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このサウンド、歌詞が、我々の現在の社会性を音楽化している――PANTAと鈴木慶一のP.K.Oが描く今

宗像明将音楽評論家
PANTA(左)と鈴木慶一(右)によるP.K.O(撮影:加藤孝)

PANTA(頭脳警察)と鈴木慶一(ムーンライダーズ)という日本のロック・シーンのレジェンドであるふたりによるユニットがP.K.O(Panta Keiichi Organization)だ。1993年に結成されたが、音源はこれまで2006年にリリースされたライヴ盤『P.K.O. LIVE IN JAPAN』しか存在しなかった。ところが、結成から30年近く経った2022年12月に『クリスマスの後も / あの日は帰らない』を配信リリース。しかも、日本コロムビアからのメジャー・デビューだ。72歳のPANTAと71歳の鈴木慶一による新曲は、90年代のハードなサウンドと打って変わってポップでもある。P.K.Oの再始動と音楽性の変化について、PANTAと鈴木慶一に聞いた。

結成から29年、初めてのオリジナル新曲

――今回、なにげに日本コロムビアからメジャー・デビューなのでは?

慶一:メジャー・デビューというか、新曲を録音するのが初めてだね。

――そうですよね。今までP.K.Oのライヴの音源を聴く限り、カヴァーが中心じゃないですか。ムーンライダーズや頭脳警察のセルフ・カヴァーだったり、他のアーティストのカヴァーだったり。

慶一:93年にちょっと一緒にライヴをやろうとしたのも、その伏線となるのは、80年代の「THE COVER」というイベントだった。

PANTA:仲野茂(アナーキー)が、柴山(俊之)にサンハウス、俺に頭脳警察をやってほしいという意味合いを込めて、カヴァーのイベントをやったんだけど、カヴァーって聞いた途端に、柴山も俺も、「おっ、スペンサー・デイヴィスとかやろう!」って。だから、仲野茂の思惑とはまったく違っちゃって(笑)。

慶一:ジョニー・サンダースもいたね。カヴァーするバンドみたいな形で、P.K.Oの原型のようなのを始めたんだ。93年、94年に少しライヴやって、あとは何もやってないけど、P.K.O以外の名義のユニットでカヴァーをやったりね。21世紀になって、ハヤブサランディングスさんがCD(2006年のP.K.O『『P.K.O. LIVE IN JAPAN』』)を出してくれて。だから、PANTAと私の付き合いは、点、点、点とどっかである。それこそ『ボクの四谷怪談』のサウンドトラック(2012年の鈴木慶一『騒音歌舞伎 ボクの四谷怪談 THE UNORIGINAL CAST ALBUM ~THE UNMASKED MARAUDERS+Masked Crowd Choir』)でPANTAに歌ってもらったりしてるから。でも、P.K.Oとしてスタートするっていう感じじゃなかった。

PANTA:ないね、全然違う。

慶一:2022年の3月に、PANTAと食事をしたんだ。

PANTA:そうだよね。飯食うところで、慶一から「なんかやろうよ」って。

慶一:帰り際に「なんか作ろうか」って。だいたい動機っていうのはそういうもんだね。バンドで一緒にやるのは手間がかかるけど、一対一のユニットの場合は、KERAとのNo Lie-Senseも喫煙室で決まったし。だからすぐに、前に作っていた「クリスマスの後も」を送って聴いてもらった。あの曲は、去年のクリスマスのライヴ(2021年12月25、26日『moonriders live THE COLD MOON』)でムーンライダーズがやってるの。でも、『It's the moooonriders』(ムーンライダーズの2022年作)でも録音してないし、クリスマスソングというと特殊で、クリスマスまでに出すとか、いろいろあるよね。「PANTAと今作って、クリスマス頃に出せるといいな」というような感じで、「PANTAと一緒」っていうフォルダを作って。

PANTA:まだ「P.K.O」じゃないのよね。

慶一:まだP.K.Oじゃない。3曲ぐらい作って、それも送って、打ち合わせを私のホーム・スタジオでちゃんと対面でして、PANTAが「よし、じゃあ、歌詞を書くよ」っていうことになったんだ。そのデモも、我々はチェスをやってるようなもんだから、謎掛けのようなイントロがあって。たとえば「あの日は帰らない」を聴いたら、ライチャス・ブラザーズの「ふられた気持」を思い浮かべるんじゃないかな、というようなことで作った。

PANTA:絶対そう出てくるよな。

慶一:案の定、そういうような歌詞になった。

P.K.O(撮影:加藤孝)
P.K.O(撮影:加藤孝)

マイナス要因を逆転していくのが70代

――そもそもはムーンライダーズの楽曲の「クリスマスの後も」をPANTAさんに歌ってもらおうと慶一さんが考えたのはなぜでしょうか?

