投票率84%は低い?日本からは想像できぬデンマーク選挙 若者の高い参加率を探る
デンマークで11月1日に開催された国政選挙。その投票率は「84.1%」だった。(現地統計局)
それでも同国内では、前回国政選挙に続き2回連続で85%を下回ったことで、「投票率の低下」を懸念する声が上がっているようだ。
衆院選・参院選ともに50%台の日本からみれば、ちょっと想像できない状況だ。
また、若者の投票率も、デンマークは高い水準を誇る。今年の選挙の若者投票率の発表は来年夏となる予定だが、コペンハーゲン大学の調査によると、前回の国政選挙の投票率は18歳で84%。19〜29歳は少し低下して77%だったが、それでも日本と比べれば非常に高い数字であることがわかる。
これらデンマーク国民の、特に若い世代の高い投票率や積極的な政治参加の背景にあるのが、各党の「青年部」だ。日本では馴染みの薄い「青年部」という存在と活動について、現地の取材とあわせてお伝えする。
自分でメッセージを手書きし、行進や抗議活動に参加する「成功体験」
筆者が今回密着したのは、メッテ・フレデリクセン首相が党首でもある中道左派で最大規模の政党「社会民主党」とその青年部だ。選挙直前の週末に気候危機対策を訴える気候マーチが開催されるため、選挙オフィスではプラカード製作が行われていた。
北欧は「政治家と市民の距離が近い」と言われており、小学校~大学まで、学生が政治家と直接話す機会は非常に多い。学校生活の中で「社会へ影響を与える方法」や「議論の仕方」などが伝授されていくのだろう。
そうした小さな政治的な成功体験の一つに、写真のようなポスターやプラカードの製作があげられる。メンバーで集まって社会課題解決を訴えるメッセージを手書きして、街中に貼ったり、抗議活動に参加したり、SNSで広めたりすることによって、メディアで報道されて注目を集める。こうした一連の体験が「自分は社会に変化を起こしている」実感を得る機会につながり、政治や選挙への関心につながっていくのだ。
プラスチックのポスターに穴を開ける作業をしていた8年生のオール(14)さん。日本では中学生にあたる。
「デンマークの学校には職業体験を1週間体験できる規則があるんです。私は社会民主党が好きなので、職業体験をさせてもらえないかと青年部にメールをしました」
オールさんはこの後、参加した気候パレードで首相と記念撮影をする機会にも恵まれ、職業体験での政治参加を満喫していた様子だった。
青年部なしで選挙活動はこれほど盛り上がらない
オールさんが職業体験をしたい旨を連絡したという「青年部」とは、北欧の政治モデルのひとつだ。各政党で10~20代の若者が所属する部署であり、若者の代表・民主主義の象徴として社会で大事にされている組織だ。勉強の傍らに楽しむクラブやサークル活動のノリで気軽に党員として加入できるため、政治家になりたいわけでもなく、ただ党員として登録しているだけの人もいる。一方で、積極的に活動に参加し、いずれは優秀な政治家になっていく人もいる。
政治学に詳しいオーフス大学のリュヌ・ストゥバエル教授は、デンマークで若者の政治参加が活発な理由として、この青年部の存在を挙げる。
ストゥバエル教授「青年部がなかったら、選挙活動がこれほど盛り上がることはなく、人手不足となった立候補者はより多くのお金がかかるようになったことでしょう。若い世代の投票率が下がっていた可能性もあります」
「青年部は選挙活動が機能する手伝いをしています。例えば立候補者の選挙ポスターを貼ったり、政策冊子の配布をしたりという手伝いです。各地域にはそれぞれ青年部が応援する立候補者がいるのが通常です。立候補者は母党の者もいれば、青年部に所属する者もいます」
「青年部は母党の『番犬』としての役割も強く、母党が政策のポリシーから外れ始めたら、青年部が批判を始めます。母党はその批判の声に回答しなければいけません」
青年部は若い世代の声を母党や国会に届けている
気候パレードに参加するフレデリクセン首相のすぐ側に、ピンク色のコートを着た若い女性がいた。社会民主党の青年部リーダーであるカトリーネ・エヴェリン・イェンスさん(25)だ。
「民主主義を信頼している人が多いから投票率は高いのでしょうね。青年部は若い世代に投票してもらいたいと思っているので、若者の声を聞いています」
「青年部にも独自の政策があり、党首であるフレデリクセン首相と一緒のテーブルに座って話し合い、母党に提案をすることもありますよ。現在の教育や気候政策の一部は、青年部の影響を受けて実現されました」
