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「新・ガザから報告」 (7) (24年6月28日)ーガザ地区北部の深刻な食料不足ー

土井敏邦ジャーナリスト
(瓦礫の中の少年/撮影・ガザ住民)

【ガザ市東部へのイスラエル軍の再侵攻】

(Q・最近の情勢を教えてください)

 この2~3日前からイスラエルのメディアは、「ガザでの作戦は終わろうとしている。これからヒズボラへの対応に忙しくなる」「これからの週はハマスとの戦闘はなくなる」と伝えていますが、それはハマスを騙そうとしている情報だと思います。幻想です。

 ガザ市のシュジャイーヤ地区でイスラエル軍の戦車が街の中心に向かって猛スピードで向かっているのを見て、ハマスは驚いたと言われます。イスラエル軍はいつものような夜ではなく、日中にその作戦を行ったのです。それはたくさんの戦車を動員した大きな作戦でした。

 これはこの地区のハマスの軍事組織が崩壊したことを示しています。国境から戦車がガザ市の中心に移動したのです。

 今は住民の遺体を収容したり、負傷者を救出する民間防衛隊もシュジャイーヤ地区に入ることができません。イスラエル軍は住民にガザ地区中部、デイルバラ町周辺へ避難するように勧告しています。

 パレスチナ側の情報によれば、シュジャイーヤ地区での作戦で、たくさんの住民が犠牲になったということです。しかし死傷者の正確な数を知ることはできない。なぜなら戦車がこの地区を包囲しているからです。誰も死体の数や負傷者の数を数えるために中に入っていけないからです。

【ハマスの再編成を恐れるイスラエル軍】

(Q・なぜシュジャイーヤ地区なんですか。すでにイスラエル軍は掃討作戦を終えているはずですが?)

 イスラエル軍は新たな作戦を展開しています。なぜか。イスラエル情報機関の情報では、シュジャイーヤ地区やブレイジ難民キャンプなどでハマスが再編成を始めているらしいのです。だからイスラエル軍はこれらの地域のハマスを再び壊滅するため再び攻撃しているのです。

 昨夜はとてもひどく、残酷な日でした。イスラエル軍がガザ全土に激しい攻撃を加えたからです。ラファ市やハンユニス市、デイルバラ町、ヌセイラート難民キャンプ、ガザ市の西部にもです。とても騒がしい夜でした。

 このデイルバラ町では、庁舎の周辺が攻撃されました。ハマスの戦闘員がこの地区に潜んでいるとイスラエル軍は主張しています。ラファ市では避難している住民のテントを攻撃しました。ハマスのメンバーが住民のテントに隠れているからというのです。私はシュジャイーヤ地区とガザ全土でのイスラエル軍の攻撃の犠牲者の統計を捜しましたが、ハマス保健省もまだその数を発表していません。

(Q・イスラエル国防相は、ヒズボラを攻撃するために軍をガザからイスラエル北部にシフトすると声明を出しました。なのに、なぜガザ全体を再び攻撃しているのですか?)

 ハマスの再編成化を防ぐためにハマスのメンバーを殺害しているのです。イスラエルのメディア、イスラエル軍の発表を読んでいると、たくさんのハマスのメンバーがシュジャイーヤ地区などで再編成を始めています。イスラエルにとってセキュリティーに対する脅威です。そこはガザ東部でイスラエルとの国境に接しています。だから10月7日のような攻撃が起こる潜在的な可能性をイスラエル軍は決して許さないでしょう。ある地域でハマスが再編成しているという情報は、イスラエルにとって大問題です。シュジャイーヤ地区の地理的な意味を考えるべきです。それは海岸に近い西部とは違うのです。この再編成の動きを潰すための直接的な反応です。

(Q・イスラエルはハマスが国境から攻撃してくることを恐れているんですね?)

 ジャバリア難民キャンプやシュジャイーヤ地区など東部からのトンネルは90%近くが破壊されています。しかしハマスは10月7日のような攻撃を狙っているのだと思います。バイクなどを使ってです。

 いずれにしろシュジャイーヤ地区など微妙な地域で、イスラエル軍はハマスの再編成を絶対許さない。そこはイスラエルのキブツやネゲブの西部にとても近いですから。

(Q・ハマスは再編成してイスラエル軍と闘う力がまだ残っているのですか?南のフィラディルフィア回廊はイスラエル軍に占領され、武器などを搬入するトンネルはほとんど破壊されたはずなのに、それでもハマスはまだ十分な力を維持しているのですか?)