慶一:クリスマスソングは、誰が歌ってもいいと思えるものほどいい。この曲は、「いろんなことがあっても、『クリスマスの後も』一緒にいようよ」というようなことなんだ。これをPANTAと一緒に歌うと、すごく今フィットしてるんじゃないかなと思って。

PANTA:ちょうど自分も身体的には厳しい状況だった。自分はもうずっと「クリスチャンじゃねえのに騒ぐんじゃねえよ」っていう、アンチクリスマスのイベント「UNTI X'mas」をもう21回続けてるもんで。そんな流れの中で、慶一が「クリスマスの後も」を持ってきて、聴いたときはちょっとひっくり返りそうになったんだ。だからノーリアクションが続いて。「慶一は俺に何をさせたいんだろう、ふたりで何をするんだろう」って。プロデュースしたいのか、曲を書きたいのか、ふたりで歌いたいのか、その辺を聞くのも野暮だし、「うーん」って考えてて、慶一のところに行って、「これはもう『クリスマス・イブ』に対抗するしかないでしょう」って。「きっと君は来ない」じゃないでしょうって、「君と一緒」なんだ。

慶一:チェスの一手で止まってたけど、対面してしゃべってみたら、先に進みだした。

PANTA:慶一からも「クリスマスの後も」のことを聞いて、ムーンライダーズという枠を乗り越えて、すごくいい歌だなと思って。頭脳警察が50周年を過ぎて、ムーンライダーズも人見記念講堂のアニバーサリー(2022年9月24日)を過ぎて、変な言い方になるけど、何やってもいいのかな、って。慶一がああいう曲を上げてくるのも、俺があんな歌い方したのも、あんな詞を書いたのも初めてだし。

慶一:「シャウトしないようにしようぜ」って。

PANTA:ちょうど肺もちょっと傷んでたから、力が抜けていい感じなんです。

――そう、PANTAさんの歌も柔らかいですよね。90年代のP.K.Oのライヴ音源を聴くと、演奏がハードだけど、今回のP.K.Oはすごくポップでソフトになっていて、ちょっとびっくりしたんです。面食らうぐらいに。

PANTA:そうでしょうね。率直な感想を聞きたいぐらいです。もうひっくり返るんじゃないかと思って。

慶一:PANTAはあんまり大きな声が出ない時期だし、ともすればマイナス要因だったりもするじゃない? それを逆転していくのが、70代かなって気がする。

――PANTAさんが強い声が出ない点を、うまく慶一さんがプロデュースしたわけですね。

慶一:うん。キー設定するのも下げめ下げめで。

PANTA:あのキーが絶妙だったね。

慶一:ヴォーカルを録るときも、ソファーで隣にいて。ゴンドウ(トモヒコ)君のスタジオは、ヴォーカルブースがあるんだけど、ずっと立ってなきゃいけないんで、それも大変だろうって。「みんな、静かにしてて」って。

PANTA:俺も歌ってると「慶一、キーを1音上げない?」とか言いたいんだけど、そこを抑えて。もうちょっと上げれば歌いやすいキーなんだけど、この抑えた感じがいいのかなって。

慶一:あれがいいんだよ。

PANTA:生まれて初めてなんだ、あんなの。

P.K.O(撮影:加藤孝)
P.K.O(撮影:加藤孝)

今の世の中と結局リンクしている

――90年代のP.K.Oって、ふたりがそれぞれ歌ってたじゃないですか。今回は、慶一さんがプロデュースして、PANTAさんが歌うスタイルなんですか?

慶一:うん。今のところ2曲完成していて、残り3曲はまだ途中の段階なので、私がところどころ歌を入れていく可能性はある。ただ、現状の2曲っていうのは、私はハーモニーを付けてるだけ。

PANTA:今回の慶一は、プロデューサー的な位置とソングライティングな位置に徹してるよね。こっちも詞だけに専念するのは初めてだし、だから、とんでもない詞がポンポン慶一に触発されて出てきちゃってる。ふだん絶対あんな言葉が出てこないだろう、という言葉が。

慶一:「君が好き」ってはっきり歌ってる。

PANTA:うん、頭脳警察とか、今までの自分の歴史の中では、まずありえなかった歌詞で。歌の中でも「愛してる」って言えないのに、「好き」だなんて(笑)。

慶一:PANTAの書く歌詞が、非常にストレートなんだけど、今のコロナの世の中では、「今日も生きたな、明日はどうかな」というようなところに焦点がどうしても行く。今と結局リンクしてると思うんだ。