選挙期間は学校訪問だけではなく、戸別訪問を行い、市民が気にかけていることは何かを直接聞いて回るそうだ。
生徒と話をしようと、大臣が自らキャンパスに足を運ぶ
せっかくなので、青年部の学校訪問に同行させてもらうことにした。
投票日前日の午前9時、首都郊外にある技術系の中等学校には、同党の雇用大臣まで姿を現していた。静かに微笑みながら、彼らは政策冊子を手渡す。
多くの大人も通う学校だが、技術を学ぶ生徒は選挙への関心が低い傾向にあるそうだ。テレビによく出る雇用大臣が直接政治の話をしようと大学まで来ているにもかかわらず 、キャンディー付きの冊子をもらうと、あとはすーっと通り過ぎる人ばかりだった。
学校訪問の現場では、どのような質問をよくもらうのだろうか。
イェンスさん「『私の声に本当に意味はあるの』『私の1票が変化を起こすことができるの』という質問が今年は多いですね。『若い世代の意見も他のみんなと同じように重要で、あなたの声で社会は変わる。変化を起こすためには、あなたがアクションを起こして投票する必要がある』と伝えます」
「デンマークで投票率が高いのは、民主主義を重視する社会で民主的な選挙を支持し、市民ユニオンなどを基礎とする社会だからでしょうね」と話すのはペーター・フンメルゴー雇用大臣。自身も17歳から20代後半まで社会民主党の青年部に所属。2008~2012年の期間は青年部のリーダーを務めることで、組織のまとめ方など多くを学んだそうだ。
青年部が相手のほうが、若い人も政治の話がしやすい
街を歩いていると、社会民主党とはライバルとなる野党「自由党」の青年部が市民に話しかけていた。
「自由党の全ての立候補者は青年部からのサポートありきで選挙活動をしています。青年部なしでこれほどたくさんの選挙活動はできないでしょうね。なにより青年部のメンバーが話しかけたほうが、若い世代の心を動かすことができます」
青年部の応援によって誕生した20歳の市議会議員
青年部が応援するのは「大人の立候補者」だけではない。北欧諸国では、青年部が推薦する「若い立候補者」がいるのが通常だ。多様性に配慮した立候補者リストにするためにも、女性、マイノリティ、そして青年部推薦の若い立候補者が、優先して上位に位置付けされることもある。
議員1年目のシリ・プレイスラ・アナスンさん(22)も、統一地方選挙では社会民主党の青年部から立候補。当選当時は20歳で、現在、ロスキル市議会での地方議員職と学業を両立させている。
「民主主義とは自然と得られるものではなく、言葉と力で自分たちで取りに行かなければいけないものです。日本には若い女性政治家が少ないのかもしれませんが、それでも挑戦し続けることが必要なのではないでしょうか。もし誰かに嫌なことを言われて落ち込む日があっても、私はそれでも前に進み続けます」
開票日の夜、筆者はデンマーク国会で各政党と共に速報を見守った。
この国の選挙の夜の過ごし方は独特で、各地で速報を見守るパーティー会場とは別に、主要政党は国会の各ホールにもパーティー会場を設けている。報道陣も国会に集まっており、主役の選挙速報会場は国会となる。政党の顔となる首相、閣僚、議員、青年部なども国会に出入りし、多くの党首は勝利や敗北宣言のスピーチも国会で行う。
これは北欧諸国の中でも、デンマークだけの独自のスタイルだ。
ここまでをまとめると、
- 各政党が党内で青年部を設け、若い世代のコミュニティを形成するとともに、優秀な人材育成に力を入れている
- 青年部があるからこそ、若い市民の声を政策に反映できる
- 青年部が相手のほうが、政治のおしゃべりがしやすいと感じる市民が多い
など、青年部の存在が若者の政治参加を盛り上げている要因の一つとして挙げられるだろう。
もちろん、高齢男性ばかりではない立候補者リストになるように、政党・市民・メディアも目を光らせることで、若い候補者が立候補しやすい環境となっている点も大きい。
筆者も日本に住んでいた時は「政治はどこかで誰かが勝手にやっているもの」と感じていた若者の一人だった。しかし北欧の若者たちは、政治から距離を置くことを選ばず、政治にどんどん近づくことで、社会に変革を起こしている。現在の日本の投票率を、いきなり何%も引き上げることは確かに難しいかもしれない。ただし今回紹介した青年部の活動のように、より多くの人を「政治の会話」に巻き込むための行動は、日本でもきっとすぐに取り組むことができるはずだ。
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