カホフカ・ダムを壊さず橋の部分のみを破壊したウクライナ軍とロシア軍
11月11日、ロシアとウクライナの戦争でヘルソン州のドニプロ川右岸一帯からロシア軍が撤退し、州都であるヘルソン市をウクライナが奪還しました。このヘルソン方面での戦いで重要な役割を果たしたのがウクライナ軍のHIMARSから発射される誘導ロケット弾による橋への打撃です。橋の利用が困難になったロシア軍は大規模な補給が続かなくなり占領部隊の維持ができず撤退に追い込まれたのです。
ヘルソン方面で攻撃目標となった橋
- アントニウスキー橋(アントノウ橋)
- 鉄道橋
- ダリウスキー橋(ダリウカ橋)
- カホフカ・ダム(カホフカ水力発電所) ※道路橋と鉄道橋でもある。
※ドニプロ川(ロシア語ではドニエプル川)
※インフレツィ川(ドニプロ川の支流。3番の橋がある)
※2番の鉄道橋の名前はアントニウスキー鉄道橋だが、アントニウスキー道路橋と混同しないよう単に鉄道橋と呼ぶ。
カホフカ・ダムの破壊を避けたい双方の理由
橋への攻撃で問題となったのはカホフカ・ダムでした。ここはダムの上に橋が架かっている構造です。ダムを完全に破壊してしまうとドニプロ川を堰き止めたカホフカ貯水池の水が溢れ出して洪水となり下流の住民に大被害が出てしまうので、ウクライナ側は自国民を大勢犠牲にするような真似はできませんでした。
またカホフカ貯水池が無くなれば北クリミア運河の取水に支障が生じる上に、120km上流にあるザポリージャ原発の冷却にも影響が生じるので、ロシア側もダムを破壊されるわけにはいきませんでした。(関連:北クリミア運河の水源とザポリージャ原発の位置)
ダムの破壊は戦時国際法違反の上に、特に重要なカホフカ・ダムの破壊はウクライナとロシアの双方にとってあまりにも負の影響が大き過ぎるのです。
ウクライナ軍によるカホフカ・ダムの橋の部分への攻撃
そこでウクライナ側はカホフカ・ダムの構造体(堤体や水門)を傷付けずに橋の部分のみを破壊しようと試みます。HIMARSの誘導ロケット弾の驚異的な命中精度がそれを可能としました。
ウクライナがHIMARSで狙ったカホフカ・ダムの橋の部分は、コーナーで橋の部分のみが離れている箇所を集中的に叩かれています。他にもう一カ所の橋の部分のみの箇所があり、この二カ所は勢い余って貫通してしまっても真下は何も無く、ダムの構造体には影響が出ませんでした。
ロシア軍の撤退時のカホフカ・ダムの橋の部分の爆破処理
そしてヘルソン州のドニプロ川右岸からロシア軍が撤退する際に、ウクライナ軍の追撃を遮断するために橋を全て完全に落とすことにしました。これまでの橋を攻撃される側から、自ら橋を破壊する羽目になったのです。
爆破はおそらく爆薬を仕込んで起爆したもので、ダムの構造体に深刻なダメージを与えないように爆発力が調整されています。砲弾などと違い勢い余って貫通し過ぎるということもありません。そのため、ウクライナ側が躊躇っていた橋脚そのものを丸ごと落とす大きな破壊をロシア側は行えています。
ダムの橋の部分が破壊されたのは北側にあるドニプロ川の右岸寄りの付け根です。水位の上昇は観測されておらず、ダムの構造体への致命的な破壊には至っていません。
カホフカ・ダムの損害評価についてイギリス国防省も同様の判定をしています。
こうしてヘルソン攻防戦ではウクライナとロシアの双方がダムの構造体に致命的な破壊をもたらさないように気を付けて、橋の部分のみを破壊するという抑制された結果となっています。
なおロシアはヘルソン撤退直前に「ウクライナがカホフカ・ダムを破壊して洪水を引き起こそうと計画している」という根拠の無いプロパガンダ宣伝を行い、ウクライナ側は逆に「ロシアこそがカホフカ・ダムを破壊して洪水を発生させ、ウクライナがやったように見せかける気なのではないか」と疑っていましたが、終わってみればそのような動きはどちらにもありませんでした。結局、実体の無いロシア側の情報工作に過ぎなかったのでしょう。