PANTA:達観しちゃったのかな。

慶一:いや、「君のことが好きなんだよ」というようなことを、言える世の中でいたいよねって。

PANTA:うん、そうそう。P.K.O、30年目ですけど、自分も頭脳警察が50年を過ぎて、この歳になって、初めて歌の中で「好き」って、やっと人並みに普通の歌を歌えるようになりました(笑)。

慶一:次は「Oh, Yeah」だ。

PANTA:「Oh, Yeah」(笑)。今回もふたりで取材なんて初めてで。

――昨日から取材日ですよね、これが初めてのふたりでの取材なんですか?

慶一:対談はあったと思うんだ。作ったものに関しての取材はなかったかもね。すごくつるんでるんだけど。

PANTA:そうそう、なかなかね。

慶一:私も歌ってて「ずっと一緒にいようね」ってふたりでハモるとことか、照れはしなかったけど、「これ、やったことねえな」と思ったね(笑)。

PANTA:『KISS』(PANTAの1981年作)のときに、不買運動をしたファンなんか、もっとひっくり返っちゃう(笑)。

慶一:『KISS』で思い出したけど、PANTA & HALは2枚プロデュースしたじゃない?(1979年の『マラッカ』と1980年の『1980X』)。すごくソリッドな、エッジーな音楽ができたなと思った。その後、PANTAが『KISS』に代表されるようなソフト路線に行きたいって言うから、「じゃあ、私じゃないほうがいいな」と思って関わってない。かたや『A LONG VACATION』(大滝詠一の1981年作)も同じ頃だね。

PANTA:まったく同時期にシンクロしちゃうんだね。

慶一:そういう、スイート・アンド・ビターなシックスティーズのアルバムが2枚あった。5曲がある程度できあがって、すごく後付けだけど、『KISS』をもし継続してプロデュースを頼まれていたらば、私だったらこうやるだろうなというようなものを、40年ぐらい経ってやってみようかなと思ったわけだ。やっぱりいろんなことを互いにやってきたけど、やり残してることはあるんだよ。

P.K.O(撮影:加藤孝)
P.K.O(撮影:加藤孝)

2022年のP.K.Oは、作曲は鈴木慶一、作詞はPANTA

――かつてのP.K.Oのロックなイメージも、もう気にしてないのでしょうか?

慶一:気にしてない。それは93年のP.K.Oなんだ。それこそドアーズの「The End」までやっていたのが、こういうことになるんだ。

PANTA:あのときはカヴァーで満足してたけど、オリジナルであの世界を共有したいなという思いもあるよね、新しいP.K.Oで。前はジェファーソン・エアプレインの「White Rabbit」を慶一が歌ったわけ。今度ライヴをやるときがあるんだったら、ラダ・クリシュナ・テンプルとかまで行っちゃっていいんじゃないかな、って。

慶一:昨日から取材が始まりましたけど、聴いた人に「どう思う?」って必ず聞いてるんだ。宗像君はやっぱり意外だったでしょ?

――それこそ私は『P.K.O. LIVE IN JAPAN』の93年、94年の音源しか聴いてなかったので、「こうなるの?」と、ちょっと声が裏返りそうでした。

慶一:声が裏返ってくれれば成功かな(笑)。スターダストレビューの根本(要)さんのラジオに出たんだ。根本さん、聴いて無言だった気がする。女性のアナウンサーの方は「これ、歌詞がじんと来ますね」と言ってて、「それは嬉しいね」って言ったり。

PANTA:根本さんはふたりの過去を知ってるから、それこそ無言になっちゃうわけです。

――女性が聴いてじんとしちゃうP.K.Oになったって、ずいぶん変わりましたね。

PANTA:夢だな、それは(笑)。

慶一:女性をじんとさせたい(笑)。

――歌詞は表向きはラヴソングじゃないですか。70代に入ったおふたりが、ラヴソングっぽいものを作るのも衝撃ですよね。

PANTA:そうだよね。古希過ぎて、何が「好き」なんだろうね、馬鹿野郎という(笑)。

慶一:トニー・ベネットみたいなもんか。もしくは、川端(康成)の『眠れる美女』みたいなもんじゃないかな。男性も女性も同じじゃないですか、要するにフィジカルなものでなくてもいいわけでね。

