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The Brooklyn Is Burning 〜4月21日、バークレイズセンターで何が起こったのか

杉浦大介スポーツライター
Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME

4月21日 ブルックリン バークレイズセンター

ウェルター級 12回戦(144パウンド契約ウェイト)

エイドリアン・ブローナー(アメリカ/28歳/33勝(24KO)3敗1分)

引き分け(115-113、114-114、114-114)

ジェシー・バルガス(アメリカ/28歳/28勝(10KO)2敗1分)

WBC世界ミドル級暫定王座決定戦

ジャマール・チャーロ(アメリカ/27歳/27勝(21KO)無敗)

2R TKO

ウーゴ・センテノ・ジュニア(アメリカ/27歳/26勝(14KO)2敗)

WBA世界スーパーフェザー級王座決定戦

ジャーボンタ・デイビス(アメリカ/23歳/20勝(19KO)無敗)

3R TKO

ヘスス・クエジャル(アルゼンチン/31歳/28勝(21KO)3敗)

ブローナーは生き残る

 メインのノンタイトル戦は両者のスタイルが噛み合い、観客を沸かせる好ファイトとなった。随所に見栄えの良いカウンターを打ち込むブローナーと、最後まで真面目に攻め抜いたバルガス。前半はバルガスの手数を評価した関係者が多かったが、後半はややスタミナ切れを感じさせ、ブローナーがやや優勢に見えた。結果として、“ドローは妥当”という声が一般的だった。

 特にブローナーにとっては“Must-win(絶対必勝)”と呼ばれた今戦。コンテンダー相手の引き分けで辛くも生き残った形だが、エリートとは目されていないバルガスを突き放し切れなかった。アシュリー・テオフェン(イギリス)、エイドリアン・グラドナス(アメリカ)といったレベルの選手ならなんとか勝ちきれるが、やはりそれ以上は厳しい。「ブローナーはスーパーライト〜ウェルター級では最高級の実力者ではない」という評価は改めて証明されたと言える。

  ただ、今戦でのバークレイズセンターはもともと1万人収容で仕切られながら、最終的には13.964人の大観衆が集まった。24日にリリースされたShowtimeの視聴率も上々。戦前には地元ラッパーとの確執が盛んに喧伝されたこともあり、ブローナーがメインのイベントはまたしても興行的に成功するに至った。

 4階級を制した選手ながら、今のブローナーの存在はそろそろ“色物”に近づいている感もある。試合後のリング・インタヴューも傍若無人に過ぎ、特に本格派が敬愛される日本では好まれない選手かもしれない。

 しかし、アメリカにおけるプロボクシングはスポーツ・エンターテイメント。エリートでなくとも、ファンの関心を何らかの形で呼ぶ選手を受け入れる懐の深さは米リングにはある。今回は試合内容も好評だっただけに、ブローナーには近い将来に再びビッグステージが与えられるだろう。

 今後のマッチメイクとしては、現実的にはやはりバルガスとの再戦がベストオプションか。その他、同日に復帰戦を飾ったアミア・カーン(イギリス)、あるいはビクター・オルティス(アメリカ)との対戦を勧める声も聴こえて来ている。

 これらのファイトは、現代リングにおいて“意味深い試合”とは言えないのかもしれない。それでも、ブローナーの次戦は多くのカジュアルなファンを惹きつけ、再び好ファイトになり、興行的な成功を収めることは間違いないのだろう。

チャーロ、デイビスが階段を上る

 Showtimeで放送されるアンダーカードに出場したチャーロ、デイビスはそれぞれ圧倒的なKO勝利を飾った。どちらも予想通りの結果といえばそれまで。ただ、格下と目された相手に対し、ファンを喜ばせるスタイルで勝つこともスターに必要な要素である。全米中継の舞台でそれを果たしたという点で、2人にとって大きな意味のあるリング登場になった。

 最近は兄弟揃って豪快KOを続けているチャーロは、そのコレクションにセンテノも加えることに成功した。筆者の周囲には、「ミドル級の現役トップ2はゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)ではなく、ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)とチャーロではないか」と主張する記者が少なからず存在する。特にチャーロを階級最強に含めるのは早すぎるように思えるが、パワー、スピードと最近の勢いにはそれだけの魅力があるのも事実だ。

 今回の勝利でゴロフキンの指名挑戦者になったが、指名戦の期限はまだ先。統一王者への挑戦前に、一部で話題になったジェイコブスとの激突機運が盛り上がりそうな気配もある。その成立にも時間がかかるようなら、ウィリー・モンロー・ジュニア(アメリカ)、ゲイリー・オサリバン(アイルランド)のような知名度のある中堅との対戦を期待したいところだ。

 前戦で計量失敗、王座剥奪の失態をやらかしたデイビスも、今戦では好調時の迫力を再び誇示してくれた。クレジャルが相性最高の相手だったことを差し引いても、スピーディかつパワフルなボディ打ちは出色。“タンク”と呼称される23歳が、稀有な才能を持っていることは誰の目にも明白だ。

 プロモーターのフロイド・メイウェザーと一枚岩ではないという噂も飛び交っており、デイビスの今後のマッチメイクは読みづらい。メイウェザーが言及したワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)との早期の対戦は現実的ではあるまい。

 テビン・ファーマー(アメリカ)との間には因縁があり、フィラデルフィア出身のファーマーがビリー・ディブ(オーストラリア)とのIBF王座決定戦に勝てば、ボルチモアに本拠を置くデイビスとの統一戦は盛り上がる。ファーマーはルー・ディベラ傘下だけに、マッチメイクは比較的容易。東海岸では注目されそうなこの遺恨対決が、デイビスにとっても格好のネクスト・ステップになるのではないか。

会場では発砲事件も

 最後になるが、この日の興行は少々異様な雰囲気の中で行われたことも記しておきたい。当日はバークレイズセンター内外に多くの警官が配置され、アリーナ周囲のストリートにも大量のパトカーが待機していた。

 前述したブローナーとラッパーの確執に加え、一部のボクサーたちの危険な取り巻きが数多く出入りしていことが原因とされる。主役となった選手たちは互いに友好的な関係を築いておらず、衝突を憂慮した主催者側がハードセキュリティを選択したのだった。

 取材パスの窓口は、アル・ヘイモン主催の興行を頻繁に取り扱うスワンソン・コミュニケーションズから、より経験豊富なマグナメディア社に変更。ファイトウィークの会見、計量も一般公開なしになり、興行終了後の全体会見も行われなかった。

 アリーナ内は常に殺伐とした空気で、「撃ち合いが始まったらテーブルの下に隠れよう」といった物騒なジョークが記者の間でも飛び交っていた。イベント終了後にはアリーナ上空をヘリコプターが飛び回っていたと書けば、その尋常ではない空気を理解してもらえるのではないか。後の報道によると、興行中に流れた噂は真実で、バークレイズセンター内では実際に発砲事件が起こっていたという。

 アメリカで10年以上の取材歴がある筆者も、スポーツ現場で初めて身の危険を感じたことを否定しない。ベガスでのメイウェザーの試合でもこんなことはなかった。サブウェイに乗り、自宅のある駅に降りた時、やっと安堵を覚えたのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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