「ブラジル議会襲撃」フェイクが後押しする暴力の背景とは?
ブラジル大統領選から70日、フェイクニュースに後押しされた暴力が再び民主主義を揺さぶる――。
ブラジルの首都ブラジリアで8日、連邦議会、大統領府、最高裁判所に「不正選挙」を主張する前大統領、ジャイール・ボルソナーロ氏の支持者らが乱入した。逮捕者は少なくとも400人、参加者数は5,000人とも言われる。
根拠のない「不正選挙」の主張を先導してきたのは、昨年の大統領選で敗れたボルソナーロ氏だった。
2年前には、米国でも大統領選の「不正選挙」を主張する前大統領、ドナルド・トランプ氏の支持者らによる連邦議会議事堂乱入事件が起きている。
フェイクニュースの氾濫が、改めて深刻な社会の脅威として迫ってくる。
●「テロ攻撃には責任問う」
ブラジリア連邦管区知事のイバネス・ロシャ氏は1月8日午後8時半すぎ、ツイッターにそう投稿している。
ブラジルの首都ブラジリア中心部で行われたデモには、ボルソナーロ氏の支持者ら推定で約5,000人が参加。その一部が暴徒化し、連邦議会、大統領府、最高裁を相次いで襲撃したという。襲撃を行った一団は、数時間後に治安部隊に鎮圧された。
ブラジルの新大統領に就任したばかりのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ氏は8日午後6時前、事件への参加者を「ファシスト」と呼び、ツイッターでそう指摘した。
米フロリダに滞在中のボルソナーロ氏は同日午後9時すぎのツイートで、「法に則った平和的なデモは、民主主義の一部だ。しかし、今日起きたような公共施設の略奪や侵入行為は、ルールを逸脱している」と述べている。
事件は国際的にも波紋を広げた。
国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏は「本日のブラジルの民主主義制度への攻撃を非難する」と表明。
米大統領のジョー・バイデン氏も「ブラジルの民主主義と平和的な政権移行への攻撃を非難する」としている。
メタは、今回のブラジルの襲撃事件を、2年前の米連邦議会議事堂乱入事件と同様の「違反イベント」に指定。襲撃を支持・称賛する投稿を削除する、としている。
●フェイクニュースの氾濫
襲撃事件の背景として指摘されるのが、10月30日に決選投票が行われたブラジル大統領選をめぐる、根拠のない「不正選挙」の主張などのフェイクニュースの氾濫だ。
決選投票では、得票率50.9%対49.1%の僅差で、ルラ氏が現職のボルソナーロ氏を破り、12年ぶりに大統領に返り咲いた。
今回の大統領選を含め、ブラジルでは1996年から26年にわたって電子投票が実施されてきた。
米ニューヨーク・タイムズやAP通信などによれば、ボルソナーロ氏は2018年の大統領選以前からこの電子投票システムへの非難を続けてきた。そして、今回の大統領選をめぐって、「不正選挙」の主張を繰り返していたという。
ブラジルの選挙管理委員会に当たる高等選挙裁判所(TSE)の招聘により今回の大統領選の検証作業に参加した米NPO「カーターセンター」は、2022年11月4日に、その調査結果の暫定版を公表している。
調査結果では、「2022年の選挙は、特にフェイクニュースの拡散により、選挙制度に大きな圧力がかかる中で行われた」と指摘する。
英BBCなどによれば、両陣営は互いに「悪魔崇拝」「人肉食」などの攻撃の応酬を繰り広げたという。ただカーターセンターは、フェイクニュースはルラ氏への攻撃が大半を占めた、としている。
高等選挙裁判所はその対策として、決選投票を10日後に控えた10月20日、プラットフォームに対してフェイクニュースの2時間以内の削除を命じ、違反に対してはサービス停止なども盛り込む規制強化を決定した。
ただこれには、「表現の自由」など基本的人権への侵害の懸念も指摘された、という。
このようなフェイクニュースの氾濫に、ブラジル国内でも懸念が高まっていた。
ブラジルの経済紙、ヴァロ・エコノミコ記者のムリーリョ・カマロット氏は選挙前の9月23日、オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所への寄稿の中で、そう指摘している。
カマロット氏は、ロイター・ジャーナリズム研究所が寄稿の前日に公表した国際調査結果を引き、ブラジルでのフェイクニュースへの懸念が、フェイスブック、グーグル、ワッツアップ、ユーチューブの主要プラットフォームに対していずれも70%を超え、米国、英国、インドを大きく上回っていた、と述べる。
さらにカマロット氏が指摘するのは、ボルソナーロ氏による継続的なメディア攻撃の中で、国民の間にメディアへの不信感が高まっていたという点だ。
カマロット氏が引用するのは、同研究所が6月に公表した「ニュース忌避」に関する国際調査だ。
ここでも、ブラジルは「ニュースを避けるようにしている」との回答の割合が、2017年の27%から2022年には54%と倍増し、欧米や日本(2022年で14%)と比べても突出していた。
フェイクニュースの氾濫、メディアへの不信感。そんな情報空間の混乱が、今回の襲撃事件の背景に見て取れる。
●国境を超えるフェイクと暴力
ブラジルの襲撃事件が各国の注目を集めるのは、2021年1月の米連邦議会議事堂乱入事件を思い起こさせるからだ。
共通するのは、根拠のない「不正選挙」の主張を中心とする、フェイクニュースの氾濫だ。
米国の事件でも、2020年大統領選をめぐり、ドナルド・トランプ前大統領による根拠のない「不正選挙」の主張がきっかけとなり、2,000人以上と言われる参加者が議事堂を取り囲み、一部が乱入した。
その結果、5人の死者を出し、約140人が負傷、900人以上が訴追されている。
フェイクニュースがリアルな暴力となり、民主主義制度の否定へと向かう。
ドイツでは2022年12月、国家転覆を企てていたとして裁判官や元議員を含む25人が逮捕された。このグループは陰謀論との関与も指摘されている。
フェイクニュースとリアルな暴力のつながりが、米国だけの話ではなくなってきたことを物語る。
フェイクニュースはソーシャルメディアなどを舞台に、国境を越えて氾濫する。それらが引き起こす民主主義を揺るがす暴力もまた、国境を越えて広がりつつある。
(※2023年1月9日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)