――さらに、P.K.Oは「クリスマスの後も」「あの日は帰らない」のほかに3曲を制作中ですね。

慶一:突然フル・アルバムにしないかってアイデアが周りから出てきて、それはちょっとまだ迷ってるんだけど。そうなったにしろ、私が曲でPANTAは歌詞という、ブリル・ビルディングみたいな感じで全曲行こう、っていうところまでは昨日決まった。

PANTA:ここで俺が曲も書いて、「今度は慶一、詞を書きなよ」ってやるよりは、もう徹底してこのソングライティングチームでいいんじゃないの、って。

慶一:互いに書いて、歌詞もクロスするみたいのは、ユニットでありがちなんだ。THE BEATNIKS(鈴木慶一と高橋幸宏)もそうだし、No Lie-Senseもそうだし。実はやったことのない新たな試みが、作曲に専念する、作詞に専念する。ふたりとも両方できるのに。

――そもそも、「クリスマスの後も」は、ムーンライダーズの曲をPANTAさんに送るっていう予想外のことから始まってますしね。

PANTA:本当だよね。

慶一:ムーンライダーズのデモで作ってライヴでもやったけども、PANTAに合うなと思ったんだよ。デモでみんなに聴かせたら、メンバーも啞然とした。

PANTA:ムーンライダーズが啞然としたか。

慶一:「あれ、昭和歌謡来たか」みたいな感じ、もしくは「あおい輝彦か?」みたいな感じ。当時、デモを集めて一番最後にできた曲なの。「墓じまい」って曲の次にできたんだ。それも「『墓じまい』まで来たか」って言われて、みんなに呆れられた。

70年代、社会的には敵対関係にあった

――おふたりは、1970年に開催された「第1回日本語のふぉーくとろっくのコンサート」にそれぞれ出ていて(PANTAは頭脳警察、鈴木慶一ははっぴいえんどのサポート)、1971年には慶應大学三田祭事件が起きます。1979年にPANTA & HALの『マラッカ』を慶一さんがプロデュースするまで、頭脳警察とムーンライダーズをお互いどう見ていましたか?

慶一:それは、平田国二郎さんというディレクターの人がいて、PANTAに何か言ったみたい。

PANTA:平田国二郎が、「PANTAを慶一に会わせたい、絶対ふたりは息が合う」と。

慶一:そしてPANTAのプロデュースをしないかという話が来た。

PANTA:社会的には敵対関係にある、社会的にはね。そこでビクターの裏にあるカフェバーに慶一たちがいるので、そこに平田国二郎とふたりで会いに行ったわけです。そこは南佳孝なんかがたむろしてる、お洒落の最先端なところで、自分にとってはものすごくアウェーな感じなんです。でも、慶一と会って、酒の飲めない俺にソルティ・ドッグをだましてごちそうしてくれて(笑)。

慶一:「これジュースだから」って(笑)。

PANTA:「なんだこりゃ、ウォッカじゃねぇか!」って(笑)。それで、ものの5分もしないうちに意気投合です。

慶一:あれは自分の一生の中でもたまげた。5分や10分で意気投合する人、なかなかいないんです。最初はあがた(森魚)君と意気投合したけど、音楽をやって10年近く経った時点で、PANTAと初めてちゃんと話すので、会う直前まではドキドキしてた。カフェバーがヘルメット集団に占拠されんじゃないか、って。78~79年当時よりも10年ぐらい前のパブリック・イメージがあった。

――そんなふたりが意気投合して、こうやって2022年にP.K.Oとして新機軸の新曲をリリースするわけですね。

慶一:このサウンド、この歌詞が、我々の現在の社会性を音楽化してると思う。

――明日どうなるかもわからないような世界だからこそだと。

慶一:そうだね。

――そして、アルバムもミニ・アルバムになるかフル・アルバムになるかもわからない。

慶一:わからない。わからないことだらけだ。終末観というのは、わりとフィクションであったわけだ。しかし、フィクションでくくりきれない現実が目の前にある。20年前や30年前よりさらに予測不能な。来年(2023年)どうなるんだろなと。楽しく暮らせればいいやと思うけども、一旦そうならなくなってしまったので、このパンデミックから戻るのって、すごく自分は大変だと思う。

PANTA:カミュの『ペスト』から始まって、パンデミックにもいろいろあるし、中国とのせめぎ合いもあるし、ロシアがいつ核ミサイルを使うかわからないし、そんな危機は今また高まってるよね。

慶一:「明日なき世界」だね。

――P.K.Oでカヴァーしていたバリー・マクガイアの曲ですね。

PANTA:未来はPK戦で決めましょう(笑)。

――ちょうど今、ワールドカップですからね(笑)。

音楽評論家

1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志さんの初の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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