 それは重要なポイントです。たとえハマスが国境から攻撃するといっても、10月7日のような規模の攻撃ではありません。イスラエル側の情報によれば、あの時は3000~4000人のハマス戦闘員が参加しました。しかし今話しているようなハマスの攻撃はとても規模の小さなものです。

 1ヵ月前に、ハマスがラファの国境で同じような攻撃をしました。しかし何人の戦闘員が参加したと思いますか?4人です。彼らがイスラエル内に侵入しようとしたのです。彼らは国境のフェンスまで到達し、そこでイスラエル軍と銃撃戦になりました。イスラエル兵は1~2人が負傷しましたが、2人のハマス戦闘員が殺され、3人目は逮捕され、もう1人はラファ市に逃亡しました。この攻撃はイスラエル軍によって阻止されました。だから同じような攻撃がシュジャイーヤ地区でも起こるかもしれませんが、その戦闘員の数はとても小さいでしょう。

(Q・ハマスは将来も闘い続けるのだろうか?停戦が実現するのだろうか?)

 ハマスはイスラエル軍への攻撃を続けています。ヒズボラとハマスはそれぞれの役割を競い合っています。ハマスはヒズボラだけをイスラエルと戦わせてはおかないでしょう。この数週間で、イスラエルとヒズボラの間で公の戦争が起こる可能性があります。ヒズボラが戦っているときに、イスラエルとの停戦をハマスは受け入れないだろうと思います。

【北部と南部で違う食料事情】

(Q・今、飢餓が深刻になっていて、10万人近い人たちが飢えているというニュースが伝えられていますが?)

 ガザ地区の北部と南部に分けて語るべきです。北部では確かに文字通り、飢餓が始まっています。しかし私たちが暮らす南部では、飢餓状態にはありません。店であらゆる食べ物、必要な食べ物が入手できます。もちろん、値段はとても高く、買うためにたくさんの金を支払わなければなりません。

 しかし北部には食料がありません。マーケットでものが買えないのです。人びとは食料不足のためにほんとうに飢えています。だからガザの状況は対照的な状況です。

(Q・前は南部でも食べ物を手に入れるのが、難しいと言っていたが、どうやって改善されたのですか?)

 私にもわかりません。とても複雑な状況です。この2週間はたくさんの食べ物が手に入ります。ケロムシャロームを通して支援物資が入ってきて、臨時の海岸からアメリカの支援物資も入ってくる。空からの食料投下もある。しかしそれにイスラエルがどう関わっているのかわかりません。

 一方、ガザ地区北部にはほとんど食べ物がありません。だからなぜ突然、南部に食料が出回るようになったのかわかりません。北部の知り合いに電話すると、いちごの葉っぱを食べているという。それを調理しているのです。

 大事な話をします。ガザ北部のメディアの報道をみると、ハマスなど抵抗組織の報道では、癌(がん)で死んだ子どもたちを、「栄養失調や貧血で死んだ」と報じています。しかし実際は飢餓による死ではなく、癌による死です。

(Q・多くの子どもたちが癌で死んでいるということですか?)

 戦争前でもそうでしたが、もちろんその数は増えています。治療を受けられないからです。化学療法を受けられない。放射線治療もできない。

(配給の食料/撮影・ガザ住民)
(配給の食料/撮影・ガザ住民)

【ハマスによるメディア規制】

(Q・私たちはBBCやアルジャジーラなどの報道からしかガザの情報をほとんど得られません。だから実際、何が起きているか、わかりません)

 いま地元のメディアはハマスの情報機関によってモニターされています。ハマスの私服の諜報員がどこにでも配置されています。病院、通り、マーケットや学校、難民キャンプなどどこにでもいます。もしハマスの「ストリー(物語)」に反することを報道すれば、つまりハマスが伝えたいこと以外のことを伝えようとしたら、諜報員に警棒などで殴打され、または撃たれます。メディアはハマスが望むことを伝えなければならないのです。

 例えば、自分が親やきょうだいを失ったとします。遺体を引き取り、墓地に埋葬するために病院に行きます。病院に行くと、愛する者を失って感情的になっている人がたくさんいます。中にはハマスを非難攻撃し、シンワールやハニーヤを罵ります。家族や親族の遺体を引きとる遺族のその気持ちは十分に理解できます。しかしジャーナリストやカメラマンが、ハマスを非難して叫ぶ遺族に近づき、撮影しようとしたり、インタビューをしてそれを放送に使ったら、ハマスに逮捕されます。そんな状況ではほんとうの取材できません。ただハマスを賞賛する者たちだけが語ることができます。「ハマスの抵抗を支持する。ハマス、シンワールを支持する」といった具合にです。

