都知事選挙「掲示板を増設せずクリアファイルを提供」は本当に公正中立か
6月20日に告示された東京都知事選挙は、過去最多の56名が立候補する事態となりました。一般的には候補者が多いことは選択肢が広がるという意味で良いことのように思いますが、今回は様々な問題が報道されているように、必ずしも素直に受けとめることができません。
さて、それはさておき、東京都選挙管理委員会が選挙ポスター掲示場を48名分しか設置せず、当日になって49番目以降の届出の候補者にクリアファイルを提供して、掲示場に画鋲などで固定するよう指導したことが報道され、話題となっています。
実際の掲示の様子は、X(旧Twitter)で山本期日前氏が写真付きでツイートしているので引用しますが、掲示の形態としてはどうみてもイレギュラーなもので、耐用性などの観点からも十分とは言い難いと言えます。
筆者は、この「掲示板を増設せずクリアファイル提供」という都選管の判断が、本当に公正中立な選挙と言えるのか疑問に感じています。この問題の背景と、今後の見通しについて考えてみます。
掲示板を増設しないという判断
都知事選挙では、過去最多の候補者となったことで想定外のことが多く発生していて、そのうちの一つが、ポスター掲示場における枠の不足です。
東京都選管は、都知事選挙のポスター掲示場について、48名の枠で用意するように市区町村選管に通知していました。設置義務者である市区町村選管はその通知通り、48名の枠で用意しましたが、最終的には都知事選の候補者は56名にわたり、枠が不足する結果となりました。
各種報道では告示日直前から、この枠不足の可能性が指摘されており、筆者もテレビ番組へのコメントで、枠が不足する可能性に言及した上で、「告示前までに増設するだろう」と指摘していましたが、結果として増設しない判断となったことには大変驚きましたし、その日の夜には実際に過去の判例などにも無い事態であることを確認しました。
それぞれの当事者の声
朝日新聞の報道では、当該候補者の声として、「かえって目立ってラッキーな部分もあるけど、明らかに不公平。ファイルが透明じゃないから見え方が鮮明じゃないし、いつとれてもおかしくない。選管には後からでもいいから増設してほしい」「候補者間の平等性がない話だ。枠に貼れる人はすぐに貼れるのに、クリアファイルの人は時間がかかる。ハンデをつけられた気がする。事前に事情を教えてくれれば早く来た」とあり、実際に平等性の観点から困っている様子がうかがえます。
このことについて東京都選挙管理委員会は、「候補者に手間を取らせて申し訳ないが、掲示する場所は提供しており、公平性は担保できていると思う」(読売新聞)と謝罪をしていますが、世田谷区選管の担当者は「掲示板を用意してきたのは、選挙の公平性を守るためだ。これではポスターがはがれてしまう恐れもある」「都選管の対応は後手すぎる」、北区選管の担当者は「(候補者の)公平性の観点からも疑問が残る。選挙終了後に検証の必要があるのでは」(いずれも読売新聞)と述べるなど、都選管と市区町村選管との間でも連携が取れていなかったことが透けてみえます。
公職選挙法上の問題は
今回の選挙ポスター掲示場問題について、公職選挙法上はどう解釈されるのでしょうか。
選挙ポスターの掲示場は、候補者に提供される選挙公営制度の一つで、選挙管理委員会は、都道府県知事選挙の際にポスター掲示場を設置する義務を負い(公職選挙法144条の2第1項)、候補者は指定された番号(一般に、届出順の番号)に、選挙ポスターを1枚貼ることができます(同144条の2第5項)。公職の候補者一人が掲示することができる掲示場の区画は、縦及び横それぞれ42cm以上と定められています(同144条の2第6項)。また、天災その他避けることのできない事故その他特別の事情があるときは、ポスター掲示場を設けないことができるとされています(第144条の3)。
設置されるのは、あくまで「ポスターの掲示場」であって、「掲示板」ではありませんから、あくまで、ポスターを掲示する場所を提供することが約束されているといえます。一方、今回のように板の横にはみ出して設置するような手法の場合、掲示する区画は事実上存在しないようなものなので、「縦及び横それぞれ42cm以上」という区画制限の条文は意味をなさなくなっているようにも思います。多数の候補者が立候補したことがポスター掲示場を設置しない「特別の事情」という主張もインターネットでは見受けられますが、ポスター掲示場としては存在して一部の候補者だけが枠に掲示できない事態をこの条文に当てはめることは不適当ですし、そもそも48名という人数を決めたのはあくまで東京都選挙管理委員会である以上、49名以上が立候補したことを「特別の事情」というのは難しいと考えます。
さらに細かくみていくと、東京都選挙執行規程では39条1項で、「区市町村委員会は、掲示場のポスターを貼る区画に付する番号を、あらかじめ掲示区画上に順次定め、表示しておくものとする。」と定めており、2項で「区市町村委員会は、掲示区画の不足に備え、適当な数の予備区画を設けることができる。この場合には、当該区画の使用予定の順により番号を表示するものとする。」と定め、さらに3項で「掲示区画に不足を生じたため、区画を増設し、これに番号を付する場合も前項の例による。」と定めています。ちなみに、今回の都知事選挙のポスター掲示場において、30番目までは通常通り枠の中に番号が振ってある一方、それ以降の番号の予備区画の枠については枠の中には番号は振られておらず注意事項などが記載されていましたが、それでも31番目以降の予備区画については枠線に小さく31番以降の番号が振られているのが、まさに第2項の「この場合には、当該区画の使用予定の順により番号を表示するものとする。」の措置です。
