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北クリミア運河の水源とザポリージャ原発の位置

JSF軍事/生き物ライター
Google地図よりドニプロ川沿いのザポリージャ原発と北クリミア運河の取水口

 2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア軍はウクライナの原子力関連施設を占拠しました。ザポリージャ原発とチェルノブイリ(宇語:チョルノービリ)です。

 戦時国際法では原子力発電所への攻撃は禁止されていますが(ジュネーヴ諸条約第一追加議定書の第56条の1)、一定の条件で攻撃からの特別の保護が消滅する規定(ジュネーヴ諸条約第一追加議定書の第56条の2のb)があります。ロシア軍はこれを都合よく解釈したのでしょう。

 ただしロシア軍は原子力関連施設を破壊する意図で攻撃は行っていませんでした。そこでザポリージャ原発とチェルノブイリについてどのような理由で占拠を企図したのか、動機となる理由を推察します。

ザポリージャ原発を破壊できない理由の北クリミア運河の取水口

Google地図よりドニプロ川沿いのザポリージャ原発と北クリミア運河(青線)
Google地図よりドニプロ川沿いのザポリージャ原発と北クリミア運河(青線)

 2022年2月24日にウクライナ侵攻を開始したロシア軍は3月4日にドニプロ川沿いにあるザポリージャ原発を占拠しましたが、破壊する目的ではなかったことは最初から明らかでした。何故ならドニプロ川の120km下流には北クリミア運河の取水口があるからです。もしもザポリージャ原発を破壊した場合、ロシアは自分たちの水源を汚染させてしまいます。

 クリミア半島は半島と言ってもウクライナ本土と繋がっている陸地の地峡には腐海(スィヴァーシュ)と呼ばれる干潟が広がっており、事実上の島に近い地形です。常に水不足になりやすいクリミア半島のためにドニプロ川から淡水を引いたのが北クリミア運河です。

 しかし2014年のロシアによるクリミア侵攻が起きた後に、ウクライナ側は北クリミア運河を堰き止めて水を送れないようにして、ロシアはクリミア半島での水不足を解決できないでいました。

クリミアはもともと淡水需要の85%をウクライナ本土に依存していたが、併合後に供給を絶たれたことが水不足の根本原因だ。

出典:クリミア「水危機」続く 露、併合の重い代償 海底の淡水探査に着手:産経新聞(2021年4月23日)

 そこで2022年2月24日のウクライナ侵攻開始で真っ先にロシア軍はクリミアから北上し、北クリミア運河の取水口を確保したのです。この戦争で現時点でロシア側が得ている唯一といってよい成果となります。(※2022年5月10日時点ではマリウポリはまだ陥落しておらず、クリミア半島との陸路は繋がっていなかった。)

 せっかく確保したばかりの水源を自分たちの手で汚染させる筈がありません。むしろロシア側の視点から見ると「ウクライナ側がザポリージャ原発を破壊する前に自分たちで原発を占領して安全を確保する」という動機が見えてきます。実際にはウクライナ側がそんなことをするつもりが全く無くても、ロシア側は被害妄想の疑心暗鬼に囚われて、クリミアの水源の安全を確実にするために行動に出た可能性があります。

チェルノブイリを首都キーウ侵攻の「通り道」にしたロシア軍

英国防省が2月24日に公開したウクライナ北部の戦況図にチェルノブイリの位置を追加
英国防省が2月24日に公開したウクライナ北部の戦況図にチェルノブイリの位置を追加

 ロシア軍は2022年2月24日の開戦直後にベラルーシから南下してチェルノブイリ(宇語:チョルノービリ)を占領しましたが、これは首都キーウ侵攻の通り道とする目的でした。

 ロシア軍が首都キーウ攻略を目指している間はチェルノブイリの破壊などはできません。そんなことをしたらロシア軍の侵攻部隊が危機に陥ってしまいます。そのため、もし破壊する可能性があるとしたら撤退時でした。

 そしてロシア軍が首都キーウ攻略に頓挫して撤退を開始し3月31日にチェルノブイリを素直にあっさり返還したことで、破壊するような意図は全く無かったことが判明します。本当に「チェルノブイリは通り道で近いから」という理由でしかなかったのです。

 ロシア軍は開戦直後に首都キーウの中心から北西30kmにあるホストメル空港を空挺軍のヘリボーン作戦(ヘリコプターで兵士を運ぶ空中作戦)で奪取し、空港に大型輸送機で増援を送り込む計画でした。これと呼応して地上軍の主力がベラルーシから南下して、電撃的に首都キーウを2~3日で攻略する大胆な目論見だったのです。そしてこのあまりに強引なロシア軍の首都キーウ攻略作戦はウクライナ軍の激しい抵抗に遭い失敗に終わります。

現時点で破壊する意図は無かった、では今後は?

 以上のようにロシア軍はザポリージャ原発やチェルノブイリを破壊する意図はありませんでした。他にロシア軍はハルキウにある核研究施設の「ハルキウ物理技術研究所」を狙っていた可能性があります。これは破壊する目的ではなく占拠した後に「ウクライナが核兵器を開発していた」という証拠を捏造する目的ですが、ロシア軍はハルキウ攻略そのものに失敗しているので核研究施設の占拠もできないでしょう。

 現時点まではロシア軍はウクライナの原子力関連施設を破壊する意図は無かったわけですが、戦争はまだ続いています。情勢が変化した時に攻撃してしまう可能性はゼロではありません。

 それでも筆者は開戦前から「原発への攻撃は戦時国際法違反である上に、原発を攻撃するくらいなら戦術核兵器の使用を選択するだろう」と予想しています。この場合の「原発への攻撃」とは「戦術核兵器の使用」と比較していることから分かるように、破壊を意図した攻撃の意味です。

 破壊ないし攻撃を行った際にどのような効果が期待できるのかを考えたら、戦争に勝つことが目的であるならば、核兵器を選択することになるでしょう。原発の破壊は長期間の汚染で酷い嫌がらせにはなるでしょうけれども、実行しても戦争に勝つ見通しは立たないからです。

 負けそうになった時に負けを認めながら嫌がらせを行うよりも、勝つための一発逆転の兵器を使う可能性の方が高いと考えます。・・・もちろん、これはあくまで二つの手段の比較の話になります。両方とも選択すべきではないですし、選択させないように国際社会は圧力を加え続けるでしょう。

追記:ミサイルによる電力インフラ攻撃で原発を目標とせず

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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