と時間がかかる仕事となっている。
その点、お金の出し入れを管理組合が行えば、オンラインでの振り込みが可能。手間と時間が大幅に節約できる。
このように、管理会社に委託したほうがよいものと、管理組合で行ったほうがよいものを分け、管理組合で行ったほうがよいものをアプリで簡単に行えるようにした。
「KURASEL」では以下のようなことをアプリで簡単に行うことができる。
・業者への支払い・発注情報の一元管理
・毎月の管理費、修繕積立金などの請求や未納状況の管理
・収支報告書、貸借対照表の自動作成
・居住者情報の一元管理
・共用部分の利用状況の一元管理
・管理組合書類の保管、閲覧
アプリでは、管理組合内でのお金の不正利用等ができないようなシステムを構築。役員・監事以外は閲覧できない箇所(たとえば、管理費滞納者リストなど)も設けて運用される。
いわば、“セミ自主管理”とか“半自主管理”という方法でアプリを利用できるわけで、これに多くの管理組合が関心を示した。
その費用は、月額3万5000円。管理組合全体で毎月3万5000円を払えば、区分所有者全員で、管理アプリを使用できるわけだ。
アプリ利用により、節約できる管理費用は総戸数50戸程度のマンションで、年間100万円程度だという。1戸あたりで、年間2万円の節約。大きな額ではない。が、これまでと同じ管理を続けていれば、毎年の管理会社に払う委託費用は上昇していたはず。その上昇をなくし、しかも、1戸あたり年2万円節約できたのだから、わるくない数字だ。
しかも、月額3万5000円で、管理に関する質問にメールで回答してくれるアドバイザー機能も付いている。
「KURASEL」は、2024年度までに全国で3000組合で導入されることを目指している。全国でマンション管理組合は10万あるといわれているので、その3%程度。すべてのマンション管理をアプリで行えるようにしようと考えているわけではなく、「マンション管理の方法の1つ」として、アプリ管理を広めてゆこうとしているわけだ。
しかし、その使い勝手によっては、マンション管理の主流になる可能性もある……1年前、懐疑的だった私は、取材を終えてそう考えるようになった。