「シルワン―侵蝕される東エルサレム―」・11〈消えないトラウマ〉
【拒否される証明書】
「刑務所を出てから1年が経ちますが、決して忘れられることではありません。今までの人生で一番辛い体験でした。あの尋問や拷問を経験したら、忘れられる人はいません。街で警官に止められて身分証を確認されるだけで思い出します。そういうニュースを聞くだけでも、当時のことが蘇ってしまうんです。忘れることはできません。もし「忘れた」という人がいたら、それは嘘です」
「かつての友人たちと会えないという感情は、乗り越えようと思ってもできません。自分は世界全体から疎外されているように感じるんです。友人たちは勉強して、働いて、順調に進歩しています。そんな友人たちを見ると「いいな」と羨ましくなります。なぜ自分だけがこうなんだと思ってしまいます。ラマダン(断食月)の食事に誘われた時も、断りました。「お客さんが来る」とか嘘をついて」
「『自分は価値がない』という思いを、仕事をして乗り越えようとしました。その仕事を得るために、まず、前科がないことを証明する警察の書類を求められました。それで警察に行くと、門前払いにされて、『二度と来るな!』と言われました。『あなた方のせいで将来が狭められています。働いて身を立てようとしているのになぜですか?』と言い返すと、『帰れ! また来たら逮捕する』と言われました。
警察署には何度か行きました。ある時、警察署で、僕を取り調べた警官に会いました。
『ここで何してるんだ?』と聞かれ、『将来を奪われたので 仕事をするための証明をもらいに来た』と答えました。するとその警官は、『神が降臨しても、お前らには絶対にやらない』と言われました。申請させてももらえず、以来もう行っていません。ただエルサレムはどこであっても、証明がないと働けません」
「怒りを感じるとしたら、人に対してではありません。自分に起きたことに怒りと苛立ちを感じます。なぜ自分はこうなったのか。なぜ他の人たちのように、生きたり働いたりできないのか。そういう怒りです。
もちろんイスラエルの警察へは100万%怒っていますが、どうしようもありません。これが“力”です。強者が弱者を支配します。多くの若者が怒って、丸腰で向かって行きますが、結果を見れば、どんなに怒りがあっても、黙るようになります。何もできません。『ああ神よ!』 と言うだけです。誰に怒りを向けたら、未来を返してくれるんですか?解決できる人、助けてくれる人は誰もいません。
友人たちは働いているのに、自分は仕事がなく、家にこもっているだけです。誰とも関わりたくない、独りでいたいんです。私はもう生きながら 死にました。あの2年間は死んでいたようなものです」
【必ず幸せは来ると信じて】
「『もう限界だ』と思っても、これが運命です。自殺は禁忌です。それに物事はマイナスだけでなく、プラスに考えることもできます。『自殺しなくていい。この先 何があるかわからないから』と。今は悪い状況でも変わるかもしれない。何かいいことが起きたり、事業に成功したりするかもしれない。悲観ばかりして、これ以上家族を悲しませたくはありません。神の意志に委ねます。自分独りのことだけを考えて決めるのだったら、もうとっくに限界です。でも周りのことを考えます」
「5ヵ月ほど前の話ですが、いろんな人に『お前は失敗者だ』とか、『仕事もできないのか』と言われました。ストレスを感じ、とても落ち込みました。『もう元には戻せない。(人生を)終わりにしよう」とも思いましたが、できませんでした。なぜ止めたのか考えました。あの人たちの言うことなんて耳を貸さなければいいと考えたのです。
私に自殺を思いとどまらせたのは、宗教上で禁忌からでも、家族のためでもありません。『どんなに失っても、必ず幸せはあるはずだ。あとは神の意志に任せよう』という自分の頭の中の小さな考えからです」
(続く)