 ガザのジャーナリストはハマスによって抑制されています。「もし我われハマスのメッセージを伝えるなら、ジャーナリストの仕事ができるが、我われの主張に反することを伝えようとしたら、逮捕され拷問を受ける」というのです。少なくともカメラや取材の器材は没収され、殴られます。だから今のガザにはジャーナリズムの自由はないのです。ハマスの抵抗運動を支持する意見とそれを非難することの意見の2つの意見を取材することはできません。伝えられるのはただ前者だけです。一方だけのジャーナリズムで、ここには報道の自由はありません。ハマスの傘の下でジャーナリズムの仕事をするしかありません。ハマスはどこでも監視しています。時々、ジャーナリストを攻撃します。カメラを没収します。ビデオ映像の内容をチェックします。「この部分は消せ!ここもダメだ」と命じる。彼らは報道のすべてをコントロールしています。だからジャーナリズムの自由はないのです。

(Q・あなたは多くの人がハマスやシンワールを非難していると言った。しかし今はハマスを公に非難することは難しいということですか?普通の住民もできるんですか?その両者はどう違うんですか?)

 フェイスブックなどSNS(ソーシャルメディア)に入れば、たくさんのハマスを非難する映像や文章と出会います。彼らの意見はSNSの中にあります。自分の携帯で撮影した映像などもです。だからSNSではハマスへの批判、非難を観ることができます。全ては一般の住民によってカバー(取材)されています。ジャーナリストたちはハマス非難を取材し公開することはできません。そうすればジャーナリストはハマスの保安警察(セキュリティー)の人間によって罰せられます。ハマス批判のニュースは普通の住民によってカバーされています。

(Q・ハマスの力は弱まっているはずです。たくさんの戦闘員が殺され、銃弾も不足している。それなのに、なぜそれほど情報機関の人間が民衆の中に入って、コントロールできるのですか?ハマスはもう有力なファミリーやギャングをコントロールする力もない一方で、情報機関がそれほどメディアや民衆のハマス批判を抑え込むほどの力がほんとうにあるのですか?)

 明確にしましょう。私が語っているハマスの保安警察や情報機関のスタッフが活動しているのは、まだ(イスラエル軍が)侵攻していない地域です。デイルバラ町、ズワイダ村、ヌセイラート難民キャンプ、マガジ難民キャンプ、ほとんどガザ地区中部です。そこはまだイスラエル軍に侵攻されていません。そこではハマスは依然、力を維持していてコントロールしていて、セキュリティーを維持しています。ガザ北部やハンユニス市やラファ市の話をしているわけではありません。

 今は70%のガザ住民がこのガザ地区中部に集中しています。他の地域ではイスラエル軍の戦車が侵攻しハマスの軍事部門は壊滅しました。私が話をしているのは、まだ侵攻されていない地区のことです。

 銃弾について言えば、今は保安警察は銃を携帯していません。警棒を持っています。警察でもそうです。イスラエルのガラン国防相は、「我われはハマスの“酸素供給パイプ”を断ち切った」と語っています。フィラディルフィア回廊のことです。ハマスの「酸素供給パイプ」を切断したというのです。

(Q・つまりハマスはもう戦闘を続けることはできないということですか?)

 それは明らかです。ハマスには戦闘員は残っていても、十分な武器はありません。前に言ったように、イスラエル軍の戦車がガザ市街の中心地に侵攻したとき、ほとんど何の抵抗もなかった。ハマスの戦闘員はまだ残っているかもしれないが、戦車に対して有効な武器がないのでしょう。彼らには対戦車の武器もほとんどない。たとえ銃弾があっても、戦車に対抗することはできません。それらがなければ、隠れるしかありません。

【ひどい精神状態】

(Q・住民の精神状態はどうですか?すでに10ヵ月が過ぎ、人びとは疲れ切っていると思いますが。民衆の身体的な、また精神的な状況を伝えてくれませんか?)

