再論:「中国紙が沖縄の領有権を示唆」はミスリード
「中国の沖縄領有を示唆する論文」と繰り返し紹介
沖縄の帰属問題を取り上げた人民日報の論文記事をめぐり、日本の一部メディアが「中国に沖縄の領有権があると示唆する論文」と報じている。
しかし、論文は沖縄の帰属問題が未解決だと指摘しているものの、中国の領有権主張には言及していなかった。領土の帰属問題が未解決だということと、領有権を主張することとは、明らかに異なる意味をもつ。
現に、論文の執筆者の一人、李国強氏も、米紙の取材(この論文が発表された8日とみられる)に「琉球列島が中国に帰属するとか、これを中国に帰属させるべきだということでは全くない」と語っている(5月9日付ウォール・ストリート・ジャーナル「人民日報、沖縄の日本の主権に異議」)。本来、日本のメディアが取材して報道すべきことだが、それはともかく、「沖縄の帰属が未解決と主張する論文」であって「沖縄の領有権が中国にあることをを示唆した論文」ではないことは確かだ。
それでも、読売など一部メディアは「中国の沖縄領有を示唆する論文」と紹介し続けている(たとえば、読売5月9日付「菅長官、人民日報『沖縄論文』で中国政府に抗議」)。そう読める表現(たとえば「琉球が日本に奪われた」)があるから「示唆」といっても間違いではない、というかもしれない。しかし、解釈は事実と整合しなければならない。この論文には「かつて琉球は独立国家だった」などと中国の領有権主張と矛盾する記述がある以上、安易に「領有権を示唆」とは解釈できないはずだった。
「沖縄の帰属が未解決」というより「沖縄の領有権を主張」という方がニュースバリューとしてインパクトがあるとみたのだろうが、正確に伝えることよりも読者の目を引くことを優先し、ミスリードした典型例といえる。
■【注意報】「人民日報『沖縄も中国に領有権』の記述なし」(GoHoo、5月9日付)
環球時報社説を取り上げた記事も同じ誤り
ところが、読売は別の中国紙の社説で、再び同じような誤った報道をしてしる。中国紙「環球時報」が5月11日付社説で、中国が沖縄本島の領有権を主張する用意があることを示唆したと報道。しかし、その社説は領有権主張には言及しておらず、むしろ「琉球は中国の版図の一部分ではない」「中国は琉球を取り戻すことはしない」と領有権主張ではないことを強調していた。この社説は、日本が中国を敵対視するならば、琉球問題を国際的な議論にし、琉球国復活の動きを支援すべきだとし、その具体的な手順を三段階に分けて提案している。
読売はなぜか「日本が最終的に中国と敵対することを選択すれば、中国は今の政府の立場の変更を検討し、琉球問題を歴史的に未解決の問題として提起すべきだ」という部分だけ引用し、この社説の最も重要な主張に触れずに報道した。人民日報論文の報道で示した「沖縄領有を示唆」という解釈にとらわれて、今回の社説も同旨だと思い込んだのかもしれないが、いずれにせよ明らかな誤報である。
■【注意報】中国紙社説「沖縄領有権主張を示唆」読売再び誤報(GoHoo、5月12日付)
「日本の抗議を拒否」「日本の反発必至」と煽る
一部メディアは日中間の反論ゲームの仲介役も買って出ているかのようだ。時事通信は、日本政府が抗議したことに中国外交部の報道官が「受け入れられない」と言明したことについて、「日本側が反発を強めることは必至」と書いた。
しかし、冷静に事実をみると「日本側が反発を強める」ようなことだったのだろうか。
まず、菅官房長官の9日の会見によると、日本政府は論文が掲載された8日、中国側に「本件記事が中国政府の立場であるならば我が国として断固として受け入れられない」と抗議。すると、中国側から「本件記事は研究者が個人の資格で執筆をした」と回答があったという。論文は中国共産党機関紙に掲載されたとはいえ、社説と異なり、専門家の署名論文。抗議の際に「本件記事が中国政府の立場であるならば」と留保をつけていたのは、中国側の真意を確認する意図もあったと想像される。それに対する中国側の回答も、素直に解釈すれば「論文は中国政府の立場で書かれたものではない」というメッセージであろう。
他方、中国外交部の報道官は9日の会見で、この論文に関して2度の質問を受けている。日本の抗議についての質問は2つ目で、報道官は「中国側の立場はすでに表明した。中国側は日本側のいわゆる”抗議”は受け入れられない」と回答。ところが、メディアはこの「すでに表明した中国の立場」をきちんと伝えずに「抗議は受け入れられない」というところだけをクローズアップしているのだ。
「すでに表明した中国の立場」とは何か。1つ目の質問で沖縄の帰属についての中国政府の立場を聞かれたときにこう答えている―「中国政府のこの問題に対する立場に変化はない」。
中国政府は従来、沖縄の主権・領有権について一度も異議を唱えたり、問題提起したことがなかった(現に、先ほど取り上げた環球時報の社説も、琉球問題の提起は中国政府の従来の立場の変更になると明言している。ほか、時事通信5月9日付「『沖縄は日本帰属』と電報=毛主席意向、大使館に徹底-64年外交文書で判明・中国」も参照)。つまり、中国側は公式に「異議を唱えてこなかった立場」に変更はないと表明したのである。だからこそ、日本側の抗議に「個人が書いた論文にすぎない(から政府の立場に変更はなく、抗議される筋合いはない)」と一蹴したのではないか。だとすれば、(中国共産党機関紙が沖縄の主権を疑問視する論文を掲載したことを過小評価できないとしても)「中国政府の立場に変更がない」というメッセージに対してさらに「反発を強める」理由はないはずである。
ところが、翌10日、(民放とみられる)記者が、中国報道官の「抗議は受け入れられない」との発言について、官房長官にわざわざ「再反論はありますか」と質問。菅官房長官は少し戸惑った様子で「全く筋違い」と、論文の主張に対する反論なのか、報道官のコメントへの反論なのかよくわからないコメントをしていた(官房長官会見(5月10日午前)※質問はビデオの13:00頃~)。それを報道官への再反論として報じたものもあった。
マスコミは自ら進んで沖縄領有権の外交問題化を促進しているようにみえる。