さて、この規程からは掲示区画に不足を生じた場合には増設することしか定めておらず、クリアファイルに番号を付していなければ、3項とは相反するようにも思えます。一方、2項では「予備区画を設けることができる」として、義務としていないことから、必ずしも予備区画を設けなくても良いともいえます。さらに49番以降は横や下など場所は問われないのであれば、「あらかじめ掲示区画上に順次定め、表示しておく」とも相反するように思えます。いずれにせよ、選挙執行規程では想定していない事態であることはほぼ間違いないでしょう。
更に付け足して言うと、公職選挙法ではいわゆる選挙ポスター掲示場について、「それぞれ一枚を掲示することができる」(144条の2第5項)とありますが、一方で「ポスターのはりつけの」(施行令111条の2)とあるように、ポスターは「はりつける」前提の条文になっています。このことからも、今回の掲示方法は「はりつけ」ではないのは明らかですから、すくなくとも現行法が想定していない方法ということは間違いないでしょう。
選挙無効になる可能性は
以上、ここまでみてきた通り、候補者の数が多すぎてポスター掲示場に貼れないために、ポスター掲示場の横に画鋲などで固定する方法が、法が予期していない事態であることが確認できました。あとはこの方法が、選挙の公正中立な運営の観点から、どの程度問題になるかでしょう。
おそらく一番大きな関心事は、当該候補者が選挙無効を訴えた場合です。仮に当該候補者が落選した場合、ポスター掲示場が適正に提供されなかったことで公正中立な選挙が行われなかったことを理由として、都道府県選挙管理委員会に選挙無効の異議申立をしたり、選挙無効訴訟を起こすことが可能だと考えられます。
しかしながら、選挙無効のハードルは高いのも実情です。仮に選挙無効の訴訟となったときには、これまでの判例で、当選者と当該候補者との票差などを示した上で「選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと認め難く、よつて選挙を無効とすべきではない。」( 最二小判昭和32年10月4日)との判例もあることから、今回のポスター掲示場の問題が選挙戦にどの程度影響を与えたかも、問われることになります。
一方、ポスター掲示場の横に画鋲などで固定する方法が、他の候補者と比べて不利益であることは、どう見ても明らかです。ポスター掲示にかかる作業時間も一般の候補者と比べて長くかかりますし、一般的な選挙ポスターは裏面が全面糊になっているところ、糊が使えないために掲示方法を再検討する必要もあります。実際に業者にポスター1000枚の掲示を委託する予定だった当該候補者の一人は、掲示のスケジュールが後ろ倒しに変更になった(読売新聞)とのことですから、こういった事情により追加でかかった費用などは、その費用負担が本来は必要なかったはずだ、として都選管などに損害賠償請求を行うことも考えられるでしょう。
根本的な解決策は
起きてしまったことについてここまで述べてきましたが、今後も起きる可能性が否定できない事案であることから、どのように解決したら良いのでしょうか。
公正中立という前提で、いくつかの方法を考えてみます。
①選挙ポスター掲示場の予備枠をさらに大きくしておくという方法があります。そもそも実際にそうすれば良かったとの声も市区町村選管から聞こえているために最も現実的な方法でしょうが、空き枠が多すぎれば、それはそれで公正中立なのかという問題も残ります。また、何より選挙ポスター掲示場の設置業務も税金が原資ですから、単純に費用が多くかかることになります。この場合は運用の変更にすぎませんから法改正は必要ありません。
②選挙ポスターを掲示できる日を告示日からとせずに、告示日数日後として、それまでの間に選挙管理委員会に届けられた選挙ポスターを掲示板に貼り付けて、掲示場として設置する、という方法が考えられます。候補者陣営の掲示の手間が減ることがメリットですが、選挙期間が短い町村長選挙や町村議会議員選挙では現実的ではないでしょう。また、実現には公職選挙法の改正が必要になります。
③いっそのこと、選挙ポスターの制度をやめるという方法もあります。インターネットがこれだけ普及しているなかで、選挙ポスターがどれだけ投票先の決定に効果が有るのか疑問の声があります。ただ、高齢者世代なども含めて誰もが見ることのできるメディアでもあり、同一面積で端的に顔や名前、主張を訴えることのできる選挙ポスターのメリットをも失うことに懐疑的な声もあります。当然こちらも、実現には公職選挙法の改正が必要になります。
いずれにせよ、このような事態が頻発することは、誰も望んでいないでしょう。今回は都道府県選挙管理委員会と市区町村選挙管理委員会でも解釈が異なるような事案となっており、早急な解決に向かうことを筆者としては望むばかりです。