 人々はとても怒りっぽくなっています。テント暮らしをする人びとは、熱を吸収するプラスチック製のテントの中の高温に耐えられず、悲鳴をあげています。またこの環境が皮膚病を蔓延させています。とりわけ子どもたちにです。高温で、しかもシャワーを浴びられない。衛生状態はひどい。だから子どもたちに皮膚病を蔓延しているのです。しかも蠅や蚊だけでなく、毒蛇やサソリなどにも悩まされています。その治療のためにたくさんの患者が病院で治療を受けています。

 人々は怒りっぽくなり、ハマスを罵っています。精神状態はひどい状態で、叫んだり、新しい現象として、神を罵る現状さえ現れてきました。神への信仰を失い始めているのです。ハマスはイスラムの宣伝、スローガンで、民衆を騙してきました。それで人びとは神への信仰を失っています。ハマスの行動によって神への信仰を失う者も出ていたのです。ハマスはイスラムに対する悪いイメージを与えたからです。

 最近、深刻な事態が起こっています。ハマスの戦闘員が住民のテント群の中に侵入しているのです。イスラエル軍がそれを知ってテントを攻撃し、周りの住民を巻き添えにし、たくさんの犠牲者が出ています。ハマスのメンバーがテントの住民の中に紛れ込んでいるからです。 

 ハマスとファミリーとギャングとの衝突も増えています。デイルバラ町でこの10日間にその内戦で19人が殺されました。つまり、毎日2人が殺されたことになります。たくさんの負傷者も出ています。人々は買い物にマーケットに行くとき、通りを歩くことも恐れています。いつ衝突、銃撃戦に出くわすかもしれないからです。まさに内戦状態です。誇張しているのではありません。デイルバラ町で殺されている人のほとんどはパレスチナ人同士の銃撃戦によるものです。19人の死者はイスラエル軍の攻撃ではなく、パレスチナ人同士の衝突によるものです。ひどい状況です。

【教育の機会を失う子どもたち】

(Q・子どもたちの教育はどうなっているんですか。この10ヵ月、子どもたちは教育の機会を失っている。それは大きな影響を子どもたちの心理や将来に及ぼすことになると思いますが。父親(子どもは3人)の1人として自分の子どもたちの将来についても心配しているでしょうね。この教育問題について教えてください)

 とても重要な質問です。ガザの子どもは全員、この1年近く学校へ行けませんでした。教育の機会がまったくなかったのです。不幸にも、あと1年、2年と教育の機会を奪われるかもしれない。今のところ、教育を再開できる希望はまったくありません。ガザでは戦争がまだ続いています。しかもほとんど学校が破壊されました。破壊されていない学校は避難民に占拠されています。何千人という教師など教育のためのスタッフも殺されてしまいました。だから教育のためにインフラがないのです。次の年も教育は再開できないのではないかと思います。子どもたちは2年間は教育を受けられないのです。3、4年後には学校が再開され教育が受けられるという保証もありません。

 多くの住民がガザを出ようと考えています。それは主にその子どもの教育が大きな理由です。ヨルダンやエジプトなど近隣の諸国の学校に通わせたいと願っています。とても深刻な問題だからです。

 私は長男(6歳)のために家庭教師をお願いしています。大学を卒業した女性ですが、毎週3日間、家に来てもらって、息子に勉強を教えてもらっています。1日90分です。もちろん学校の教師の給与ほどの謝礼はできません。でもできるだけのお礼をしようと思っています。息子がこれまで学校で学んだことを忘れないようにするためです。息子は学校で学んだことをほとんど忘れてしまったからです。親にとってほんとうに悩ましい問題です。住民の中にはこの教育問題のために海外に出ることを考えている者がたくさんいます。

【ガザ出国に500ドル】

(Q・今は住民はガザから出られますか?ラファはイスラエルが支配しているから、出られないと思いますが?)

 最近、イスラエルはエジプトと調整して、ガザ住民をケロムシャローム検問所(エジプトとの国境に近いガザ地区南部)から出国できるようにしています。ラファの検問所のパレスチナ側はブルドーザーで完全に破壊されました。そのためラファ検問所は使えず、その代わりにケロムシャロームを使うことにしたのです。

 昨日、たくさんの負傷者をガザからケロムシャロームを通してエジプト側に出国させました。それが最初の出国でした。負傷者や子どもの癌(がん)患者です。イスラエルの報道によれば、来週から普通の住民もケロムシャロームを通してガザからの出国を許可する予定だとのことでした。

(Q・以前あなたはガザを出るために5~6000ドルをハマスに支払わなければならないと言いましたね?)

 ハマスだけではありません。エジプト側へもです。しかし今はガザ側にはそんな腐敗はありません。でもエジプト側には腐敗があります。

 今はエジプト側には500ドルが必要だと聞きました。5000ドルに比べれば、はるかにいいです。

 昨日、エジプトに負傷者たちが出ましたが、その後、普通の住民が出られるようになるので、その時、お金が必要なのか聞いてみます。最高で500ドルだと聞いて住民は喜んでいます。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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